欠伸あくび)” の例文
さも迷惑らしくお清は片づけものをよせ集めながら欠伸あくび混りで呟いた。が、みのえはそれが本ものでないのを知り、母親を侮蔑した。
未開な風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すると警察医は、一寸そのままで黙っていたが、やがてゆっくり立上って大きく欠伸あくびをひとつすると、ロイド眼鏡の硝子たまを拭き拭き
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
D——は在宅していて、例のとおり欠伸あくびをしたり、ぶらぶらしたり、のらくらしたりして、退屈アンニュイでたまらないというふりをしていた。
彼は自分の宏大な、広々と延びてゐる庭園を見ながら、両手を高く拡げて、快い欠伸あくびをした。が、彼が拡げた両手を下した時だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
欠伸あくび一つしてもだ——苦の中に潜心した人間のあくびと、懶惰らんだな人間のそれとはまったく違う。数ある人間のうちには、この世に生を
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕食前のひまつぶしに読んでいた小説を、太鼓腹の上に伏せて、片手で美事な禿げ頭をツルリと撫で上げながら、大きな欠伸あくびを一つした。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ガラツ八の八五郎は思はず大きな欠伸あくびをしましたが、親分の平次が睨んでゐるのを見ると、あわてて欠伸あくびの尻尾に節をつけたものです。
その後に柳橋の幇間ほうかん、夢のや魯八が派手な着物に尻端折しりはしょりで立って居る。魯八は作り欠伸あくびの声をしきりにしたあとで国太郎の肩をつつく。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大きな欠伸あくびをしながら、友人が立ち去るのを見送ってから、本庄はもう一度戸棚の中へ首を突込んで見た。ベッドの下をも覗いて見た。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「あああ……」と弘はとうとうたまらなくなったように、欠伸あくびをわざと大きくしながら、足を投げ出した。そうしてくるりと横になった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして大きな声で欠伸あくびを一つして、附け加えた、「自分の料簡に頼って人の言うことを聴かない者は、つまりそうした事になる。」
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
行儀正しくあとにつゞいている粗麻の喪主と、泣き女はくたびれると、欠伸あくびをして変に笑った。それが一人の巡警の眼にとまった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
と、龍然は例の至極あたりまへな顔付に、それでも少し苦笑を浮べて、あああああ……と奇声をたてながら実にだらしなく欠伸あくびをした。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そう云いながら大助は両腕をうんと伸ばして欠伸あくびをした。すると橋の上の武士たちはすたすたと向うへ、雨のなかを去っていった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裸の博士は、そこで大きな欠伸あくびを一つしたが、それから両手をさし出して、服装正しい博士の身体にさわってみた。そしてつぶやいた。
欠伸あくびを我慢することに——(なぜならこの曲は諸君を退屈がらせるからだ。……退屈だと、退屈でたまらないと、告白したまえ!)
恒子 そら、何時かうちへ来た時、母さまの前で欠伸あくびをしたつて、母さまがあとで怒つてたでせう。あゝいふことが、のべつ幕なしなの。
驟雨(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
犬は毛の長い耳を振って、大きな欠伸あくびを一つすると、そのまままたごろりと横になって、仔細しさいらしく俊助の靴のにおいを嗅ぎ出した。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、この時、これ以前から、一人の年取った百姓が、大根の荷をかつぎながら、一行の後からついて来たが、アーッと大きな欠伸あくびをした。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日あたりのいい草の上で、今まで昼寝をしていたらしい一匹の黒猫が、起き上りざま背を円めて、大きな欠伸あくびをするのが眼につきました。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
寝台の足もとにべったりと降りたひょう。私たちを楽しませ、自分は一向楽しまないくま。自分でも欠伸あくびをし、人にも欠伸を催させるライオン。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「じゃ仕様がない。よく自分で考えるさ。……あゝ遅くなった。もう寝よう。君も寝たまえ。」と、言いながら、私は欠伸あくびを噛み殺した。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しいて欠伸あくびをしたり、さも気のなさそうな、やりばなしな風を装うて、あるいは勇ましく捲き上ッたもみあげを撫でてみたり
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
彼は彼の友に揶揄やゆせられたる結果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。吾輩はすでに十分じゅうぶん寝た。欠伸あくびがしたくてたまらない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唇には縦にひびが入って、笑ったり、欠伸あくびをしたりすると血が吹き出す。口腔はネチネチして、いくら水やお茶を飲んでも平常状態にならぬ。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
成吉思汗ジンギスカン (伝法に)そんな物を貰っても食えねえからいらねえや、なあ太陽汗タヤンカン。(大きな欠伸あくびをする)木華里ムカリがどうしたと?
どっこいしょと腰を叩く奴、ううむと唸る、ああと一人が両手を高く差し上げて欠伸あくびをする、眼をこしこしとこするのもある。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
グランテールはびっくりして身を起こし、両腕を伸ばし、眼をこすり、あたりをながめ、欠伸あくびをし、そしていっさいを了解した。
石垣いしがきの下は、荷舟なぞの碇泊ていはくする河口で、濁った黒ずんだ水が電車の通る橋の下の方から春らしい欠伸あくびをしながら流れて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この頃は二人とも、よく欠伸あくびをした。大きな薄暗い室の中で、炬燵にあたりながら、張りのない目付きをして、日を送った。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
御免なされとふすま越しのやさしき声に胸ときめき、かけた欠伸あくびを半分みて何とも知れぬ返辞をすれば、唐紙からかみする/\と開き丁寧ていねい辞義じぎして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
寺子屋机の前に、袴も取らずに坐っていた馬琴は、何んと思ったか、急にその場へごろりと横になると、如何にも屈托なさそうな欠伸あくびをした。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
上下をすべて切って廻せば、水仕みずしのお松は部屋に引込ひっこみ、無事に倦飽あぐみて、欠伸あくびむと雑巾を刺すとが一日仕事、春昼せきたりというさまなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
然し群集は、かえって非常な親しみを以て、兵卒の前の焚火の廻りに集まった。警察はしんとして音も立てない。兵卒は退屈らしく欠伸あくびをしていた。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
そんな日には、大問屋の店の者は、欠伸あくびをしているのもあるから、あたしの育ちを、赤ん坊の時から知っている、旦那たちまでが気にしだした。
「壁の表にぶらさがっている時計へ向って欠伸あくびばかりしている君は、くたびれて飛べなくなった鳥のようなものだね——」
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
頸骨から顎のさきまでぐびりと動いたとたんに、物凄くむき出していた白歯しらはがおのずから隠れて、口は大きな欠伸あくびでもするようにがっくりと開いた。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
今ようやく八時なればまだ四時間はこゝに待つべしと思えば堪えられぬ欠伸あくびに向うに坐れる姉様けゞん顔して吾を見る。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
屍体に特殊の化学作用をほどこして保存してあるのだという。頬や手なぞ水々して、せてはいるが。いまにも欠伸あくびといっしょに起き上りそうだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
叉銃さじゅうしてくさむらに煙草を吹かしながら大欠伸あくびをしたり、草原に寝転んでその辺に枝もたわわに実っている野生の葡萄ぶどうに口を動かしたりしているのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見ようによっては、下を向いて時々欠伸あくびを噛み殺しているようにも見えるところが、この先生の持って生れた人柄です。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところが、瀬川は一向そんなことには無関心であるように、ちょっと私の方に振り向いてから、両手をのばして欠伸あくびをしながら、ものうそうに答えた。
見るともなく見入つて立つてゐると、おかみさんが所在しよざいなさ相な顔をして出てらつして、椅子を片寄せながらかう言つて、眠さうな欠伸あくびをなさる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「起きとりゃ蚊が攻めるし、寢るより仕方がないわいの。」と母は蚊帳の中で団扇うちわをバタつかせて大きな欠伸あくびをした。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
一番うしろの机にいた大柄の子供が、突然「ふはあ——」と欠伸あくびをした。子供たちはいっせいにそちらを振り向いた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼女が大きく欠伸あくびをするのを見るにつけても、この単調な二人の生活に一転化を与える方法はないものかと、私も内々それを気にしていたのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
途中で大きな欠伸あくびをしながら帰る人もあった。この人の義太夫はさきの年大阪へ行った時、一度聞いたことがある。
美音会 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そして店々の飾窓には、いつもの流行おくれの商品が、ほこりっぽく欠伸あくびをして並んでいるし、珈琲店の軒には、田舎らしく造花のアーチが飾られている。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
女中が欠伸あくびをそっとみしめながら銚子ちょうしを取替えにと座を立った時ヨウさんは何か仔細しさいらしくわたしの名を呼んだ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてわざとのように大きな欠伸あくびをして「困った坊ちゃんね」と口の中で言って、笑いながら私の顔を見ました。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)