項垂うなだ)” の例文
父親にこう云われても、啓太郎は相変らず黙って項垂うなだれたまゝ折々思い出したように、涙の塊をぽたり、ぽたりと畳へ落して居た。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人は項垂うなだれて聞いてゐたが、己の詞が尽きると頭を挙げた。そしてかう云つた。お前の礼儀を厚うした返事を聞いて満足に思ふ。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
悄然しょうぜんとして項垂うなだれていた小野さんは、この時居ずまいをただした。顔を上げて宗近君を真向まむきに見る。ひとみは例になく確乎しっかと坐っていた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……けれども……その次の瞬間に私は、顔を上げる事も出来ないほどの情ない気持に迫られて、われ知らず項垂うなだれてしまったのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しっかりと自分の足で、この大地を踏まえて行く生活! 今まで項垂うなだれて、唖のような意趣に唇を噛んでいた女性は、彼女の頭を持ち上げた。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
頭髪は少女時代と少しも変らず今だに烏の濡羽のように艶々としている。やがて彼女は両手を膝の上に揃えるとしばらくの間っと項垂うなだれていた。
目撃者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折々は大学の制服を着た青年が一人、不安らしい顔をして来て、二三分間閾の上に立つて、中の様子を窺つてゐて、頭を項垂うなだれて行つてしまふ。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
夜明けの微光とともに開いて、夜の暗さとともに眠るのです。太陽の輝きが燦爛さんらんたれば燦爛さんらんたるほど元気で、曇れば福寿草も元気なく項垂うなだれます。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
自分が妻や、妻の弟妹達に与へた打撃、あれほど白昼堂々と悪いことをして置いて、しかも心から悪いと項垂うなだれ恐れ入ることをしない私なのである。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
椰子の葉は勝利のしるし、中空高く、梢の敷桁となつて、光明の中に搖動ゆれうごきつつ廣がり、しかも其自由の重みに項垂うなだれる。
椰子の樹 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
この一個月ばかり千代子はなぜあんなに欝いでいるだろう、汽車を待つ間の椅子ベンチにも項垂うなだれて深き想いに沈んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ト云いながら昇が項垂うなだれていた首を振揚げてジッとお勢の顔をのぞき込めば、お勢は周章狼狽どぎまぎしてサッと顔をあからめ、漸く聞えるか聞えぬ程の小声で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今更ここで抗弁したところで役にも立たぬと彼はあきらめようとするのだが唇が震えて、思わず項垂うなだれていた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
かざりのないたばがみに、白い上衣うわぎを着たあなたが項垂うなだれたまま、映画をまるで見ていないようなのも悲しかった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼は頭を振り、力任せに自分の股をなぐり、又項垂うなだれ、そして自家うちへ帰ると、其の夜つぴて悩みあかすのであつた。「何と云ふ見下げた、卑劣な奴だ。俺は。」
親に惡口したといふので、私の父が懇々その不心得を説諭し、音吉は庭前に項垂うなだれて、唯々その訓戒を聞いた光景が、今も猶ほ私の眼底に歴々として存して居る。
「成程、成程。」かう云つてセルギウスは頭を項垂うなだれた。「それはさうとお宗旨の方はどうですか。」
平八郎は項垂うなだれてゐたかしらを挙げて、「これから拙者せつしや所存しよぞんをお話いたすから、一同聞いてくれられい」
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
どうしても死にきれない、この事実の前に彼は項垂うなだれてしまうよりほかにないのだった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
一同シンとして、正造の様子を見まもる者もあれば、項垂うなだれてすすり泣く者もあった。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
もっと強く抱いて、といきをつめて哀願するところもよかったし、あたしは、だめだわと言って、がくりと項垂うなだれるところなど、実に乙女の感じが出ていました。うまいものですね。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
斯んな風に激しく私は興奮して、もはや我無者羅がむしゃらわめくようになるのであった。すると辰夫は粛然とえりを正して深く項垂うなだれ、歴々とじらう色を見せて悲しげに目を伏せてしまうのだ。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
錦子が、はずかしがって項垂うなだれると、くびすじから背中の生毛うぶげが金色にのぞかれた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
色紙いろがみ縮緬を掛けた高島田が、どうしたのか大分くずれていた。ほつれ毛が余りに多過ぎる程、前髪と両鬢りょうびんとから抜け出ていた。項垂うなだれているので顔はく分らないが、色の白さと云ったらなかった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
言葉ことばつて、さびさうくび項垂うなだれて日出雄少年ひでをせうねんうなじ
高村にはちっとも関係も意志もないことだが、私のほとんどの日が、このアトリエの前を通り、内部にあるかれの生活と私のそれとの比較が行われ、毎日遣っ付けられ毎日項垂うなだれて通ったわけである。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
春生は、悲しそうに、そう云って項垂うなだれてしまった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
そして、懐ろの児も忘れて、項垂うなだれて家へ帰った。
凍雲 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
そして力の脱けたやうに項垂うなだれた。
職人は首を項垂うなだれて溜息ためいきいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つつましくれて項垂うなだる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
途のつかれに項垂うなだれて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
私はその瞳の力にされて、余儀なく項垂うなだれさせられた……又も何となく自分の事ではないような……妙なヤヤコシイ話ばかり聞かされて
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
むせぶような、絶え入るような小坊主の読経は、細くとぎれとぎれに続いた。小林監督は項垂うなだれて考え込んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そして、彼女が項垂うなだれながら立ち上ると、一時静まっていた部屋の空気がしとやかな風を起して、燈火の穂がゆら/\と道阿弥の死顔の上に影を作った。
「恐怖の恋だ、俺達の恋は、泣こうとしても泣けない恋だ。語っても同情されないだろう」源之丞は項垂うなだれた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
菊枝の頬はほんのりと紅がさして、自然に項垂うなだれてしまった。そして彼女は、まるで飯粒を数えるように、飯粒の上に、箸の上に、小さな動作を繰り返した。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ぼくは羞恥に火照ほてった顔をして、ちょこんと結んだひっつめのかみをみせ、項垂うなだれているあなたが、恍惚こうこつと、なにかしらぼくのささやきを待ち受けている風情ふぜいにみえると
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私の腕の力がゆるむと同時に項垂うなだれて草を喰み続けるだけであった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
孫軍曹は、うちのめされたように項垂うなだれていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
みちのつかれに項垂うなだれて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
そうして、あべこべに私の姿をジリジリと見下し初めたので、私は何故となく身体からだが縮むような気がして、自ずと項垂うなだれさせられてしまった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私はハッとしたが隠れるように項垂うなだれて、繃帯のした額に片手を当てたが、さすがにまた門の方を見返した。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
鋭い五右衛門の言葉を聞き、項垂うなだれていた権六は、この時大地へ土下座どげざを組み、度胸を定めて云い出した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
菊枝は、黙々として項垂うなだれ続けた。祖父は幾分後悔の気持ちできざみ煙草をくゆらし続けていたし、祖母はかばってやらねばならぬ折を、おどおどしながら待っていた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
雪子は黙って項垂うなだれたまま、裸体にされた日本人形のように両腕をだらりと側面に沿うて垂らして、寝台の下にころがっていた悦子の玩具おもちゃの、フートボール用の大きなゴムまりに素足を載せながら
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
父親は、てのひらでぽんぼんと煙草の吸い殻を落として、っと、項垂うなだれた菊枝の顔を凝視みつめた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「おっ、お館様……もったい至極! ……殿、殿、姫君を奪われました! ……申し訳……申し訳……ござりませぬ」眼を閉じガックリ項垂うなだれたが、譫言うわごとのようにつぶやいたのは
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「睨まれるのはまだ早い。俺はもっと正気でいたい」陶器師はガックリ項垂うなだれた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
項垂うなだれて、静かにそこを歩み去っていく正勝の後姿はひどく寂しかった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)