顔付かおつき)” の例文
旧字:顏付
だから彼の顔からは、すぐさま笑いのかげがひっこんで、顔付かおつきがかたくなった。彼は島の上へするどい視線しせんをはしらせつづけている。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
名を兵蔵といって脊の高い眉の濃い、いつもふさいだ顔付かおつきをして物を言わぬ男である。彼の妻は小柄の、饒舌しゃべる女で、眼尻が吊上っていた。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こんな話をきくと大概の人が御愁傷様ごしゅうしょうさまでというような似たりよったりの顔付かおつきをするものだが、ところがここにたった一人
冬の初めの或る日、水素の仕事も大分進捗しんちょくしていた頃のことである。先生は珍らしく少し興奮されたらしい顔付かおつきで、実験室へはいって来られた。
帰る時にはもう猿は米をといでしまって、それをなべに移してたき火で煮ていました。そして若者の方へ、真面目まじめくさった顔付かおつきでお辞儀じぎをしました。
キンショキショキ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
よくよく見ると見覚えのある毎日見る顔で、毎日見ているために何時の間にか忘れ果ててしまっているような顔付かおつき
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
すると、父は、平素の顔と変にちがった顔付かおつきをして、私の頭をでて何か云おうとしたが、私には聞きとれなかった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
しかし其様そんな事には目もくれずおくらの役人衆らしいおさむらい仔細しさいらしい顔付かおつきに若党を供につれ道の真中まんなかを威張って通ると
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
父はこの言葉を何遍なんべんも繰り返した。私は心のうちでこの父の喜びと、卒業式のあった晩先生のうちの食卓で、「お目出とう」といわれた時の先生の顔付かおつきとを比較した。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
署長しょちょう顔付かおつきべつであったとかおもって、んでもこれはまち重大じゅうだい犯罪はんざい露顕あらわれたのでそれを至急しきゅう報告ほうこくするのであろうなどとめて、しきりにそれがになってならぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ただし趙家のしきいだけはまたぐことが出来ない——何しろ様子がすこぶる変なので、どこでもきっと男が出て来て、蒼蝿うるさそうな顔付かおつきを見せ、まるで乞食こじき追払おっぱらうような体裁で
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
折ふし徳蔵おじは椽先えんさきで、しもしらんだもみの木の上に、大きな星が二つ三つ光っている寒空をながめて、いつもになく、ひどく心配そうな、いかにも沈んだ顔付かおつきをしていましたッけが
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
その紳士の顔付かおつきは逞しく、長い髪の毛は茶褐色で、髯は左右に分れていた。
見渡す限り、人影もなくて、ただ刈りつくされた田や圃は、漠然として目に見えるもの、すべての自然はふさいだ顔付かおつきをしている。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鏡の中で顔を合わせた相手は、どことなく見覚えのある顔付かおつきの人物だった。年齢の頃は三十四五にも見えた。鼻の下にぴんとはねた細いひげをはやしている。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
デミトリチの顔付かおつき眼色めいろなどをひどって、どうかしてこの若者わかもの手懐てなずけて、落着おちつかせようとおもうたので、その寐台ねだいうえこしおろし、ちょっとかんがえて、さて言出いいだす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人間ともさるともつかない顔付かおつきをし、体のわりには妙にひょろ長い手足の先に、山羊やぎのようなひずめが生えていて、まっ黒な一重ひとえの短い胴着どうぎすそから、小さな尻尾しっぽがのぞいていました。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私は自分の品格を重んじなければならないという教育から来た自尊心と、現にその自尊心を裏切うらぎりしている物欲しそうな顔付かおつきとを同時に彼らの前に示すのです。彼らは笑いました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その中に一人の強そうな服を着けた青年が怒ったような顔付かおつきでこう言ったのです。
不思議な魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
……時々、Kがこっちを向いて、ニヤリと眼を白くして冷たく笑った顔付かおつきが、凄いというより、冷たかった。……
(新字新仮名) / 小川未明(著)
私は食卓に着いた初めから、奥さんの顔付かおつきで、事の成行なりゆきをほぼ推察していました。しかしKに説明を与えるために、私のいる前で、それをことごとく話されてはたまらないと考えました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
廊下で主婦はふと皮肉めいた顔付かおつきで、松岡を見戍りながら言った。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と、アンドレイ、エヒミチはるかったとうような顔付かおつきう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「それになあ」とパイ軍曹はもったいらしい顔付かおつき
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人々は、心配そうな顔付かおつきをして互に黙って独りこの世を離れて行く、娘の臨終の有様を見守るばかりであった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そういう父親を憐むような顔付かおつきをしていた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
だが、モロは、それを顔付かおつきには一向出さず
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
茫然ぼんやりとした顔付かおつきをして人がよさそうにみえる。一日中古ぼけた長火鉢の傍に坐って身動きもしない。古いすすけたうちで夜になると鼠が天井張てんじょうばりを駆け廻る音が騒々しい。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
背の低い眇目びょうもくの、顔付かおつきのどことなくおっとりとした鼠色の服を着ていなさる、幾人の兄弟けいていや、姉妹があり、父や母は何処いずくにどうして、して真面目な恋もあって
白髪の皺の寄った顔貌かおが、何んだか死んだお婆さんにった時のように懐しく思われた。正一は黙って、そう思いながら、不思議そうな顔付かおつきをして、旅僧の顔を仰いで見ると
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
最初は眼をつぶって、尖った唇で何か甘い物でも飲むような調子で悠然ゆったりと吸い始めたが二口、三口目から、彼の顔付かおつきは怖しく変って、口は耳許まで裂けたように薄黒い歯をむき出して
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、言うと乞食は不審いぶかしそうな顔付かおつきをして、立止って二郎の顔をつくづくと眺めて
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お婆さんは、少しでもお金が儲かるなら、決していやな顔付かおつきをしませんでした。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
勇はふさいだ顔付かおつきをして、天上に飛んでいる銀蜻蛉を欲しそうに眺めています。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
柿村屋は、誰にっても丁寧な物言いをして、さも親切らしいことをいった。おくらに対しても、やはり、あの苦み走った顔付かおつきをして、極めて黙った落付いた態度をかえなかったものと思われる。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
眼の三角形なけわしい顔付かおつきの監督は、憎々にくにくしそうに女を横目で睨んだ。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)