比喩ひゆ)” の例文
私は、何一つ取柄のない男であるが、文学だけは、好きである。三度の飯よりも、というのは、私にとって、あながち比喩ひゆではない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この比喩ひゆ——ことに『糸瓜』ということばが、なんということもなしに、一目見るなり、アリョーシャの心にちらついて、彼はこれを
彼はかくまじめにまた慈父のように語り、実例がない場合には比喩ひゆをこしらえ、言葉少なく形象豊かに、直接に要点をつくのであった。
これ別段理由も道理もなく、ただ一場の比喩ひゆに過ぎませぬ。その上にこの論は、かえって霊魂不滅を証拠立つることになります。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
だから人情は人の食物くいものだ。米や肉が人に必要物なる如く親子や男女なんにょや朋友の情は人の心の食物だ。これは比喩ひゆでなく事実である。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その東洋の比喩ひゆが、またもや私の心を刺した。「私、後宮セラリオ美人の代りになんぞ、一寸だつて、成りませんから。」と私は云つた。
しかしみつればくるの比喩ひゆれず、先頃から君江の相貌そうぼうがすこし変ってきた。金青年に喰ってかかるような狂態きょうたいさえ、人目についてきた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
薄暗く青くよどんだ水底の、桃色の人花の美しさと恐ろしさは、比喩ひゆを絶するものがあった。それはデ・クィンジーのアヘンの夢であった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(後者は永井荷風ながゐかふう氏の比喩ひゆなり。かならずしも前者と矛盾むじゆんするものにあらず)予の文に至らずとせば、かかる美人に対する感慨をおもへ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
然しこれではまだ恐らく比喩ひゆが適切でない。「一人物」といふよりも、寧ろ「悄然」其物が形を現はしたといふ方が當つて居るかも知れぬ。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
単に多くの人々は、象徴を以て一種の「比喩ひゆ」「暗示」「寓意ぐうい」の類と解している。もちろんこの解説は、必しも誤っているわけではない。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
溌剌はつらつとして、多少滑稽こっけいで、比喩ひゆと象徴とがいっぱいつめ込まれた頭脳をもち、ゴチック的でまたロココ的で、おこりっぽく、頑固がんこで、清朗で
それはこのさき三、四ヵ月生きてゆける計算だった。彼はこの頃また、あの「怪物」の比喩ひゆしきりに想い出すのだった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
その言い方がいかにも伝六らしい比喩ひゆでしたから、右門もほほえむともなくほほえみながら、しきりにあごのまばらひげをまさぐっていましたが
それは宇宙の巨大、人間の微小といふやうな比喩ひゆを無理にも暗示してゐた先刻さつきの空とは、似ても似つかないものだつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
現今のシナに見る、かの奇怪な、名ばかりの道教においてさえも、他の何道にも見ることのできないたくさんの比喩ひゆを楽しむことができるのである。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
それは比喩ひゆを以て説明するならば、ここに一人の子供がある。その子供に、養ひのために親がきゅうゑてやるといふ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
学問的ばかりでなく、柔らかに比喩ひゆをお用いになったりなどして、宮が説明あそばすことはよく薫の心にはいった。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わたしの熱心な態度と、比喩ひゆ的なことばには、なにか、興奮したレスリーの思いをひきつけるものがあった。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
人生は夢であるということを誰が感じなかったであろうか。それは単なる比喩ひゆではない、それは実感である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
私は軽快な心をもって陰欝いんうつな倫敦を眺めたのです。比喩ひゆで申すと、私は多年の間懊悩おうのうした結果ようやく自分の鶴嘴つるはしをがちりと鉱脈にり当てたような気がしたのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無論僕のつもりでは、それを一つの脅迫的な比喩ひゆとして使ったに過ぎないのだが、しかしジナイーダを驚かせたのは、自分が犯人に擬せられたのを悟ったからではない。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
博物館の堀江知彦氏がなにかで『いわゆる姉さん女房の型か』といっていた比喩ひゆはおもしろい。
正倉院展を観る (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「併行モンタージュ」「比喩ひゆモンタージュ」等種々の型式が区別されるようになってからはこれらモンタージュの理論的の討議がいろいろと行なわれるようになって来た。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
比喩ひゆが突飛であるにしても、我がガラツ八の八五郎も、江戸中に良き友人を持つてをりました。
青空を慕ってやまぬしゅろの運命に託されたこの苦渋な比喩ひゆ物語は、絶望的なアイロニイをたたえながら、あんたんたる時代の空気につつまれた良心の苦悶くもんを表わしている。
ここに私が暴力というのは、現在ふつう使われている「言葉の暴力」とか「富の暴力」とか「多数の暴力」とか、その他形容詞または比喩ひゆとして使われる暴力の意ではない。
抵抗のよりどころ (新字新仮名) / 三好十郎(著)
そのたにでて蜿蜿えんえんと平原を流るゝ時は竜蛇りゅうだの如き相貌そうぼうとなり、急湍きゅうたん激流に怒号する時は牡牛おうしの如き形相を呈し……まだいろ/\な例へや面白い比喩ひゆが書いてあるけれど……
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その場合私は、比喩ひゆと讃美とによってわずかにこの尊い生活をしのぶより外に道がないだろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
芳賀博士も此の正邪に就いて御論がありまして、河の流の比喩ひゆを御引きになりました。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
……例えば、直接のいい比喩ひゆが在る。太古の半裸体時代の人間を考えてみ給え。記録が教える所に依れば、また吾々が想像し得る所に依れば、彼等の身体には力が満ち充ちていた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お願いしたいのは、私がこれを人間的葛藤かっとう比喩ひゆに使っていると思っていただきたくないことである。これは事実そのままを語っているのであり、現実に「あった」ことなのである。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
詩人は、こう書きつけると、比喩ひゆとして、「名人と楽器」という題をつけました。
かく比喩ひゆをもってしては、あるいは意味がわからぬか知らぬが、たとええていえば一日に六時間学生に教授するといえば、授業時間にはにがい顔せず、またしかったり不愉快ふゆかいふうに教えないで
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これを読んだ時に、現代の東京の生活の中で、しかも忙しかった先生の御仕事を思うと、比喩ひゆなどという意味を全く離れて、先生の暖いそして静かな心が実感をもって身にみたのであった。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
主意は泰西たいせいの理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩ひゆ艶絶。これを一読するに、温乎おんことして春風のごとく、これを再読するに、凜乎りんことして秋霜のごとし。
将来の日本:02 序 (新字新仮名) / 田口卯吉(著)
主意は泰西たいせいの理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩ひゆ艶絶。これを一読するに、温乎おんことして春風のごとく、これを再読するに、凜乎りんことして秋霜のごとし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
先般貴書拝誦はいしょう、無事御卒業奉賀候がしたてまつりそうろう。御成績も当○高出身者中随一にて満足に存上候。さて平凡な比喩ひゆながら、これからが社会の大学に御座候。貴君はこゝに於ても上乗の成績を御期待のことゝ存候。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「まあ、颯爽と……」妙な比喩ひゆに新子も笑った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それは比喩ひゆではなくて現実なんだ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
異常な技術に成ったそれらの恐るべき微妙な作品が宝石細工に対する関係は、あたかも怪しい隠語の比喩ひゆが詩に対する関係と同じである。
足のつめ、からだにはえている小さな一本の毛までがハッキリとわかって、妙な比喩ひゆですが、まるでいのししのように恐ろしい大きさに見えるのです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これに加うるに、易の文句は比喩ひゆにわたり、多様の意義を含んでおるから、臨機応変の解釈を付けることができる。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
が最も有名であるけれども、単なる比喩ひゆ以上に詩としての内容がなく、前掲の句の方が遥かに幽玄でまさっている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
費用のためではないが——メルキオルは入費なんかに辟易へきえきする男ではなかった——それだけの時日がなかったからである。彼は比喩ひゆ的な絵に取代えた。
一つは枯れて土となり、一つは若葉え花咲きて、百年ももとせたたぬ間に野は菫の野となりぬ。この比喩ひゆを教えて国民の心のひろからんことを祈りし聖者ひじりおわしける。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ことに日暮れ、川の上に立ちこめる水蒸気と、しだいに暗くなる夕空の薄明りとは、この大川の水をして、ほとんど、比喩ひゆを絶した、微妙な色調を帯ばしめる。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
比喩ひゆに堕ちてゐるから善くない」とあれどもこの句の表面には比喩なし。裏面には比喩の面影あるべし。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
主人はこの奇警きけい比喩ひゆを聞いて、おおいに感心したものらしく、久し振りでハハハと笑った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
南向きのやぶ竹とは、いったい何の比喩ひゆであろうかと、家臣たちは解けない顔していたが、そう例えられた当の宗矩には、よく分っていたとみえて、面目なげにさし俯向うつむいていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)