中原ちゅうげん)” の例文
家康は、同盟国の織田が、自分に背後を守らせて、中原ちゅうげんへ出ている間を、ただ甘んじて、尾濃びのうの裏門の番犬に安んじてはいなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等は、既に中原ちゅうげんに覇をとなえて居た信長と、海道第一の家康の連合軍が、敗れ難い陣容と準備とをもって来ったのを見抜いて居た。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いわゆる中原ちゅうげんの古代文化地帯が、その発源地の最も重要なるものであったときまるならば、たとえ海上の跡はすでに湮滅いんめつしたにしても
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中原ちゅうげん、また鹿をうて、筆を投げすてて戎軒じゅうけんを事とす。縦横のはかりごとらざれども、慷慨こうがいの志はお存せり。つえいて天子にえっし、馬を駆って関門をず。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
「ふん、如何に中原ちゅうげんの鹿を射当てた果報者じゃとて、新役しんやくは新役、何もそうお高く留まらずとも、古参こざん一同に年賀の礼ぐらい言われぬはずはござるまいッ!」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それも烏江うこうを渡って、江東の健児を糾合きゅうごうして、再び中原ちゅうげんの鹿を争った後でなら、仕方がないですよ。が、そうじゃない。立派に生きられる所を、死んでいるです。
英雄の器 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わが家へ帰るのも忘れたというが治水の功によって王に挙げられて以来、孔子はここで王道を説き、三蔵法師は黄河をさかのぼって天竺てんじくへと志し、諸侯が争った中原ちゅうげんはこの黄土地帯であった。
けれど、秀吉との交情と、その恩遇のために、又左衛門利家は、ついに、中原ちゅうげんに出て天下を争う考えは放擲ほうてきせざるを得なかった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも三千数百年の昔から、久しく宝貝の重用せられた中原ちゅうげんの地と、最も短い半径をもったのがこの群島であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小田原陣直後奥州の辺土へ転封され、百万石の知行にあきたらず、たとえ二十万石でも都近くにあらばと、涙を呑んで中原ちゅうげんの志を捨てた位の意気は、髣髴ほうふつとしてうかがわれるのである。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かつての戦闘を、ここかしこに思いうかべ、また、いよいよ中原ちゅうげんに大きく臨む明日への備えに、しきりと湖畔の地勢を見ている容子ようすであった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いんの王朝が、中原ちゅうげんに進出した背後の勢力は東方にあった。いわゆる東夷とういの海の営みの中で、今でもすでにほぼ明かになっているのは、宝貝の供給であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中原ちゅうげんに在って勢威隆々たる秀吉を望み見て、心中甚だ穏かでないのは勝家である。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし中原ちゅうげん鹿しかを追う主役の座を不動なものにするかいなかは彼自身の器量にあった。義貞もこれまでの史上では、偶像義貞にされすぎていた。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二、長崎及熊本を襲い、九州を鎮圧し後中原ちゅうげんに出るか
田原坂合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
信長が美濃を望むのは、義元が尾張の攻略を必要としたように、そこが中原ちゅうげんへ進出する段階だからである。単に一美濃の併呑へいどんが、目的ではない。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
負って、明日へのけわしい中原ちゅうげんの争覇を思うなど、いや、空恐ろしいお行く末だ。そんな御主君を持ったこそ、身の因果よ
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼にも中原ちゅうげんの志は、早くからあったのである。信長や家康がはなをたらしていた頃から、すでに次の時代に野心をかけ
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これを以てあなたの大方針となすべきでしょう。これ以外に漢朝復興の旗幟きしを以て中原ちゅうげんに臨む道はありますまい」
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その大志の殿に随身する藤吉郎もまた驥尾きびに附して、洲股すのまたはおろか、やがては中原ちゅうげんへも働きに出るように相成ろう。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明年はいよいよ義元も、年来の宿志をべて、中原ちゅうげんへ旗をすすめ、海道の軍勢をあげて上洛いたすつもりである。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「身は死すともなお漢中を守り、毅魄きはくは千ざい中原ちゅうげんを定めん」となす、これが孔明の遺志であったにちがいない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐かいざかいの憂惧うれいがされば、これで心をやすらかにして、はた中原ちゅうげんにこころざすことができるというもの。家康いえやすにとって、伊那丸はおそろしいがんであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ご一族の曹真そうしん将軍を、中原ちゅうげん大都督となして、陽平関より堂々蜀にち入るの正攻、大編隊を率いさせ給えば、たとい孔明が、どう智慧をめぐらしてみても
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも常備の帯甲将士たいこうしょうしの数に至っては、魏や呉などの中原ちゅうげんを擁する二国家とはくらぶべくもない貧弱さである。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、中原ちゅうげんに出て、令を京都から発したとなると、俄然、天下の諸豪は、心穏やかでないにきまっている。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま曹操の実力と拮抗きっこうし得る国はわが河北か貴国の呉しかありません。その両家がまた相結んで南北から呼応し、彼の腹背を攻めれば、曹操がいかに中原ちゅうげん
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時さえ得れば、直ちにも、越山えつざんをこえて、湖北に出、一挙、中原ちゅうげんに旗をたてようと志しているのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし両者にして、唇歯しんしよしみと、相互の軍事協約をむすび、早くより望みを中原ちゅうげんにすすめたなれば……おそらく、今日の世は、よほど違っていたことは確かでおざろう
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(このたびこそ、司馬懿を必殺の地へ引き入れて、一挙に年来の中原ちゅうげん制覇を達成しなければならぬ)
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとたび旗を中原ちゅうげんに立ててからの彼の父信長という人は、いずこに戦っても、一戦果せば直ちに上洛じょうらくして禁門に戦果をそうし、国のよろこびあれば歓びを闕下けっか伏奏ふくそう
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
がんとして、摂津以西の海陸をようしているあいだは、たとえ信長卿が中原ちゅうげん、京都に旗幟きしを立てて、足利公方あしかがくぼう以下、旧幕府の人間と悪弊あくへいとを地からくように追払っても
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中原ちゅうげんへ中原へと、古来から多くの武門が侵入して来ては没落し、あらゆる有為転変ういてんぺんを、いつも被治者の立場から長い眼で見て来たため、自然養われて来たものかと思われる。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中原ちゅうげん土岐とき源氏の旗をひるがえす考えで貯蔵しておいた火薬が、今は、祖先からの城を、一片の焦土に化して、悪鬼あっきのように、人のかばねも、山の木々も、焼き立てているのだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人倫の上からも、ともに天を戴かざる舅君のかたきではあるし、中原ちゅうげんびんとするには、どうしても足場とせねばならぬ美濃だ。びまいとしてもそこへ展びずにいない尾張との宿命だ
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつて中原ちゅうげんにむかっては、信長の変にすら、今日まで容易に動くことのなかった家康が、自分のために、いよいよ岡崎を出て、しかも多年、蓄積された徳川家の全力を賭して、自身
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま天下信長公のぶながこうきのちは、西に秀吉ひでよし、東に徳川とくがわ北条ほうじょう北国ほっこく柴田しばた滝川たきがわ佐々さっさ、前田のともがらあって、たがいに、中原ちゅうげんねらうといえども、いずれもまんしてはなたぬ今日こんにち
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし将来の天下におなじ野心を抱く者なら、類は類にさとしで、こっちの腹も当然観破しうるはずである。この自分をもくすに、いつか、中原ちゅうげんの鹿を追う好敵手! としているのではあるまいか。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「鎌倉などは欲しいものにくれてやれ。直義、中原ちゅうげんとは真ん中のことだ」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たまたまの風雲にじょうじ、関東の野より、俄に、中原ちゅうげんへ兵馬を張って出た私への、かずかずなる御寵恩ごちょうおんやら、また人をも超えた御信任を賜わったことなどは、日はても、何で忘れておりましょう
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その曹操は、いまや中原ちゅうげんに臨んで、天子をさしはさみ、諸侯に令して、軍、政二つながらまったきを得、勢い旭日のごときものがあり、これとほこを争うことは、けだし容易ではありません。——いや。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この乱世の黎明れいめいになうもの、万民の塗炭とたんをすくうもの、われなり、われをいて、人はあらじと、自負し自尊し、ここに中原ちゅうげん覇業はぎょうを争っておりますが、すでに、偉材謙信はき、甲山の信玄亡く
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつ、田賦でんぷ、戸税のほかに、数年前から『塩』と『鉄』とを国営にした。わが蜀の天産塩と鉄とは、実に天恵の物といってよい。これによる国家の経済によって、蜀は中原ちゅうげんに進む日の資源をえている
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから尊氏が中原ちゅうげんへ出た軍需や足がかりの地は、三河だった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さもなくば今日、弓矢をとって中原ちゅうげんに出る意義はない
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あくる日、龐徳はふたたび、中原ちゅうげんへ馬を乗りだして
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いよいよ中原ちゅうげん羽翼うよくを伸張しきたらんとする由。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中原ちゅうげんして
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中原ちゅうげん鹿しか