とほざ)” の例文
醜悪なる社界を罵蹴して一蹶いつけつ青山に入り、怪しげなる草廬さうろを結びて、空しく俗骨をして畸人の名に敬して心にはとほざけしめたるなり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
加之しかのみならず較々やや完全に近かつた雅典の人間より、遙かに完全にとほざかつた今の我々の方が、却つて/\大なる希望を持ち得るではないか。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
山田やまだ元来ぐわんらい閉戸主義へいこしゆぎであつたから、からだかう雑務ざつむ鞅掌わうしやうするのをゆるさぬので、おのづからとほざかるやうにつたのであります
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
段々近づく或は段々とほざかる汽車には、汽船とはまた違つた一種の活動味があつて、敏捷なる動物を想像せしめるのであつた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
利巧な連中は文界の継児まゝこである保雄とまじはる事が将来の進路に不利だと見て取つてそれと無くとほざかる者も少く無かつたが
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
長吉ちやうきちかく思案しあんをしなほすつもりで、をりから近所の子供を得意にする粟餅屋あはもちやぢゝがカラカラカラときねをならして来るむかうの横町よこちやうの方へととほざかつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
此時鎮守の森の陰あたりから、夜をいましめる柝木ひやうしぎの音がかち/\と聞えて、それが段々向ふヘ/\ととほざかつて行く。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
汝は逍遙子に敬してとほざけられたるか。我は逍遙子が心を用ゐたることの深きに感ず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
あにさん何してるのだと舟大工ふなだいくの子の声をそろによればその時の小生せうせいあにさんにそろ如斯かくのごときもの幾年いくねんきしともなく綾瀬あやせとほざかりそろのち浅草公園あさくさこうえん共同きようどう腰掛こしかけもたれての前を行交ゆきか男女なんによ年配ねんぱい
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
この燃えてゐる私の愛の火からとほざかれ
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
加之しかのみならず較々やゝ完全に近かつた雅典アテーネの人間より、遙かに完全にとほざかつた今の我々の方が、却つて/\大なる希望を持ち得るではないか。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
世の中が華文妙辞をもてあそぶを事として、実際道徳にとほざかるを憂ふるに出でたる者なることをも承知して居たるなり。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
貫一のこの人に向ひて親く物言ふ今夜の如きためしはあらず、彼の物言はずとよりは、この人のにくとほざけたりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
長吉ちやうきち一度ひとたび別れたおいととはたがひに異なる境遇きやうぐうからにちの心までがとほざかつて行つて、折角せつかく幼馴染をさなゝじみつひにはあかの他人にひとしいものになるであらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さては出行いでゆきし恨も忘られて、二夜三夜ふたよみよとほざかりて、せめてその文を形見に思続けんもをかしかるべきを。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
看よ人間の歴史は、つねに善き事をなして、恒に悪しき事を為すにあらずや。恒に真理に近づき、恒に真理にとほざかるにあらずや。恒に進歩して、恒に退歩するにあらずや。
頑執妄排の弊 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は階段をあがつた。何處いづこにしても廣大な建築物の内部に於て感ずる空氣の冷靜と日光からとほざかつた幽暗の氣とが、殊に仲店の賑ひを通り過ぎて來た身には一層強く感じられた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
われ之をくむ。内界の紛擾せる時に、われは寧ろ外界の諸識別をとほざけて、暗黒と寂寞とを迎ふるの念あり。内界に鑿入さくにふする事深くして、外界の地層を没却するは自然なり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
見ることのひややかに、言ふことのつつしめるは、彼が近来の特質にして、人はこれが為にるるをはばかれば、みづからもまたいやしくも親みを求めざるほどに、同業者はたれも誰も偏人として彼をとほざけぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
人間は自分よりとほざかつたものを愛する自然の性情の爲す處であらうかと論じて
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
哲学の高致を解せざるが故に、愚物を騙罔へんまうして文学をとほざくべしと謂ふ、斯くして一国の愛国心をも一国の思想をも一国の元気をも一国の高妙なる趣味をもこと/″\苅尽かいじんして、以て福音をかんとす
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
顔を見られるのがいやさに、一散いつさんとほりのはうへととほざかつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)