かん)” の例文
立て続けにも一口飲んで、徳利を膝の上に両手で握りしめたまま、口の中に残ったかんばしい後味あとあじを、ぴちゃりぴちゃりと舌鼓うった。
特殊部落の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
はなはだかんばしからぬ状態にあったので、フランス本土からわざわざ審査に来た小児医は、ただただ鼻をおおって閉口するばかり。
光子の突きとめたことはかんばしいことではなかった。そのころの精神病院は小松川にフーテン院というものがあったし、巣鴨病院があった。
路傍のまがきの向こうには、眼には見えなかったがある庭に蜜蜂みつばちの巣があって、そのかんばしい音楽を空気中にみなぎらしていた。
それはかんばしい汗と獰猛どうもうな征服欲との闘いといってもいい。西門慶の予想は、はるかに期待をえていた。不覚にも彼さえつかれはてていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頬に通うかんばしい息、——それよりもガラッ八の本能は、話の重大性を直感して、この女の言いなり放題に、茶店の奥へ通る気になったのです。
敬太郎はこの失踪者しっそうしゃの友人として、彼のかんばしからぬ行為に立ち入った関係でもあるかのごとく主人から取扱われるのをはなはだ迷惑に思った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
赫々かっかくと照っていた日の光りが少し蔭ると、天地がほんのりと暗くなって、何処いずくともなく冷たい、かんばしい風が吹いて来る。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うちそとあるまはつても、石垣いしがきのところには黄色きいろ木苺きいちごつてるし、竹籔たけやぶのかげのたか榎木えのきしたには、かんばしいちひさなちてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
申すも憚られますが、女と一つしとねでも、この時くらい、人肌のしっとりとした暖さを感じた覚えがありません。全身湯を浴びて、かんばしい汗になった。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人が、伊東へ一里ばかりの海岸へ来たときに、道の両側に蜜柑畑があり、その中には早しらじらと花の咲いたのがあって、かんばしい匂いが、鼻を衝いた。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
元来親分気のある将門が、首を垂れ膝を折つて頼まれて見ると、あまかんばしくは無いと思ひながらも、仕方が無い、口をきいてやらう、といふことになつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
何処からともなく、かんばしい花の匂ひが来る。小径こみちの方で、ボンソア……と挨拶あいさつしてゐる女の声がしてゐる。薄い雲が星をかいくゞつて流れてゐる。湖は見えない。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
大体だいたい地上ちじょう庭園ていえんとさしたる相違そういもございませぬが、ただあんなにもえた草木そうもくいろ、あんなにもかんばしいつちにおいは、地上ちじょう何所どこにも見受みうけることはできませぬ。
町では煙草のけむりが鼻をかすめ、珈琲がかんばしく、電車のレールは銀のやうに光り、オフイスの窓硝子は光線を反映なげかへし、工場の機械はカタンカタン響々ごう/\と、規則正しく𢌞つてゐる。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
それに連中の間を泳ぎまわっている葉子のうわさもあまりかんばしいものではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは一種かんばしいような、そして官能的なところもある悪臭だった。彼は歩いているうちに、臭気がたいへん濃く沈澱ちんでんしている地区と、そうでなく臭気の淡い地区とがあるのを発見した。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夏目先生にその話をしたら早速その当時書いていた小説の中の点景材料に使われた。須永というあまりかんばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれが後世に伝わることになってしまった。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かつて皆川淇園みながわきえんは、酒数献にいたれるときは味なく、さかな数種におよぶときはうまみなく、煙草たばこ数ふくに及ぶときはにがみを生じ、茶数わんにおよぶときはかんばしからずと言ったが、誠にその通りで
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
暖は城墟じやうきよに入つて春樹かんばし
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かんばしき風にふかれて
艸千里 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
その為には、妙子の頬を滅茶滅茶に打って、私自身もさめざめと泣き乍ら、そのかんばしい涙の醍醐味を、倦くことを知らずに啜ったこともありました。
元々、清水長左衛門宗治殿という武士もののふは、骨までかんばしいお人だったに違いない。こんどの講和に際しても
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余後はなはだかんばしいというわけにはゆかず、今年の冬はぜひとも巴里の冷たい霧から逃れ、南仏蘭西の海岸に日光と塩分を求めて転地しなければならぬという
おじいさんは、そのかんのふたをけました。するとかんばしいかおりがしたのです。
片田舎にあった話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
または永き日を、かつ永くするあぶのつとめを果したる後、ずいる甘き露を吸いそこねて、落椿おちつばきの下に、伏せられながら、世をかんばしく眠っているかも知れぬ。とにかく静かなものだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
カルーソーが生きている頃から、カルーソーそっくりの声を出したが、カルーソーの歿後はかんばしいこともない。
族長カボラルを先に立て、総員十六人の村中が、一人残らず『極楽荘』の門の前に集まって来、そこでもじもじと身動きしていたが、ごった煮はいよいよかんばしく煮えあがる。
「御身とも、百戦万難の中を久しく共歓共苦してきたが、ついにきょうがお別れとなった。晩節をかんばしゅうせよ。また丞相とともに、あとの幼き者たちをたのむぞ」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両手を三十郎の首に巻いて、かんばしい唇が、三十郎の眼の前に、毒の花のように咲きこぼれます。
よって、これにほかからかんばしい餌を投げ与えてごらんなさい。二虎は猛然、本性をあらわしてみあいましょう。必ず一虎は仆れ、一虎は勝てりといえども満身きずだらけになります。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうかね、その言葉の様子じゃ、あまりかんばしい事も無さそうだ、まア、辛抱しねえ」
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
春の夜の外気は恋人の呼吸のようにかんばしく温かですし、けぶったような朧月に照されて、夢見る如く眼下に展開した大都の景色など見ると、馴れては居ると言っても、さすがに悪い心持はしません。
あまりかんばしい收穫もなかつた樣子です。