うららか)” の例文
その樹の名木も、まだそっちこちに残っていてうららかに咲いたのが……こう目に見えるようで、それがまたいかにも寂しい。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、同時にこの背景によって、その事実がうららかな春の中に浮んで来ることは、俳句の特色として多言を要せぬであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
四方あたりにはうららかがあった。水の澄みきった小さな流れがあって、それがうねうねと草の間をうねっていたが、それにはかちわたりの石を置いてあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
うららかに花かおり鳥歌い蝶舞う春の牧場を眺め、色もなく音もなき自然科学的な夜の見方に反して、ありの儘が真である昼の見方にふけったと自らいっている。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
この辺はもう春といっても汚い鱗葺こけらぶきの屋根の上にあかるく日があたっているというばかりで、沈滞した堀割ほりわりの水がうららかな青空の色をそのままに映している曳舟通ひきふねどおり。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うららかな春らしい天気の続いた或日、鶴さんは一日つぶしてお島と一緒に、媒介なこうどの植源などへ礼まわりをして、それからお島の生家さとの方へも往ってみようかと言出した。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
後に負へる松杉の緑はうららかれたる空をしてそのいただきあたりてものうげにかかれる雲はねむるに似たり。そよとの風もあらぬに花はしきりに散りぬ。散る時にかろく舞ふをうぐひすは争ひて歌へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一五六九年春光うららかな一日のことで、かねて尽力を頼んでおいた和田惟政これまさから俄に三十騎の迎へが来て、即刻出頭せよと伝へた。フロイスは黒い法衣をまとふて二条城の工事場へ行つた。
「春の眺は」云々をゆつたりとして、句切句切に力を入れての言ひ廻し、句の意味にかなひてよし。「はてうららかな眺ぢやなあ」にて、左手を内懐より出し、右手の煙管を持添へて突立てる仕打あり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
春のよき日はうららか
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
雨を帯びたる海棠かいどうに、廊下のほこりは鎮まって、正午過ひるすぎの早や蔭になったが、打向いたる式台の、戸外おもてうららかな日なのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黄金こがねの金具を打ったかごまち四辻よつつじを南の方へ曲って往った。轎の背後うしろにはおともの少女が歩いていた。それはうららかな春の夕方で、夕陽ゆうひの中に暖かな微風が吹いていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
花咲けども春日はるびうららかなるを知らず、楽来たのしみきたれども打背うちそむきてよろこぶを知らず、道あれどもむを知らず、善あれどもくみするを知らず、さいはひあれども招くを知らず、恵あれどもくるを知らず
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
同じ白い湯気であっても、寒い陰鬱な空に立つ場合と、うららかに晴れた空に立つ場合とでは大分感じが違う。「饅頭日和」というのは随分大胆な言葉であるが、恐らく作者の造語であろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
河童だい、あかんべい、とやった処が、でしゅ……覗いた瞳の美しさ、そのうららかさは、月宮殿の池ほどござり、まつげが柳の小波さざなみに、岸を縫って、なびくでしゅが。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
檜葉ひばもみなどの古葉貧しげなるを望むべき窓の外に、庭ともあらず打荒れたる広場は、唯うららかなる日影のみぞゆたか置余おきあまして、そこらの梅の点々ぼちぼちと咲初めたるも、おのづから怠り勝に風情ふぜい作らずと見ゆれど
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのうららかな、明るい天気の中に椿の花が咲いている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
うららかさも長閑のどかさも、余りつもって身に染むばかり暖かさが過ぎたので、思いがけない俄雨にわかあめ憂慮きづかわぬではなかった処。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土曜日は正午ひるまでで授業が済む——教室を出る娘たちで、照陽女学校は一斉に温室の花を緑の空に開いたよう、ぱっうららかな日を浴びた色香は、百合よりも芳しく、杜若かきつばたよりも紫である。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてそれが痛くもかゆくもなく、日当りへ桃の花が、はらはらとこぼれるようで、長閑のどかで、うららかで、美しくって、それでいてさびしくって、雲のない空が頼りのないようで、緑の野が砂原すなはらのようで
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小雨こさめが晴れて日の照るよう、たちまうららかなおももちして
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小春こはるうららかな話がある。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)