疾風はやて)” の例文
……そのトタン……飛び上るようなサイレンの音に、ハッと驚いて飛び退く間もなく、一台の自動車が疾風はやてのように私を追い抜いた。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
帆柱にしがみついて、しばらく様子を眺めていた周馬も、いよいよつのる疾風はやてに、ともすると体ぐるみ吹ッ飛ばされそうになるので
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家老たちも、御父君秀康卿以来の癇癪かんしゃくを知っているために、ただ疾風はやての過ぎるのを待つように耳を塞いで突伏つっぷしているばかりであった。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
では、この胸の疾風はやてに乗って、女のもとに走り、自分を待ちわびているからだを抱いて、心ゆくまで泣こうか。女と二人で泣こうか——。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
疾風はやての如く梶原源左衞門の浪宅へ飛び込みましたが、この時はもう平次の言つた通り、肝腎かんじんの鼬小僧は逃げ出した後で空つぽ。
が、瞬間私は、草原の中を疾風はやてのように馬を走らせて来る、スパセニアの姿を認めたのです。そしてびっくりして、突っ立ち上がりました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
群集がパッと散って開いてくれた道を、笠に合羽の旅人体と、裸体に脚絆のがんりきとが疾風はやての如く駈け抜ける足の早いこと。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おれは貧乏くじをひくためにこの世へ生れてきたようなものだ、いつもそう云っていたが、長男の千吉が十一のとき、漁に出て疾風はやてに遭って死んだ。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
間もなく月夜の駒ヶ岳の、大自然をあたかも黒い魔のような物が、疾風はやてのような素早さで、走って行くのが見てとれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
間もなくトンネルへさしかかると、列車はまるで猛り狂うた疾風はやてのごとくその中へ突入したが、忽ちそこを突きぬけて、再びひらけた線路へ出ました。
花に嵐は珍しくないが、これまた疾風はやてのような怖ろしい勢いで、山じゅうの桜を一度に落とそうとするらしかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
西北せいほくそらからどっとせる疾風はやてふねはグルリときをかえ、人々ひとびとたきなす飛沫しぶきを一ぱいにびました。
しかしその時は墨を流したような闇夜のことではあり、船は疾風はやてに乗って空を飛ぶかという異変の最中で、手の施しようなどとてもありようはなかった。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
助けてくれい! 連れてつてくれい! 疾風はやてのやうによく走る三頭立の馬をつけてくれい! さあさ馭者も乘つたり、鈴も鳴れ、馬も元氣に跳ねあがり
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
と、横ざまの疾風はやてを受けて、藍色の海面は白く光る、小さな風浪かざなみに覆いつくされ、毒々しい銀色にきらめき渡る。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
巒気らんきか、冷気か、雲が迅いか、日がかげるか、自動車の捲き起す疾風はやてか、私たちの胴ぶるいこそは繁くなると
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
理学士は、それともなく石滝の奥ではないかと、ふと心着いて恍惚うっとりとなる処へ、吹落す疾風はやて一陣。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、其若者の二十間許り後から、身体中真白に米の粉を浴びた、髭面の骨格の逞ましい、六尺許りの米搗男が、何やら小脇に抱へ込んで、これも疾風はやての如くに駈けて来た。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私どもが漁場へ着いて間もなく疾風はやてが吹き起って、帰ることなどは思いもよらないくらいに海峡がひどく大荒れになったために、一週間近くも漁場にとどまっていなければならなくて
疾風はやてだ!」と補祭が言った、「早く行かないと、眼があいていられなくなる。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
海霧ガスの騎行に光が失せて、大喇叭テューバのような潮鳴りが、岬の天地を包み去ろうとするとき、そのところどころの裂目を、鹹辛しおから疾風はやてが吹き過ぎて行くのだが、その風は氷のように冷たく
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのとき、疾風はやてが吹いて来まして、砂を吹き上げました。……それで、あの子はいきなりわたしに飛びかかって、小さな両手でわたくしの首筋に抱きついて、じっとしめつけるのでした。
「病院へ行って来ました。末のが疾風はやてかかってなも。一寸も埓明だちゃあかんでなも」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
綱具や通話管や繋船具けいせんぐなどの音と動揺や風や疾風はやてや大砲などに交じったその言葉、それも皆勇壮激越な隠語であって、盗賊らの猛悪な隠語に対しては、おおかみに対する獅子ししのごときものである。
呼吸いきかず静まりかえっているように見えるが、足を入れると、それこそ疾風はやてが液体になったように全速力で走っている、流れの浅く、彎入した、緩やかなところに背を露わした石がある
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
まるで疾風はやてのように去ったが、山麓の方に消え失せたとも言った。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
冬の日の疾風はやてするにも似て赤きさみだれ晴の海の夕雲
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
わがを揺するこの疾風はやてぞ雲ふき散りし星空のもと
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
うるしなす暗間やみまを吹きまくつて行く疾風はやて
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
疾風はやてに歌ふ牧羊の翁、神樂月よ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
キヤラバンの疾風はやてに眠る塩の山
欧洲紀行 (新字新仮名) / 横光利一(著)
疾風はやてが裏山を鳴らしている。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
疾風はやてのような攻撃だ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
と一しょに、頭の上から疾風はやてのような手裏剣しゅりけんが飛んできて、バタバタと四、五人ふいにッたおれたので、あッといったがもうおそい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曾て「疾風はやて」の木村六弥が、主家帰参のために盗み溜めたのも三千両、春徳寺で盗まれたのも三千両、「疾風」の記録に南町奉行所で盗まれ
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
怖いもの見たさの店にいた連中は飛び出して見ると、ワッワッと逃げ惑う人畜の向うから、疾風はやての如く飛び狂って来る大きな犬があるのであります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
で紋也とお粂との二人は、敵のいない一方の露路をめざして、疾風はやてのように突ッ走った。するとまたもや交叉点へ出たが、そこにも敵が待ちかまえていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おりからはげしい疾風はやてさえつのって、みことのくぐりられた草叢くさむらほうへと、ぶがごとくにせてきます。その背後はいごは一たいふか沼沢さわで、何所どこへも退路にげみちはありませぬ。
疾風はやてに歌ふ牧羊の翁、神楽月よ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
とどろに吹きまはる疾風はやて
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
それやこれや、彼の胸算用は人知れぬ忙しい疾風はやての中だったろう。またその行軍も、熱田から以西は、夜を日につぐの急だった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後で念入に調べて見ると、書き役の書類の中から、いつぞやお前に追われて、品川沖で海の中に沈んだ強賊「疾風はやて」の記録だけが紛失している」
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
疾風はやてのように走って来て、おりから佐久間町の入り口へまで来た、北条美作と桃ノ井兵馬とへ、——いや先に立っていた美作の胸へ、ドンとばかりにつきあたり
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この時、疾風はやてのように、白刃が兵馬の頭上に飛んで来ました。それは前の覆面の二人のさむらい。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
疾風はやてきめぐる地獄の空を
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
みだれる雲——疾風はやての叫び——宵闇よいやみほど暗かった。時々、青白くひらめく稲妻がひとみを射、耳には、おどろおどろ、遠い雷鳴かみなりがきこえてきた。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とんだ濡衣ぬれぎぬを着なきゃならないんだ——いつか江戸を荒し廻った強賊の「疾風はやて」が、偽の中気病ちゅうきやみになって居たことがあるから一応は釜六も疑って見たのさ」
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
疾風はやて! 宛然さながら! 水品陣十郎! 二つになれと切り込んだ。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「冬じゅうの居食いで、山寨の倉も少々お寒くなっていたら、この到来物とうらいものときたぜ。なんとこんな疾風はやてなら、ときどきせて来てもらってもいいな」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とんだ濡衣ぬれぎぬを着なきやならないんだ、——いつか江戸を荒し廻つた強賊の『疾風はやて』が、僞の中氣病みになつてゐたことがあるから一應は金六も疑つて見たのさ
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)