北京ペキン)” の例文
北京ペキンへ行ってからも芝居小屋に二度入ったが、やッぱりあの時の影響を受けたのかもしれない。何しろこれは公共のものではないか。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
この頃北京ペキンは物騒であった。政府の高官顕職が頻々として暗殺ころされた。そして犯人はただの一度も捕縛されたことがないのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伯父さん、あなたは料理部屋へいって、今夜北京ペキン亭からきている料理人コックを一人も逃がさないで下さい、そのうちの左利きの男が犯人です。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何でもこの墨は、まだ北京ペキンに日本の大使館のあった時代に、その武官が或る人に頼まれて、三本北京で手に入れたのだそうである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
わたしは北京ペキン滞在中、山井博士や牟多口氏に会い、たびたびそのもうを破ろうとした。が、いつも反対の嘲笑ちょうしょうを受けるばかりだった。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
勝たらばみごと北京ペキンまでお出なさい、台湾位で満足とは卑怯卑怯と、ますます戦を挑みければまたもやはづんで、落花狼籍たり。
当世二人娘 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
昭和二年(民国十六年)に、この作は北京ペキン大学の徐祖正氏の訳により支那しな語に移され、北新書局というところから出版せられた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その人が北京ペキンから帰って何日目だとかいう日に、私は会って、「この頃、どこで遊んどる」と問われて、「浅草で遊んでいます」と言うと
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
パンで思い出すのは、北京ペキンの北京飯店の朝のマアマレイド。これは誰が煮るのか、澄んだ飴色あめいろをしていて甘くなく酸っぱくなく実においしい。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
一体今度の革命軍と云ふものは内外人の心が北京ペキンの政治に厭きはてたと云ふ都合のよい機運に会したので意外の勢力となりつつある様であるが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
森さんが突然北京ペキンでおくなりになったのを私が新聞で知ったのは、去年の七月の朝から息苦しいほど暑かった日であった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
交通輸送の状況等をつぶさに調査した後、ついに東清鉄道沿線の南満各地を視察しつつ大連、旅順から営口えいこうを経て北京ペキンへ行った。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
 そもそも北京ペキン郊外万寿山々麓の昆明湖、その湖の西北隅、意外や竜が現われた。とし古く住む竜にして、というのは嘘。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
旅行した際、北京ペキンで買ってきたもので、あたしとしては手離しにくいものですが、急に金のいることができましたので……
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
レーノー注に、十二世紀のアラビア人エドリシの『世界探究記』に拠れば、昔北京ペキンの帝の宮殿近く太鼓の間あり。
ひどく東邦風なジャンクを模様にした切手を四枚もつて——北京ペキンから私のところへ小包が来た。差出人は満鉄公処秘書課塩崎龍夫、塩崎は私の旧友なのだ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
金工品は特に真鍮器しんちゅうきを中心に見事な、様々のものを産み出して居ります。北京ペキン正陽門外の店々から私たちは容易に優れた品々を選び出すことが出来るでありましょう。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
吹くに任かせた暢気のんきな身の上。流れ渡った世界の旅行たびじゃ。北京ペキン、ハルピン、ペテルスブルグじゃ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
矢野文學士(北京ペキン仕進館教習)、中村文學士(もと廣島高等師範教授今は東京高等師範教授)、高桑文學士(早稻田大學講師)其の他東洋史の研究に從事せらるる人々は
那珂先生を憶う (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
支那しながまだ清国しんこくといつたころ北京ペキンの宮城の万寿山まんじゆさんの御殿にかけてあつたもので、その頃、皇帝よりも勢ひをもつた西太后せいたいごう(皇太后)の御機嫌ごきげんとりに、外国から贈つたものを
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
そのまま役所通ひをしながら形勢をうかがつてゐると、やがて華北交通から来ないかと言つて来た。最初の仕事は、北京ペキンの郊外あたりに鉄道病院みたいなものを作るのだといふ。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
事あるときは一挙して朝鮮または北京ペキンに攻め入ることを得るの便利あれば、露国にとりてはサガレン以北シベリヤの全地と沿海一帯の領地とを合わせたるにも勝れる価あるべく
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
昔と今とは違うが、今だって信州と名古屋とか、東京と北京ペキンとかの間でこの手で謀られたなら、慾気満〻よくけまんまんの者は一服いっぷく頂戴せぬとは限るまい。片鎧の金八はちょっとおもしろいはなしだ。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただ停車場ステーションが一つある。北京ペキンへの急行が出るとか云うので、客がたくさん列車に乗り込んでいる。下等室をのぞいたら、腰かけも何もない平土間ひらどまに、みんなごろごろ寝ころんでいた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
支那しなでは北京ペキン政府が二十万げんを支出して送金して来た外、これまで米殻輸出を禁じていたのを、とくに日本のために、その禁令をといたり、全国の海関税かいかんぜいを今後一か年間一割ひき上げて
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
支那では、香港ホンコン、漢口、北京ペキンという工合に転々としていたのです。最近の二年は上海シャンハイにいて、そこの賭博場でマネエジャーのようなことをしていました。全国自連には関係がありません。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それよりも去年の暮、出征しゅっせいしていた頃、北京ペキン郊外こうがい豊台駅前のカフェに入った処が、高知県出身の女給さんばかりが多くいて、あなたのうわさが、偶然オリムピックの話から出たのには驚きました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
北京ペキンにも南京ナンキンにも上海シャンハイにも漢口ハンコオにも、マア支那の目ぼしい都には悉くいたことがある。方々へ転々として商売をしていたというのですね。嘘か本当か分りません。本人がそう云っているのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
先頃もある道具屋さんが北京ペキンから将来したガラス絵を沢山見せましたが、どうもいいのはすくなかったようでした、いやに精巧で、大作で不気味で、特に人物などは不快な感じのするものがありました
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
北京ペキンに住むでゐる或る亜米利加人が、支那人を相手に
ロシヤの盲目詩人エロシンコ君が、彼の六絃琴げんきんを携えて北京ペキンに来てから余り久しいことでもなかった。彼はわたしに苦痛を訴え
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
森さんが突然北京ペキンでおくなりになったのを私が新聞で知ったのは、去年の七月の朝から息苦しいほど暑かった日であった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ゆうべ(七月十九日)は佐佐木茂索ささきもさく君と馬車に乗つて歩きながら、麦藁帽むぎわらばうをかぶつた馭者ぎよしや北京ペキンの物価などを尋ねてゐた。
鵠沼雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
むしろ近東土耳古トルコ辺の貴婦人のような容貌で、態度はきわめて優美ではあるが、北京ペキンの生活に慣れないと見えてどこかにギゴチないところがある。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
北京ペキンに放浪して親友川島浪速の片腕となって亜細亜アジアの経綸を策した時代は恐らく一生の中の得意の絶頂であったろうが、余りに潔癖過ぎ詩人過ぎて
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
これはよくよく御勘考、御用心あるがいい。天に誓って申し上げるが、シナにもエジェントが北京ペキンに駐在したなら、戦争は必ず起こらなかったであろう。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔、話に聞いた上海シャンハイ北京ペキンやイタリヤの町風景と東京も同じになったわけである。しかし、これから先の正月は、更にそれが激化するのではなかろうか。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
運送店に捜すよう詰責きっせきしたが、絶えて返事が無かった。ただ、先生のお写真のみは今なお僕の北京ペキン寓居ぐうきょの東側の壁に、書卓のほうに向けて掛けてある。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「食堂の用意ができたそうです、今夜は北京ペキン亭から腕利の料理人コックを呼んできて、やしきで料理させた純粋の北京ペキン料理を御馳走いたします。さあ、どうぞお席へ」
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
親父の銭ばかつかつても居られないから、丁度ちやうど此頃このごろ巴里パリイの美術商が二三人組合つて革命騒動のどさくさ紛れに北京ペキンへ行つて支那の古い美術品をやすく買ひたい
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
家具では何といっても北京ペキンが東洋一だね。あまり強くて日本に持って帰れない。他のものが皆負けてしまうからね。あれを平気で使っている支那人の力というものはえらいものだ。
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
梵名舎々迦ささか、独人モレンドルフ説に北京ペキン辺で山兎、野兎また野猫児と呼ぶとあった。
釣り廊下を渡って正面の座敷をのぞくと、骨董こっとうがいっぱい並べてあったので、何事かと思ったら、北京ペキンへ買出しに行った道具屋が、帰り途にここで逗留とうりゅう中の見世みせを張ったのだと分ったから
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一囘は民国みんごく元年、わたしが初めて北京ペキンへ行った時、ある友達から「ここの芝居は一番いいから、以て世相を見てはどうかナ」
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
(これは勿論僕自身の支那語に通じていない為である。しかし元来長沙ちょうさの言葉は北京ペキン官話に通じている耳にも決して容易にはわからないらしい。)
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こう思うにつけても、張教仁は、どうしてももう一度紅玉エルビーを手に入れたいとあせるのであった。彼はそれから尚頻繁はげしく、北京ペキンの内外をさがし廻った。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕は北京ペキンに行きたい、世界で一ばん古い都だ、あの都こそ、僕の性格に適しているのだ、なぜといえば、——と、れいの該博がいはくの知識の十分の七くらいを縷々るると私に陳述して
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「僕はさっき云ったでしょう、頸飾の隠し場所も、そして犯人もわかっているって。犯人は小間使と北京ペキン亭からきた左利きの料理人コックですよ、あははは、これが僕の探偵の仕方です」
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「外交官の馬賊は少し変だから、まあ正々堂々と北京ペキンへ駐在する事にするよ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしは北京ペキンの双十節の次第を最も感服するのである。朝、警官が門口に行って『旗を出せ』と吩咐いいつける。彼等は『はい、旗を出します』と答える。
頭髪の故事 (新字新仮名) / 魯迅(著)