大川おおかわ)” の例文
すぐ川堤かわづつみを、十歩とあしばかり戻り気味に、下へ、大川おおかわ下口おりくちがあつて、船着ふなつきに成つて居る。時に三艘さんぞうばかりながれに並んで、岸の猫柳に浮いて居た。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
保吉は食後の紅茶を前に、ぼんやり巻煙草まきたばこをふかしながら、大川おおかわの向うに人となった二十年ぜんの幸福を夢みつづけた。……
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
肌寒い秋の大川おおかわは、夏期の遊山ゆさんボートは影を消して、真に必要な荷船ばかりが、橋から橋の間に一二そう程の割合で、さびしく行来しているほかには
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ことに堀武三郎というのは、加賀では大川おおかわである手取川てどりがわでも、お城下さきを流れる犀川さいかわでも、至るところの有名な淵や瀬頭せがしらを泳ぎ捜ることが上手であった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ある時その時も大川おおかわに近い怪しい家に一泊して、苦しいそうしてうきうきした心で家へ帰って来て、横に寝そべって新聞を読んでいると女の声が玄関でした。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はたいてい一週に一度くらいの割で彼をたずねた。ある年の暑中休暇などには、毎日欠かさず真砂町まさごちょうに下宿している彼を誘って、大川おおかわの水泳場まで行った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでそのくる日は、朝早あさはやくからきて、また川へ出てみますと、まあどうでしょう、じつにりっぱなはしが、何丈なんじょうというたかさに、みず渦巻うずま逆巻さかまながれている大川おおかわの上に
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ケイズ釣りというのはそういうのと違いまして、その時分、江戸の前の魚はずっと大川おおかわへ奥深く入りましたものでありまして、永代橋えいたいばし新大橋しんおおはしより上流かみの方でも釣ったものです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
永代橋えいたいばしが焼けおちるのと一しょに大川おおかわの中へおちて、あとでたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のところまで
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
さっきから空の大半は真青まっさおに晴れて来て、絶えず風の吹きかようにもかかわらず、じりじり人の肌に焼附やきつくような湿気しっけのある秋の日は、目の前なる大川おおかわの水一面にまぶしく照り輝くので
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初め話のできた舟が駄目になって、ずっと小さい舟が手に入ったので、それに七十幾つかの祖父と母親と自分と(それがN女の家族全体であった)が乗りこんで、船頭に大川おおかわぎ下らせた。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
女地獄おんなじごくゆる大川おおかわ
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「イヤ、大川おおかわ博士、邪魔をしに来たのではありません。私達は先生の驚くべき御事業を、参観に参った者です。御高説を拝聴に参ったものです」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの頃の大川おおかわの夕景色は、たとい昔の風流には及ばなかったかも知れませんが、それでもなお、どこか浮世絵じみた美しさが残っていたものです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
賤機山しずはたやま浅間せんげん吹降ふきおろす風の強い、寒い日で。寂しい屋敷町を抜けたり、大川おおかわ堤防どてを伝ったりして阿部川の橋のたもとへ出て、くるまは一軒の餅屋へ入った。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女の体をんでしまった大川おおかわの水は、何のこだわりもないようにぼかされた月の光の下を溶溶ようようとして流れた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人形町にんぎょうちょうを過ぎやがて両国にきたれば大川おおかわおもて望湖楼下ぼうころうかにあらねどみず天の如し。いつもの日和下駄ひよりげた覆きしかど傘持たねば歩みて柳橋やなぎばし渡行わたりゆかんすべもなきまま電車の中に腰をかけての雨宿り。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……来かゝる途中に、大川おおかわ一筋ひとすじ流れる……の下流のひよろ/\とした——馬輿うまかごのもう通じない——細橋ほそばしを渡り果てる頃、くれつの鐘がゴーンと鳴つた。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大川おおかわの濁水が、ウジャウジャと重なり合った無数の虫の流れに見えた。行手の大地が、匍匐ほふくする微生物で、覆い隠され、足の踏みどもない様に感じられた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ですからその一月とたたない中に、あの大川おおかわへ臨んだ三浦の書斎で、彼自身その男を私に紹介してくれた時には、まるでなぞでもかけられたような、当惑に近い感情を味わずにはいられませんでした。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふなばたからいて、恰もいわお苔蒸こけむしたかのよう、与吉の家をしっかりとゆわえて放しそうにもしないが、大川おおかわからしおがさして来れば、岸に茂った柳の枝が水にくぐ
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新太郎は本来ブウリー新太郎とでも名乗るべきですが、ブウリーは新太郎の少年の頃日本に帰化し、姓も大川おおかわと改めておったので、新太郎の娘の幸子さちこは、即ち大川幸子なのです
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
町を流るゝ大川おおかわの、しも小橋こばしを、もつと此処ここは下流に成る。やがてかたへ落ちる川口かわぐちで、の田つゞきの小流こながれとのあいだには、一寸ちょっと高くきずいた塘堤どてがあるが、初夜しょや過ぎて町は遠し、村もしずまつた。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小山田家は商家と商家の間を奥深く入った所にある、一寸昔の寮といった感じの古めかしい建物であった。正面から見たのでは分らぬけれど、多分裏を大川おおかわが流れているのではないかと思われた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
のものがたりの起つた土地は、清きと、美しきと、二筋ふたすじ大川おおかわの両端を流れ、真中央まんなかに城の天守てんしゅほ高くそびえ、森黒く、ほりあおく、国境の山岳は重畳ちょうじょうとして、湖を包み、海に沿ひ、橋と、坂と
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)