頬辺ほっぺた)” の例文
旧字:頬邊
チチッ、チチッ、一人でお食べなと言ってもかない。頬辺ほっぺたを横に振ってもかない。で、チイチイチイ……おなかが空いたの。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒼い浅黒い顔をなお蒼くして、机に肱ついてる片手を、縮れ乱れた長い髪の毛の中にさしこんで、口と頬辺ほっぺたとで笑い、きつい眼付をしていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「お前は是までそんなに私を見損なって居たのか。今年はお前の小さな娘のところへ土産まで持って来た。あの児の紅い頬辺ほっぺたもこの私のこころざしだ。」
三人の訪問者 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
汽車賃もない癖に、坑夫になろうなんて呑込顔のみこみがおに受合ったんだから、自分は少し図迂図迂ずうずうしい人間であったんだと気がついたら、急に頬辺ほっぺたが熱くなった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
するものあれば頬辺ほっぺたをつねって懲し或は芸者の顕官に寵せられて心おごるもの或は芸人俳優者の徒にして奢侈しゃし飽く事なきものあらば随所に事をかまえて其の胆を
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「まあ、ひどい風だことねえ。」といって、泣いているかねちゃんを自分の傍に引き寄せて、あたしの身体は濡れていてよ、と温かいくちをかねちゃんの薔薇色の頬辺ほっぺたにあてて
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
二人のごくきたない小僧が、一人はパンをもち一人は油びんをもって上がってくるのにすれ違った。彼はその二人の頬辺ほっぺたれ馴れしくつねってやった。顔渋めてる門番に微笑みかけた。
せてげっそりと落ちた頬辺ほっぺたのあたりを指で軽くさすりながらシゲシゲと彼をながめていたが、急に大きな声を出して笑い出した。そして横手の方にある大きな板の衝立ついたてのようなもののかげへ向って
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
と耳のとこへ口をつける……頬辺ほっぺたひやりとするわね、びんの毛で。それだけ内証ないしょのつもりだろうが、あのだもの、みんな、聞えるよ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仙台名影町なかげまちの吉田屋という旅人宿兼下宿の奥二階で、そこからある学校へ通っている年の若い教師の客をつかまえて、頬辺ほっぺたの紅い宿の娘がそんなことを言って笑った。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
赤い頬辺ほっぺたが笑っていた。無数の手がこちらをさし招いていた。するうちにどしりと躓き倒れた……。
特殊部落の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
顔を洗う所も見つけた。台所を下りて長い流の前へ立って、冷たい水で、申し訳のために頬辺ほっぺたでて置いた。こうなると叮嚀ていねいに顔なんか洗うのは馬鹿馬鹿しくなる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
太郎は冷汗を流しているとお婆さんは太郎の頬辺ほっぺたをつねったり、太郎の襟元えりもとを捕えて引きるのであります。だから、太郎は勇が泣いて帰ればすぐ逃げて姿を隠すのが常であります。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その「もっとも堂々たる人物」は、笑いながらミンナの頬辺ほっぺたをつついて、「卓越した女」であると、クリストフへ断言していた。この高等法院顧問官は、クリストフの身の上を知っているらしかった。
こけの生えたおけの中から、豆腐とうふ半挺はんちょう皺手しわでに白く積んで、そりゃそりゃと、頬辺ほっぺたところ突出つきだしてくれたですが、どうしてこれが食べられますか。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
相手から先を越されて頬辺ほっぺたに拳固を一つ喰わせられましたが、一足よろめきながら、側の卓子の上にあったからのビール瓶を取って、向うの奴の脳天から打ち下したんです。
変な男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「何だか頬辺ほっぺたほてって来たような気がする」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お嬢さんがすがりついて留めてたがね。へッ被成なさるもんだ、あの爺をかばう位なら、おいら頬辺ほっぺたぐらい指でつついてくれるがい、と其奴がしゃくに障ったからよ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨戸をそっと開いて逃げていっても、誰にも気付かれないかも知れない、と思う心が自分ながら浅間しくなって、も一度強く女を揺ぶり、眼を覚しかけた所を、更に頬辺ほっぺたを一つ叩いてやった。
悪夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ぞっと涼しく成ると、例の頬辺ほっぺたひやりとしました、螢の留った処です。——裏を透して、口のうちへ、真珠でも含んだかと思う、光るように胸へ映りました。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
世渡よわたりやここに一にん、飴屋の親仁は変な顔。叱言こごとを、と思う頬辺ほっぺたを窪めて、もぐもぐと呑込んで黙言だんまりの、眉毛をもじゃ。若い妓は気の毒なり、小児たちは常得意。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが、並んで真中へ立ちました。近くに居ると、頬辺ほっぺたがほてるくらい、つれの持った、いが、饅頭が、ほかりと暖い。暖いどころか、あつつ、と息を吹く次第で。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おっかさんはそうじゃあない、もう助からない覚悟をして、うまれたばかり、一度か二度か、乳を頬辺ほっぺたに当てたばかりの嬰児あかんぼを、見ず知らずの他人の手に渡すんだぜ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自由にまれながら、どうだい頬辺ほっぺたと膝へ、道士、逸人の面を附着くッつけたままで、口絵の色っぽい処を見せる、ゆうぜんが溢出はみでるなぞは、地獄変相、極楽、いや天国変態の図だ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「春時分は、たけのこが掘って見たい筍が掘って見たいと、御主人を驚かして、お惣菜そうざいにありつくのは誰さ。……ああ、おいしそうだ、頬辺ほっぺたから、菓汁つゆが垂れているじゃありませんか。」
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「白粉に、玉と、この少し、蚊帳に映って青白くって、頬辺ほっぺたにびんの毛の乱れた工合よ。玉に白粉と。……此奴こいつおいらんでいやあがる。今夜の連中にこのくらいなのは一人もねえ。」
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とか云って遊女おんなが、その帯で引張ひっぱるか、階子段はしごだんの下り口で、げる、引く、くるくる廻って、ぐいと胸で抱合った機掛きっかけに、頬辺ほっぺた押着おッつけて、大きな結綿ゆいわたの紫が垂れかかっているじゃないか。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちとたしなめるように言うと、一層頬辺ほっぺたの色をくして、ますます気勢込きおいこんで
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふもとの川の橋へかかると、鼠色の水が一杯で、ひだをうって大蜿おおうねりにうねっちゃあ、どうどうッて聞えてさ。真黒まっくろすじのようになって、横ぶりにびしゃびしゃと頬辺ほっぺたを打っちゃあ霙が消えるんだ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな脂切ったのがあるかと思うと、病上やみあがりのあおっしょびれが、頬辺ほっぺたくぼまして、インバネスの下から信玄袋をぶら下げて、ごほごほせきをしながら、日南ひなた摺足すりあし歩行あるいて行く。弟子廻りさ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頬辺ほっぺたを窪ますばかり、歯を吸込んで附着くッつけるんだ、串戯じょうだんじゃねえ。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藤助は、ぎょろりとしながら、頬辺ほっぺたを平手でたたいて
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
円輔はまた耳朶みみたぶへ掛けて頬辺ほっぺたき上げて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
左の頬辺ほっぺたあざがあって第一円顔なんで。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、手拭で頬辺ほっぺたを、つるりとでる。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)