にせ)” の例文
旧字:
「おどかすもんか。それはにせ手紙なんだ。僕の手を真似て、あいつが書いたのだ。あいつは何だって出来ないことはないのだからね」
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「その時、貴公は、小次郎殿の名をかたり、にせ小次郎となって、所々、徘徊はいかいしておられたのを、拙者はまことの佐々木小次郎殿と信じ……」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にせ文明の悪風ようやく日本の奥までも吹き込んで、時々この辺に来る高慢な洋人輩ようじんはいや、軽薄な都人士等とじんしらの悪感化を受けたせいもあろう。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
伯爵のにせ殿下は、ロヴィーサと別れると、そこの裏階段をまた地下へくぐり抜けて、螺旋階段を上って供待ちの部屋へ戻っている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
丁度旅から帰ってきた鴨下カオルと上原山治と一度会ったとき、不図ふと放った帆村の質問から、にせドクトルの仮面がげはじめたのである。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「この男はいけません」秀之進は指で金之助をさし示しながら云った、「こいつはにせ志士です、追っぱらっておしまいなさい」
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼らはかねてこのことあるを期待していたが、見せられるとにせの手紙やろ。お前が書いたんと違うかと言わざるを得なかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
それと前後して、さきにも述べたように、岩倉の手でつくられた、にせの、「討幕の密勅」なるものが、薩長の二藩に出された。
女史がKさんというわに屋からもらったというにせあんこうの件はまったく外人的で、あんこうに対する彼女の無知、無経験が生んだナンセンス。
鮟鱇一夕話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「角よい、お前は、それでも、人間か。こんなにせの書付をこしらえて、恩になった親方に、後足あとあしで、泥をはねかけるようなことをするなんて……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そうだそうだ、確にこの男はあの曲馬団にいたにせの印度人に違いない。この撞球室へも今日はじめての客であった。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
もちろん太鼓持の姿で入り込んでは、すぐに正体があらわれますから、田舎者に化けてお城へ乗り込み、いざというときにはにせ気違いで誤魔化す計略。
かれは人の眼をくらますにせ学者で、自分の家のなかで自分の妻とその恋がたきとを殺して逃走したために、約一年間もロンドン市中を騒がしたのであった。
ところが久我さん、その荒野と云うのは、なるほど独逸神学テオロギヤ・ゲルマニカの光だったでしょう。ですが、その運命論フェータリズムは、かつてタウラーやゾイゼが陥ち込んだにせの光なのです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
にせの万里小路侍従は、流弾にたおれた。その場で殺された者が、五十人に近かった。捕われたものが十七人。それが明朝、海蔵川原の刑場で斬られるというのである。
乱世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「八、この野郎は容易に口を割るめえ。請人を捜して、うんと絞ってみろ。どうせ所名前もにせだろう。本当の素姓が判ったら、親も女房子も皆んな縛り上げて来い」
私の手は無意識ににせ紙幣の束を繰っていた。ああ、やられた。私はどこですり変えられたのだろう。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ピストル強盗は渾名あだな通り、ちゃんとピストルを用意していた。二発、三発、——ピストルは続けさまに火をいた。しかし巡査は勇敢に、とうとうにせ目くらになわをかけた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
頂かないとまた、にせのお使いとも間違われても困りますから、何卒ご自筆の御文を下されませ
故あってこのさとに身を沈めましたので、そのよしみを辿ってお杉の方様が、手前にあのようなにせの手紙を遣わしまして、まんまとこのような淫らがましいところへいざない運び
香港ホンコンで流しているにせドルです。こんなものを使ったら、飛んだことになるところでした」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「それやにせ大納言が通る、太いやつだ。こらしてやれ。」と、叫んで、おぢいさんに石を投げたり、打つてかゝつてきましたので、おぢいさんは、はう/\のていげだしました。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
どうした、相変わらずっておるな。ところで、あの壺はにせのこけざる…にせ猿じゃったよ
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
作品の中に引用されているビラ一枚だって、にせものはないんだぞ。みんな、闘争の現場から貪慾に集められたものだ。ストライキの発端、過程、これにも、こしらえたところはない。
ほうり出されるのだけれども、お前が槍が出来るし、それににせの印度人だという評判が立っては悪いから、こうして黙って追い出されたんだというから、まあ仕合せだと思っていますよ
(**にせヘルシェルが、作り出したものよりも、ずっとたしかな想像でこしらえられていて、一列にならばせて、画にかいたら、こりゃあうつくしいアラビヤ模様だというでしょう。)
それを見て綾之助の心を悟った彼は絶望のあまり、冬の夜を一夜、品川海岸をさ迷っていたこともあった。その死にもしかねぬ彼の恋が綾之助のにせ手紙をつくって石井氏の心をためした。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とかくのうわさを諸藩の間に生みつつあるにせ官軍のことに連関して、一層街道の取り締まりを厳重にせねばならないというにあったが、取り調べ役はただそれだけでは済まさなかった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
決してにせものがあるからとてその者を非難するわけに行かぬ、むしろ偽者を出すものは本物が善いからである。悪い者なればにせが出来るはずはない。善ければ善いほど種々のにせも出来る。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自分の生活は、すべて嘘であり、にせであり、もう、何ごとも信ぜず、絶望の(銀行も、よす。)穴に落ち入る。きょうより以後、あなたの文学をみとめない。さようなら。御写真ください。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
松王まつおうと行逢ひ、附け廻りにて下手にかはる、松王が「ありのはひる」といふ処「相がうがかはる」などという処にて思入し、「身替のにせ首」にて腹に応へし模様見え「玄蕃げんばが権柄」にてはつと刀をさし
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
サン・モリッツは、にせとほん物のカクテル・シェイカアだからだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
わしは永らく旅に居て、頓と江戸表の様子は存ぜんで居たが、新参者に丈助という若党が居たが、其奴そいつわしにせ手紙をこしらえてお前を騙し、斯様な処へ沈めたのであろう、私が旅で艱難かんなん苦労をした事や
壁にはルノアールのにせもの蜿蜒えんえんの画がかかっていた。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
にせ皇帝の贅沢な幕の中を
にせ者だ。」
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
『ム……。こいつあたしかに、坊主の鉄雲てつうんだ。あのにせ和尚も、ずいぶん悪事をかさねたから、もう年貢ねんぐにかかってもいい頃だろう』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっともそれは皆が皆、本当の赤外線男とは思えず、一寸ちょっと話を聞いただけでにせ赤外線男だと看破かんぱ出来るようなものもあった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その大多数はにせ浪人の偽攘夷家で、たちのわるい安御家人の次三男や、町人職人のならず者どもが、俄か作りの攘夷家に化けて、江戸市中をおどしあるくのであった。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、それもにせの勅であつた。岩倉具視が、一八六六年(慶応二年)十二月に、孝明天皇を暗殺した。
にせビッコを登場させようと思うと、自分で肩から帯を吊って脚を結んで、実際にやってみる。その恰好かっこうがおかしいといって家内などは大笑いするが、私としては真剣だった。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
にせの葬式まで出したのをあたしのせいだなんて云うんならよしておくれ、あのときもしはらがたったなら、あたしと吾平に追手をかけ、れ戻して二人を斬ればよかったんだ
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何も知らぬ数千の見物達は、舞台上のにせの怪人「黄金仮面」に笑いこけていたのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「こけ猿の茶壺が二つあるはずはねえ。おれが手に入れて、駒形のある女のところに隠してあるのだから、お前がここで、お蓮からとりあげたというのは、にせの壺にきまってらアな」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何と云う格段な相違が其処そこにあっただろう。彼等の美しさは、造花の美しさであった。にせ真珠の美しさであった。一目だけは、ごまかしがくが二目見るともう鼻に付く美しさであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのあとです、小諸藩から焼失人へ米を六十俵送ったところが、その米が追分の名主の手で行き渡らないと言うんです。にせ官軍の落として行った三百両の金も、焼失人へは割り渡らないと言うんです。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山田「まだ理窟を申すか、にせ盲目か改め遣る、笠を取れ」
すなわち、梁山泊討伐のにせ官軍をよそおって、公然、南へさして立ったのである。宋江、花栄がその先鋒を行き、つづいて秦明と、黄信が
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにがインチキなものか、貴様こそにせものの怪塔王だろう。くやしかったら、貴様が顔をつつんでいる風呂敷をとって、黒人やわしに、貴様の地顔を見せろ」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)