喧騒けんそう)” の例文
旧字:喧騷
マレーに固有なその平然さは、周囲の広い喧騒けんそうの中にあってきわ立っていた。四人のかみさんたちが、ある家の戸口で話し合っていた。
単にひとり静かに居る時のみではない、全き喧騒けんそうの中においてもそれは来るのである。孤独は瞑想の条件であるよりも結果である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
そして、雑沓ざっとうするみちからは、喧騒けんそうさけびがあがり、ほこりがいたっていました。そのあいだ少年しょうねんは、とぼとぼあるいてきたのです。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして外界のいや喧騒けんそうを避けたがって、もっとも奥深い隠れ場所の中に、自分の城楼の中心に、引っ込んでるかの観さえあった。
由来、南蛮の将兵は、猛なりといえども、進取の気はうすく、猜疑さいぎふかく、喧騒けんそう多く、智をもって計るにおちいりやすい弱点をもっています。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このような喧騒けんそうきわめた中でも、彼の箱の一隅で、喇叭はイレーネの肩に手をかけ、何事か一心不乱のさまで彼女の耳にかき口説くどいてやまなかった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
人声と跫音あしおとが入りみだれたようであった。しま萱のしげみがざわめき立ったと思った。そうして松岡は、ひどい静寂と喧騒けんそうを同時に感じたのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そういう喧騒けんそうの中からひょっくり生れてきかかった一種の旅愁に似たもの、——私は再び窓を閉じた。……
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
真昼の大天幕の下、土人の男女の喧騒けんそうの中で、生温い風に吹かれながら、曲芸を見る。これが我々にとっての唯一の劇場だ。我々のプロスペロオは球乗たまのりの黒熊。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もはやそういった「健康」をうしなってしまったぼくは、復校してくる連中のひきおこす活動的な混乱、喧騒けんそうにいやでも巻きこまれて、きっとやつらのその健康に
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その叫びは口から口へ伝わりあらゆる人々を絶望に叩きこんだ、沸き立つような喧騒けんそうがいっときしんと鎮まり、次いでひじょうな忿いかりの呶号どごうとなって爆発した。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男は生れつきこの世界の闘争と喧騒けんそうとのなかに飛びこんでゆくようにできている。恋愛はただ青春時代の装飾か、あるいは人生劇の幕間まくあいに歌われる歌にすぎない。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
村の男女の喧騒けんそうの中に在って沈着に大砲を準備して居る老人は此の村の村長でもう七十歳にもなるが砲術の名人で二十八年間此の役を引受けてやっているそうです。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この驚くべき聴感の能力のおかげで、われわれは喧騒けんそうの中に会話を取りかわす事ができ、管弦楽の中からセロやクラリネットや任意の楽器の音を拾い出す事ができる。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし惜しいかな、それらのものは都の一部に過ぎなく、すぐその下には、縁のない洋風の建物、それも統一のない様々な様式、汚れた裏町、安価な店構え、俗悪な喧騒けんそう
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こっちの部屋は喧騒けんそうしていたが、その喧騒を貫いて、鬼火の姥の上げる祈祷の声と、鬼火の姥の振る鈴の音とが、そんなように聞こえて来ることは、かなり怪奇で物恐ろしかった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
外部の喧騒けんそうから遮断しゃだんされたところで読書と瞑想めいそうふけることもできたが、彼はいつも神経を斫り刻むおもいで、難渋を重ねながらペンをとった。……このようにして年月は流れて行った。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
総立ちになった見物たちは、もうせき払いするものさえなく、化石したように動かなかった。さいぜんからの喧騒けんそうに引きかえて、大テントの下は、失神したように静まり返ってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして話をしながら、婆さんは自分の釜から、牡蠣かきを取って爺さんの釜に移したりしていて、——そこだけ、周囲の喧騒けんそうに乱されない、なごやかな静かな空気が漂っているようであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
壇上でわされる言葉にも、片方のグループの喧騒けんそうにも、同じように平静に耳を傾け、自分たちの列からちらほら人が立って別なグループとあちらこちらでいっしょに相談することをさえ
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そういう喧騒けんそうを、橋に、ひじをついて、呆然ぼうぜんと見下ろしている人もあった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
されどここに注意すべきことあり。広重は歌川豊広とよひろの門人にして人物画をもよくしたるにかかはらず、隅田川の風景を描くにさへひて花見の喧騒けんそうを避け、蘆荻ろてき白帆はくはんの閑寂をのみ求めたる事なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
喧騒けんそううちに時間が来て、誰彼たれかれとなくぽつぽつ席を立ち始めた。クレエムを食った femmeファム omineuseオミニョオズ もこの時棒立ちに立って、蝙蝠傘を体に添えるようにして持って、出てく。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ようやく喧騒けんそうが大きくなったころ、先生は
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
喧騒けんそうかわずの声の中に読む
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
仲間同士の話というものは、しばしばそういう平和な喧騒けんそうをきたすものである。それは会話であると同時にカルタ遊びであり混雑であった。
各人のうちに存在しながら人生の喧騒けんそうのために聞き漏らされてる、諸々もろもろの神秘な力の一世界を、彼はこれまでにない繊細な官能で感得した。
半信半疑、また歩き出して、一叢ひとむらの森道を抜けてみると、なんと、そこには忽然こつぜんと、かなり賑やかな田舎いなか町の一聚落じゅらくがガヤガヤと喧騒けんそうしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隅近くではあったが、それだけ中央の喧騒けんそうから遠去かり、別世界の感があった。中央の喧騒を批評的に見渡して自分たちの場席を顧みると、頼母たのもしい寂しい孤独感に捉えられた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一度ひとたび問題がここに触れようものなら知識階級は総立ちになって喧騒けんそうきわめるのだ。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
椋鳥むくどりが群れをなしてけて来たが、坪庭の柿の木へ一斉に下り、いかにもガサツに啼き立て、騒ぎ立て、しばらく喧騒けんそうをつづけたかと思うと、真昼の陽のひかりのみなぎっている空を
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人々は、喧騒けんそうの渦巻いている中を、堤から降りた。支配方らしいのが
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
丸万の声が聞えないくらいの喧騒けんそうに俺は取りまかれていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼は言葉の市場から来る喧騒けんそうに耳をろうしていた。笛の美しいふしは喧騒の中に消えせて、聞き取ることができなかった。
町人共の喧騒けんそうは、むりもない。当然、彼らを先に安堵あんどさせてやらねばならぬ、騒ぎを見てから馳せつけるは、すでに、此方このほう共の手ぬかりであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かかる中間的局面には、疲労と喧騒けんそうと耳語と睡眠と雑踏とがあって、大国民が一宿場に到着したものにほかならない。
犬達は喧騒けんそうした。つづけて二、三匹飛び込もうとした。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
往来の喧騒けんそうをきらっていた。子供らが鋭い叫びをたてて追駆け合っていた。近所の犬がそれに答えてえたてていた。
ついになしを書いてしまって、それから彼にルイ金貨を一つ与えながら言った、「これにも梨がついているよ。」また浮浪少年は喧騒けんそうを好むものである。
それを見ると、げまわっていた徳川家とくがわけの者たちが、またはえのようにあつまって神官しんかんを取りまき、忍剣をわたせ、殺傷さっしょう罪人ざいにんを徳川へわたせと喧騒けんそうした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして夕方帰り道では、列車の混雑、低い狭い薄暗いみじめな郊外客車の、むせるほどの人込み、喧騒けんそう、笑い声、歌の声、猥雑わいざつ、悪臭、たばこの煙。
シャロンヌ街の各居酒屋はまじめで喧騒けんそうであった。こう二つの形容詞を並べて居酒屋につけるのは少し変に思われるかも知れないが、それは実際であった。
真夏の暑気に加えて、狭い城下町に、何倍もの人口が一時に入ったので、その混雑や喧騒けんそうはひととおりでない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らはフランス人のごとき喧騒けんそう浮薄な快活さを有しない。彼らは魂を多分にもち、その愛情はやさしくかつ深い。働いてまず、企画してたわまない。
彼らのふたりの内緒話は、喧騒けんそうの声に包まれて他にもれなかった。去来する雨に、あけ放してある馬車の中はすっかりぬれていた。それに二月の風はまだ寒い。
静かだった空気は、彼のすさまじい声も打消すほど、途端に、喧騒けんそう坩堝るつぼに落ちていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喧騒けんそうの中にその言葉のしりは消えてしまった。クリストフは突然口をつぐみ、ピストルを取り落とし、足場から飛んで降り、マヌースのそばへ引き寄せられた。
その一例をあぐれば、この喧騒けんそうな少年らの小社会におけるマルス嬢の評判は、一味の皮肉さで加味されていた。浮浪少年は彼女のことをまるまる嬢と言っていた。
また出雲の守護、塩冶判官高貞えんやほうがんたかさだなども、立会いとして、これへ臨んでいたので、三明院の野外は、時ならぬ兵の陣場となり、ふだん百戸に足らぬ浦の部落は、喧騒けんそうにあふれ返った。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御者のののしる声、らっぱの響き、電車のかねの音が、耳をろうするばかりの喧騒けんそうをなしていた。その音響、その動乱、その臭気に、クリストフはつかみ取られた。