恐々こわごわ)” の例文
それは殺害された松川博士からきた手紙だ、死んだ者からきた手紙、——ぞっとした理学士、「…………」恐々こわごわ後ろを振り向いた。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
桃井は、このとき初めて、なにか異常なものを彼女の眉に知って、つい、高氏への取次ぎを、恐々こわごわながら引きうけて退がってしまった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年 (泣くのをやめる)お姉様! (とすすり上げ、また胸を抑えて、恐々こわごわ四方を見廻す。姉は密かに窓に行き、黒き布を窓に垂れる)
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
恐々こわごわさしのぞいて、恐々探しましたが、丁度格子窓の出ッ張りの下にひらみついているのですから、分る筈はないのです。
しばらくすると辺りはしーんとして、もう物音も何も聞こえないでしょう。あたし恐々こわごわ起きて、電灯を点けて見たの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
国王これを聞いて召し出し毎々つねづねこの国を荒らし廻る二鬼を平らげしめるに縫工恐々こわごわ往って見ると二鬼樹下に眠り居る
恐々こわごわながら巌頭がんとうに四つんいになると、数十丈遥か下の滝壺は紺碧こんぺきたたえて、白泡物凄ものすごき返るさま、とてもチラチラして長く見ていることが出来ぬ。
「あれ、」とばかりで、考えたが、そッと襟を取って、恐々こわごわ掻巻を上げて見ると、牡丹ぼたんのように裏が返った、敷蒲団しきぶとんとの間には、紙一枚も無いのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まさしく人も居ない死体室からなので、慄然ぞっとしたが、無稽無稽ばかばかしいと思って、恐々こわごわとこへ入るとまたしきりそれが鳴り出して、パタリと死体室の札が返るのだ。
死体室 (新字新仮名) / 岩村透(著)
それは、遠藤の声ではなくて、どうやら聞き覚えのある、ほかの人の声だったものですから、三郎はやっと逃げるのを踏み止まって、恐々こわごわふり返って見ますと
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
急に片目になった佐柄木の貌は、何か勝手の異なった感じがし、尾田は、錯覚しているのではないかと自分を疑いつつ、恐々こわごわであったが注意して佐柄木を見た。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
しきりにすすめられるままに、私は今にもくずれそうなその実の一つを恐々こわごわ手のひらの上にせてみた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
恐々こわごわながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達ようたしのため出あるかねばならなかった。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぎょろりと二人をめつけ、恐々こわごわといった顔つきでスープ鉢の蓋を取って、二人の皿に分けてやる。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
俺は、吉野君の総括的なけなし方が、かなり気に入った。が、俺は「本当だ」とも相槌を打てなかった。実際俺はどの作品も感心していたのであるから、俺は恐々こわごわながら
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お杉は眠っている参木の身体のここかしこを、まるで処女のように恐々こわごわ指頭ゆびさきで圧えていきながら、ああ、明日になって早く参木の顔をひと眼でも見たいものだと思った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私は恐々こわごわではあったけれど、前の日、暗誦させられた通り出来るだけ声を大きくして云った。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
けれども次第にれて来るとまだ見ぬ庭の木立の奥が何となく心を引くので、恐々こわごわながらも幾年か箒目ほうきめも入らずに朽敗した落葉を踏んでは、未知の国土を探究する冒険家のように
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
見ると、私は急に死ぬのが怖くなりました。——ここでお由良の死骸が見付かると、私と幾松に疑いがかかると思ったので、恐々こわごわながら、橋の欄干の間をくぐらせて、お由良の死骸を
貞之進も恐々こわごわ末席へ就いたが、あとで思うとあまり末席過ぎて両隣りが明いて居るため、かえって誰の目にも附くようで我ながらおぞましい、これにしても知己しりびとのひとりでも来ればと
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
男7 (左より。恐々こわごわ探りを入れるように)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
恐々こわごわ何枚かの銅貨を手にしてそっと仲間のコマと一しょに張ることも覚え、いつかぼくも機会があると人なみに顔の中へ顔を突っ込んでいた。
と肩がすくんで、もすそわなわな、ひとみを据えて恐々こわごわ仰ぐ、天井の高い事。前後左右は、どのくらいあるか分らず、すごくてみまわすことさえならぬ、蚊帳かやに寂しき寝乱れ姿。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せりふは勇ましいが慄え声で、恐々こわごわくぐりをあけながら、恐る恐る顔をのぞかしたところを、武道鍛錬の冴えをもってぎゅっとつかみ押えたのは言う迄もなく退屈男です。
恐々こわごわ雪子に当ってみた妙子は、それですっかり気が楽になったので、「あれ読んだんなら、何で注射せえへんの」とすすめたけれども、雪子はそう気が進まないらしく
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は目をつむって、最後の一杯をみ込むと、盥から眼をそらしたまま、部屋に逃げ込んだ。十分ばかりして、恐々こわごわ行って見ると、鼠は網の中で、ふくれ上って浮いていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昼間こそ人々はき来したが、夜になるとほとんどだれも通らず、ただひたすら先を急いで迂回することをいとう人ばかりが、恐々こわごわながらもこの境地とちを、走るようにしてとおるばかりであった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
若い小間使は困った容子ようすであったが、東儀が誰であるか、どんな役目の者かは、知っているので、恐々こわごわ、奥の客間に通して、茶を出しておいた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわやって来て恐々窓から表をのぞくと、きょろきょろあたりを見廻しながら呟きました。
いいつけられて内儀は恐々こわごわ手をいて導けば、怪しき婦人は逆らわず、素直に夫婦に従いて、さもその情を謝するがごとく秋波斜めに泰助を見返り見返り、蹌踉よろよろとして出行きぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
支配の勘介が恐々こわごわ云う。
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
往来まで、恐々こわごわと、様子を見に行ってもどって来た若い男は、町屋の裏へかけこんで、手つき物まねで、しゃべっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(どうだ、お前ここにあるものを知ってるかい。)とお神さんは、その筵の上にあるものを、ゆびさしをして見せますので、私は恐々こわごわのぞきますと、何だかいやな匂のする、色々な雑物ぞうもつがございましたの。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐々こわごわと、すがる手を、郁次郎は自分の手へすくい取った。彼女のいじらしい恋は、爪のさきまで、桃いろに燃えていた。熱い、火のような手だった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまた俯向うつむいたが恐々こわごわらしい。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かわや出廂でびさしへ、足をのばし、恐々こわごわと、塀のみねを、猫づたいに渡って、家と家との間の、狭い路地へ飛び降りた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし余り動かないので恐々こわごわと近づいてみると、五体に毛矢けやを負って、まるで毛虫のようになった典韋は、天を睨んで立ったまま、いつの間にか死んでいた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてやがて、船にものせられた心地がする。——奇妙、不思議、いったい何処かと、恐々こわごわ、縄を解かれて出てみれば、思いがけない、旧知の恩人が笑っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といってもまだ、ふたりともに、公卿生活と女院の内のみやびから恐々こわごわただよい出たばかりである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうしたのだ、百姓の子でも、咬み殺したのか、おまえは……」心蓮は、恐々こわごわ、寄って行った、黒犬の体は、狂いに狂っていたためであろう、自分の血でよごれていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、鄭重のうちにもどやどやして、やがて蒔絵まきえ文筥ふばこの房長なのを恐々こわごわ持った近所の内儀が
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわ、おふくろのヘソの穴から外を覗いてみると、家は大阪のゴミゴミした横丁で、おやじは古着屋らしく、無精ひげを生やして、ボロの山の中でゼニ勘定か何かしているし
「お父さん、いつ帰るの」或るとき、ぼくが恐々こわごわ訊くと「もうじきお帰りになるけれど」と、母は口を濁した。その時も、父についてはそれ以上触れたがらない顔いろだった。
巧雲はまた良人おっとの部屋へ恐々こわごわと入って行った。するとすぐ、彼女の悲鳴がヒーッともれた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
開け放されてある妻戸のひとつから入って、奥まった一間のうちへ、こう呼ぶと、うめきが聞え、そして、誰じゃ? ……と、恐々こわごわいう声がする。次の間あたりから、小次郎が
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いちどは小鳥の起つような姿態しなをしめし、すぐ逃げ去ろうとしたかのようであった。——が、思い直したふうで、ふた足三足、近づいて来た。そして恐々こわごわ身をすこしかがめて訊ねた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわと逃げッ尻を揃えて李逵りきのいる一室をうかがってみると、なんと李逵はそこらにあった革梱かわごりのふたを引っくり返して、緑袍りょくほうの知事の官服を出してすっかり着込み、腰に革帯かくたい佩剣はいけんを着け
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの、おめえ、傍の者にゃあ、何を見ているか、分る気づかいはねえ」と、眼でいて、市十郎が、恐々こわごわ、内ぶところから取出した物を、くるりと後ろ向きになって、入念に拡げて見ていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわと、平次郎は、顔をもたげ、名号の文字をじっと見つめた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
於福は、恐々こわごわ、日吉のそばへ寄って、彼の肩へ手をのせた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)