陥穽かんせい)” の例文
旧字:陷穽
ガヤガヤと物をいう。非難攻撃、陥穽かんせい迫害! ……が、わしは恐れない! わしは力でやっつける! 一人の力で、もっぱらにる!
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しまった! と思うとたんに、余りにも手際てぎわよく村重の陥穽かんせいにかかっていた自分の姿が——自分ながらおかしくなったものとみえる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何故かというに僕の肉体には本能的な生の衝動がきわめて微弱になってしまったからである。永遠に堕ちて行くのは無為の陥穽かんせいである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ねえ田郷さん、僕が持ち出した汝真夜中のザウ・ミックスチュア・ランク……の一句には、こういう具合に、二重にも三重にもの陥穽かんせいが設けられてあったのです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あらゆるものの中で海はとりわけ私にとつてたくさんの陥穽かんせいに満ちてゐる。私はともすれば飜る波の一襞ひとひだにも古い記憶の合図を見るのだ。
恢復期 (新字旧仮名) / 神西清(著)
頭の古い私を月並な日本魂やまとだましいと、義理人情で責め立てて、木ッ葉微塵に飜弄しつつ、ぐんぐんと死の陥穽かんせいの方へ引きずり込みつつあるのだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかしそれから比べると、ゴンクウルの『陥穽かんせい』などは深く入つて行つたものだ。全体は外面で行つてゐて、そして深く内面に入つてゐる。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
また「陥穽かんせいと振子」では暗黒の地下室に投げ込まれた人物が、壁に手をあてて室内をさぐり歩いているうちに、実は四角な部屋であるのが
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
神尾主膳の陥穽かんせいにかかって、自分は半生を葬られてしまったようだが、実はやっぱり自分は、その地位を保つだけの徳がなく
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は暫時の間、茫然として、部長の顔を凝視みつめて居た。やがて、彼の眼には陥穽かんせいちた野獣の恐怖と憤怒ふんどが燃えた。(完)
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
すべての人がそうであるように、どうにか食えるようになるまでには、無数の嘲笑と、悪罵と、陥穽かんせいの中をくぐり抜けなければならなかった。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
恋は特別に悪魔にねたまれます。悪魔はそのなかに陥穽かんせいをつくります。そしてもはや二人の間に平和や明るい喜びはなくなってしまうものです。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それはほかでもない、おれたちの中佐が秩序紊乱びんらんの嫌疑で当局の不興を買っているということなんだ。つまり、反対派の陥穽かんせいにひっかかったんだよ。
世の中は陥穽かんせいに満ちたところだとは、かねて私も多少は心得ているつもりだが、お米の配給機構の中にもかかる苛酷な脅威が存在するとは知らなかった。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
瑜ちゃんや、可憐かわいそうにお前はあいつ等の陥穽かんせいに掛ったのだ。天道様てんとうさまが御承知です、あいつ等にもいずれきっと報いが来ます。お前は静かにねむるがいい。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
自分の一生を小さい陥穽かんせいめ込んでしまう危険と、何か不明の牽引力の為めに、危険と判り切ったものへ好んで身をていして行く絶体絶命の気持ちとが
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ジャン・ヴァルジャンはなお一度、恐るべき港とほほえめる陥穽かんせいとのいずれかを選択しなければならなかった。
角度を変えた観点みかたから申しますと、こういう人物の張った陥穽かんせいに奥様はおかかりになった……いわば奥様の御受難であったということになるかも知れませんが
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし彼の口にする人道はついに一個の功利説こうりせつに帰着するので、彼はわれ知らず自分のこしらえた陥穽かんせいに向って進んでいながら気がつかず、危うくお延から足を取られて
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人情は暗中にやいばふるひ、世路せいろは到る処に陥穽かんせいを設け、陰に陽に悪を行ひ、不善をさざるはなし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そこにはうっかり通りかかるとひっかからずには居られない陥穽かんせいや、飛びこむと再び外へ出られないような泥沼どろぬまを用意して置いたのです。ひっかかったものが不運なんです。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆがんだおきて陥穽かんせいのために、磔刑たっけいや打首にされた無数の怨恨えんこんが今も濛々もうもうと煙っている。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
丙は時として荊棘けいきょくの小道のかなたに広大な沃野よくやを発見する見込みがあるが、そのかわり不幸にして底なしの泥沼どろぬまに足を踏み込んだり、思わぬ陥穽かんせいにはまってき目を見ることもある。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この意味ではルナアルは暫く問はず、香炉かうろの香を帯びたジツドにもせよ、町の匂ひのするフイリツプにもせよ、多少はこの人通りの少ない、陥穽かんせいに満ちた道を歩いてゐるのであらう。
おはりにのぞくまに就て一言すべし、熊の巣穴は山中に無数あるにもかかはらず、藤原村に於て年々得る所のくまは数頭のみ、之れ猟師の勇気いうき胆力たんりよくと甚少きを以てなり、即ち陥穽かんせいもうけて熊をりやうするあり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
それが不運な彼のために用意された陥穽かんせいであつた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そこにはあだがあり、迫害があり、うるさい情実や陥穽かんせいがあるにしても、土地そのものだけには懐かしまずにはいられない力がある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ネーはあたかも陥穽かんせいを予感したがごとくドロールの縦隊を左方にめぐらしたため、それは全部到着していた。
一ツ橋、清水の三卿、保科、桑名の親藩輩が、結託してわしを陥穽かんせいしたが、冬次郎めも一味だな! ……柳営うち民間そとと呼応して、今日の計画にしおったのだな!
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
川村のしかけて置いた陥穽かんせいに陥ったのだ。わしは殺されたのだ。一度殺されて再び甦ったのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
陰険卑劣なオッチョコチョイ、つまり、蔭へまわっては、人を陥穽かんせいしようとするような奴、表へ出ては、つかみどころのないような奴を、制裁するのは、腕力に限ります。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
従つて、内部の心の光景は、常に、人を深い陥穽かんせいの中に陥れて了ふことを忘れてはならない。
心の絵 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
みだりに踊り狂うとき、人をして生の境を踏みはずして、死の圜内けんないに入らしむる事を知る。人もわれももっともみ嫌える死は、ついに忘るべからざる永劫えいごう陥穽かんせいなる事を知る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、これは蠅男が一歩先の先まわりをして、ここに陥穽かんせいを設けておいたものであろう。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
実は、あの倍音に陥穽かんせいがあるような気がしたからなんだ。なんだか微妙な自己曝露のような気がしたので、あれを僕の神経だけに伝えたのにも、なんとなく奸計たくらみがありそうに思われたからなんだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
締切日は私という愚かな鼠が落ちる陥穽かんせいのようなものであった。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
日頃から自分をつけ狙っている何者かが、手にもてあまして、遂に、亘志摩わたりしまという背後の黒幕を切って落し、正面からものいおうという陥穽かんせいか。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはずっと以前から、もう水が枯れて了って廃物になっていたもので、兄は、庭の中にこんな陥穽かんせいがあるのは危険だからといって、近い内に埋めて了うことにしていました。
戦闘の激しい旋風の後に毒気と陥穽かんせいとの洞窟どうくつがきたのである。混戦の後に汚水溝渠おすいこうきょがきたのである。ジャン・ヴァルジャンは地獄の一つの世界から他の世界へ陥ったのである。
ここに、俄然、一つの食べ物を感得したからといって、一概にむさぼりかかることをしないのは、武術の達人の残心のうちの一つと称すべく、知恵ある動物の陥穽かんせいを避ける心がけと言ってもよい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしそこにはもうすでに恐ろしい陥穽かんせいが待ちうけていたのだった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あらゆる苦難と迫害と、誘惑と陥穽かんせいとが彼女を襲った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
法水は危惧きぐの念を抱いて陥穽かんせいを予期している。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ところが、かえって、悪人ばらの陥穽かんせいに墜ちて、この炭焼小屋のかまの中に抛り込まれて、彼奴等きゃつらの眼前で、蒸焼きにされてしまうところだった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ジャン・ヴァルジャンは彼に対して多くの陥穽かんせいを設けた。彼はリュクサンブールへやって来る時間を変え、ベンチを変え、ハンケチを置いてゆき、また一人でやってきたりした。
ポーの「陥穽かんせいと振子」も、ディケンズの「エドウィン・ドルード」も、コリンズの「月長石」も、ガボリオやボアゴベイの諸作も、それぞれの意味でスリラアとしてあげられている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところが例の又四郎が、一途いちずに目的をとげよう為、邸内に入って、かえって相手方の陥穽かんせいに落ち、いたく吉保よしやす紋太夫もんだゆうを仰天させたことは当然です。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らは既に三分の二以上を占領していたが、何か陥穽かんせいを恐れて躊躇してるかのように、中へは飛び込んでこなかった。そして獅子しし洞穴どうけつでものぞくように、暗い防寨ぼうさいの中をのぞき込んでいた。
ならないではいられぬのです。そこに身の毛もよだつ陥穽かんせいがあるのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むざむざ彼らの陥穽かんせいに落ちるよりも、この附近に足場をとり最期まで闘って、斬り死にする覚悟だといい放っていた
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)