燧石ひうちいし)” の例文
それで、この先月あとつきの船で届いたモスケッタ銃だが、火繩ほくちをあちこちさせる種ヶ島流とちがい、燧石ひうちいしを使った引落しの式になっている。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
朝夕に燈明と、水と、小豆あずきと、洗米あらいごめを供えてまわるのが私の役目とされていた。だから今でも私は燧石ひうちいしから火を得るすべは心得ている。
カチッ、カチッ……と燧石ひうちいしをすりながら、書院の中でいっている。やがて、ぼうと灯がついて、あたりへくすんだ灯影が流れてきた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつから是が日本に始まったかということは記録に見えぬが、燧石ひうちいしの使用に伴なうものだから、やはりまた一箇の新発明であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燧石ひうちいし黒曜石こくようせきや、安山岩あんざんがんるいつくつたものがおほいのでありますが、ときには水晶すいしよう瑪瑙めのうのような綺麗きれいいしつくつたものもあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
机竜之助は、「柳緑花紅」の石に腰打ちかけて、腰なる煙草入を取り出して、燧石ひうちいしをカチカチ、一ぷくの煙草をのみ出しました。
そして入口の棚にのっていた燧石ひうちいしをカチカチやってかたわら雪洞ぼんぼりに火を移し、戸口に立った露月を顧み、あざけるごとく言うのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
赤とんぼも飛びかわす時節で、その群れが、燧石ひうちいしから打ち出される火花のように、赤い印象を目の底に残して乱れあった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼の眼は火花ひばなでもあり、燧石ひうちいしでもあつた。彼は何事も否認しなかつたが、あらゆるものにいどみかけるかのやうであつた。
けらを着た百姓ひゃくしょうたちが、山刀なた三本鍬さんぼんぐわ唐鍬とうぐわや、すべて山と野原の武器をかたくからだにしばりつけて、東のかどばった燧石ひうちいしの山をえて、のっしのっしと
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
七八間も、這って来た時、益満は静かに、燧石ひうちいしを打って、紙燭に火を点じた。紙撚りに油をしましたもので、一本だと五寸四方ぐらいが、おぼろげに見えた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
燧石ひうちいしと火打鎌と、火口ほくち硫黄いわう附木ぢや、あんなことはむづかしからう。——そんなたよりない火附け道具で、四年越しの惡戯はできない——焔硝えんせうかな——」
燧石ひうちいしの破片のように眺められる小さな氷の山でも、このままに別れてしまうのが惜しまれてならなかった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
やがて彼は煙管を口にくわえて、さもうまそうに刻みの葉をふかしていた。燧石ひうちいしを打つ手つきから、燃えついた火口ほくちを煙草に移すまで、その辺は彼も慣れたものだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もう打捨てては置かれないので、七兵衛は床の上に起き直って枕もとの燧石ひうちいしを擦った。有明行燈の火に照らされた蚊帳の中には、鼠らしい物の姿も見いだされなかった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
六波羅の野邊にて奴僕でつちもろとも苦參たうやくを引いて、これを陰干にして腹藥になるぞと、ただは通らず、けつまづく所で燧石ひうちいしを拾いて袂に入れける、朝夕の煙を立つる世帶持は
金銭の話 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
すなわち知る、彼が万里の外土を踏まんとする一片の火鎌ひうちがま、象山の燧石ひうちいしと相つ、いずくんぞ雄心勃如ぼつじょたらざるを得ん。かくてはしなくペルリは、明年の再来を期して艦をめぐらせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
論争のきらびやかな火華にばかり魅せられていて、その蔭に、こうした陰惨な色の燧石ひうちいしがあろうなどとは、事実夢にも思い及ばぬことだった熊城は神経的にてのひらの汗を拭きながら
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして仕度が出来あがると、心得たもので、咲子は爪立して、けんどんのうへから燧石ひうちいしを取りおろすと、下駄を穿いてゐる蝶子の後ろからかち/\切火をして、皆んなを笑はせた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
掘ると、下から、青くて固い地盤じばんが出て来るよ。まるで燧石ひうちいしのやわらかいやつみたいだ。こいつは掘るのに、なかなか手間がかかる。しかし、そこまで掘れば、大体いい水が出るね
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
カチ/\と燧石ひうちいしの音が聞えて、先刻の流れ星のやうな薄い光りが、ぴか/\したが、やがて手燭の火とともに、和尚さんのつる/\した頭は吐き出されるが如く其の四角い穴から現はれた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
燧石ひうちいし二つで牛の上から火を打ち懸けてその害去ると信じ、またくだんの黒兎に鬼寄住し鳥銃もかず銀もしくは鋼の弾丸を打ち懸けて始めてこれを打ち留め得と信ぜらると(ロイド、前出一五)。
冠者が用意の燧石ひうちいしを出し、カチカチと打って火を出すと、待ち構えていた権六がすぐにそれを枯葉へ移す。火はやがて枯木へ燃え付いたが続いて楠の木へ燃え移った。楠の木は油の多い木だ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
狼が近寄ると、小僧はふところから燧石ひうちいしを出して森の外の枯れ草に火をけた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
燧石ひうちいしを摺る、誤って指を打つ)あ痛ッ。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
燧石ひうちいしを打つて、星を作つた。
重宝ちょうほうなもんだて。どうしてまた毛唐けとうは、こんなことにかけては、こうも器用なんだろう。これを使っちゃ、燧石ひうちいしなんぞはお荷物でたまらねえ」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
野蠻やばん時代じだいでもうつくしい石材せきざい地方ちほうから輸入ゆにゆうして使用しようしたことがあるばかりでなく、燧石ひうちいしだとか、黒曜石こくようせきのようなものでも、その地方ちほうさんしない場合ばあひ
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
燧石ひうちいしと火打鎌と、火口ほくち硫黄いおう付け木じゃ、あんなことはむずかしかろう。——そんなたよりない火付け道具で、四年越しの悪戯いたずらはできない——焔硝えんしょうかな——」
などと歌ってきかせているのも、単なる昔なつかしの情をえて、我々を教訓しまた考えさせる。火もらいは燧石ひうちいしの普及よりも、もう一つ以前の世相であった。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燧石ひうちいしのやうに持ちがいゝに違ひないと思ふ、よい心掛こゝろがけの石を置いてゐるところです。これからはきつと、私の仲間も、遊びも今までとは違つてくるでせう。」
枯れあしをあつめて、一人がカチカチと燧石ひうちいしる。火をかこんで酒をあたため、あり合うもので飲みわす。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山刀なた三本鍬さんぼんぐは唐鍬たうぐはや、すべて山と野原の武器を堅くからだにしばりつけて、東のかどばつた燧石ひうちいしの山を越えて、のつしのつしと、この森にかこまれた小さな野原にやつて来ました。
狼森と笊森、盗森 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「おや、地盤が、急に変ったじゃないか。これは、燧石ひうちいしみたいに硬い岩だ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
主婦は燧石ひうちいしを取出して、清浄きよめの火と言つて、かち/\音をさせて騒いだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
燧石ひうちいしをカチ/\やつて、神棚に燈明を上げた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ひょっこりと乗り込んで来た草鞋わらじがけの老人が、燧石ひうちいしを出してカチカチとやるのを見て、英国の一旅客は目を丸くし、ああ日本はこれだから解しがたいと感歎した。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燧石ひうちいしのやうな眼は冷い眼瞼まぶたに覆はれ、額やしつかりした特徴のある目鼻立ちの面影には、未だその頑固な魂の影が殘つてゐた。その亡骸なきがらは私にとつて、不思議な、嚴肅なものであつた。
燧石ひうちいしに鎌の当る音がすると、パッと蝋燭ろうそくともされた。
燐寸は人間の骨で作るそうなと謂って、神仏のきよい火は特に燧石ひうちいしり出し、商人の方ではまた決してけがれてはおらぬということを、箱ごとに明記していたのも近い頃までの事であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
燧石ひうちいしかまの當る音がすると、パツと蝋燭らふそくが點された。
このホクチや燧石ひうちいし以前というものが、殊になつかしく我々には回顧せられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)