身装みなり)” の例文
旧字:身裝
吉川と云う方は、明石縮あかしちぢみ単衣ひとえに、藍無地あいむじの夏羽織を着て、白っぽい絽のはかま穿いて居た。二人とも、五分もすきのない身装みなりである。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もう一人は小柄できびきびした人で、フロックにゲートルというきちんとした身装みなりで、短く刈込んだ頬髯を持ち眼鏡をかけていた。
身装みなりのくづれをなほしてから、ふりむいて、椅子にかけた。突然澄江は蒼ざめた顔をあげて、きびしい詰問の口調で卓一に言つた。
何うも身装みなりが悪いと衆人ひとの用いが悪いから、羽織だけはわきで才覚したが、短かい脇差を一本お父さんに内証で持って来てくれねえか
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ジョルジュはオーロラの身装みなりやイタリー趣味を非難した——細やかな色合いのやや乏しいこと、けばけばしい色彩を好むことなど。
そして彼はこの界隈のどの子供よりも、身装みなりがよごれていて、もう秋も深いというのにまだ灰色のぼろぼろになった霜降しもふりをつけていた。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
中には身装みなりのぞろりとした者などあって、店に入るとすぐに隣接した別席に著き、酒を命じ菜を命じ、ちびりちびりと飲んでる者もある。
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
不審訊問じんもんを避けるためにキチンとした身装みなりをしていなければならなかったが、しかし今のような場所で、八時というような時間に
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
おまえだってもう十八じゃないか? おまえをいつまでも子供にしておこうと思って、そんな子供のような身装みなりをさせているんだろうが。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もう、とうに江戸にはいないはずの彼だったが、草鞋わらじなどもつけず、いつもの身装みなりで、まだ何処かに身を寄せている様子だった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栄蔵より四つばかり年下で、いつもきたない身装みなりをしてゐたが、なかなかきかん気で、紙鳶のことなら何でも知つてるやうな口をきいた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
なるほど代官所あたりの下役人らしく、やぼったい身装みなりだし、眼ばかりぎょろぎょろしているが、二人とも愚鈍そうな男だった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「だが……お前の様子を見ると、さほど困っていそうもないじゃないか。そんな……しゃれた身装みなりをしてるところを見ると。」
叔父 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この時の娘の身装みなりは旅姿のままで、清楚さッぱりとしたなりで飾りけの気もなかッたが、天然の麗質はあたりを払ッて自然と人を照すばかりであった。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
見ると、いつものざっかけない衣装とちがって、八反はったんの上下に茶献上の帯。上州あたりの繭問屋まゆどんやの次男とでもいったような身装みなりをしている。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
身装みなりは気の毒なほど粗末ですが、十七八の美しい娘で、あどけなく可愛らしいうちにも、武家の出らしい、品のよさが、好感を持たせます。
その母というのは自分の想像どおり、あまりらくな身分の人ではなかったらしい。やっとの思いでさっぱりした身装みなりをして出て来るように見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時は最新流行の身装みなりで帰って来たのが、今は何かの理由でタイピストにまで落ちぶれているのではないかとも考えられる。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ういふんだか、一寸見たら判りさうなものぢやないか。僕達と比べてみたまへ、君の身装みなりは随分見窄らしいぢやないか。」
身装みなりも見すぼらしかった。自分の腹に出来た子の初めての帰省を迎えたその時の母親の不快げな顔が、今でも笹村の頭に深く刻まれていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の帰ったことを知らされた母もそのあくる朝早々やって来た。母も大分年をとって見えたが、今は身装みなりもきちんとしていた。
ハルビンでは、いくら避難民でもまだ身装みなりを崩さないものをも沢山見かけたのに、此処では、さういふ人達は捜しても見つからないほどでした。
一少女 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
しかし、十月が半ばを過ぎると、もう普通の身装みなりでそのあたりへ出入することが困難なほど警戒は一層厳重になってきた。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
名人円朝も芝居噺を売物の若手時代には「太神楽」の綽名を取ったが、素噺に移ると共に、身装みなりも渋くなって綽名は解消。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
身装みなりは構わず、しぼりのなえたので見すぼらしいが、鼻筋の通った、めじりの上った、意気のさかんなることその眉宇びうの間にあふれて、ちっともめげぬ立振舞。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
友木はこう云う人々の間に交って、身装みなりが少し見すぼらしいと云う以外に、人目を惹くような特徴は示していなかった。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「やぶれかぶれで、そんな身装みなりをして——平気さうな顔をしてゐるんだらう?」などと余計な質問をするのであつた。
歌へる日まで (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
側を通る人にぶつかられても、少しもいらいらしたような様子を見せず、ただ身装みなりを直して急いで歩いてゆくのだ。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
「馬鹿に今日は美しいんだね」と金之助はジロジロ女の身装みなりを見やりながら、「それに、くるまなぞ待たしといて、どこぞへこれから廻ろうてえのかね?」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
どうも人相のよくない、気味の悪い人だ、身装みなりは悪くありませんが、どう見たって善良な紳士とは見えません。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
身装みなりが資本だからと、彼は黒の背広に白のワイシャツ、縞ズボンを、ちやんとはいて出かけるのが常であつた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
この見知らぬ人は立派な身装みなりの侍であったが、關内の真正面に坐って、この若党に軽く一礼をして、云った。
茶碗の中 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
先刻嬶が話では、何でも立派な女客が来たとの事。しめたぞやつぱり当つたか、喜ぶ顔を見て来うと、これこの様に、羽織まで、身装みなりをつくつて来て見れば。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
ところがここのヒョロクタ老ぼれ番頭、玄関へ出て来てジロリ、ジロリ一行の身装みなりを上から下まで見上げ見下ろし、十分も経ってから初めて口を開いていわ
あまり美しいので、セエラは手籠を持っていることも、自分の身装みなりのみすぼらしいことも——何もかも忘れ、もう一目少年を見たい気持で一杯になりました。
ひとりの貧しい身装みなりをした娘が、汽車の窓のところに来て、麺麭ぱん燻肉くんにくと復活祭の卵を売ろうとしている。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
どこと言ってこの辺の普通の百姓と変りのないその様子……身装みなり顔付、応対ぶり、それらが村人をして何の遠慮もなくここへ足を踏み入れさす原因かも知れない。
錦紗 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
身装みなりはちょうど英国の僧侶のように黒い物ずくめで、見るからに自然と頭のさがるような、いかめしさと重々しさとをそなえていた。やがてその紳士は口を開いた。
而して直ぐに愉快げに握手した。見ると、先生の身装みなりは、全く田舎の猟夫其のままの身仕度である。
「泥棒と疑われても仕方がねえ。こんな夜中やちゅう弁解ことわりもせず、こんなきたな身装みなりをして他人ひとうちこっそり忍び込んだんだからな……早く縛るがいい何を為ているんだろう?」
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その人柄や身装みなりによって察すれば、彼女もおころと同様に市子か巫子みこのたぐいであるらしかった。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
外人かと見まちがうような身装みなりをして、勇ましく馬蹄の音を立てているのが著しく殖えて来た。
軽井沢にて (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
附近の家々ではまだ起きて居る人たちがあったが、それ等の人々が驚いて出て見ると、相当の身装みなりをした二十歳ばかりの女が、地面の上にうずくまって苦しみあえいで居た。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
いかなる茅屋あばらやに住んでいても、いかなる身装みなりをしていても、偉人は必ず偉人である。いかなる地位にあろうとも、父祖の地位財宝を擁しているだけでは、凡人以下の凡人である。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
お駒ちゃんは、つぶらな眼をそわそわと動かしたが、じぶんを見ている日本一太郎には気がつかずに、そのままみすぼらしい身装みなりを恥じるように、軒下づたいに歩き出そうとした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
十二時頃になるとキキイを除いた三人の女は、派手はで身装みなりをして大きな帽の蔭に白粉おしろいを濃くいた顔を面紗ヹエルに包み、見違へるやうな美しい女になつて各自めい/\何処どこへか散歩に出てく。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
いったいこの町で、若くって美しくって教育のある女といったら、この私一人しかいないのだ、また優美で趣味があってしかも経済的な身装みなりの出来る女も、自分一人しかいないのだ。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
容貌といい身装みなりといい、それぞれ勝手気儘で、ほかの婦人客と別に違ったところがあるようでもなかったが、しかし必らずその客は、東京駅着午後三時の急行列車から降りるのであった。
三の字旅行会 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それは格別彼女の美しさを増してはいなかったが、また別な美しさを見せていた。彼女の美しさは無限であって、こうして違った新しい身装みなりになると、さらに別な愛らしさを示していた。
柴車しばぐるまいて来るおばさんも、苅田かりたをかえして居る娘も、木綿着ながらキチンとした身装みなりをして、手甲てっこうかけて、足袋はいて、髪は奇麗きれいでつけて居る。労働が余所目よそめに美しく見られる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)