荒涼こうりょう)” の例文
満月の夜だったことをハッキリと後悔こうかいしました。せめて月が無ければ、こんなにまで荒涼こうりょうたる風光ふうこう戦慄せんりつすることはなかったでしょう。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
にぎやかで面白おもしろそうな海水浴場のほうは素通りにして、荒涼こうりょうとした砂っ原に降りると、大学生は上原の腕をとって、浪打際なみうちぎわのほうへゆきます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そこは荒涼こうりょうとしていた。なぎさと最初の長い砂州とをへだてている、広い浅い水の上には、さざなみのおののきが、前からうしろへ走っていた。
ああ、荒涼こうりょう。四畳半。その畳の表は真黒く光り、波の如く高低があり、へりなんてその痕跡こんせきをさえとどめていない。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
やまがはじめて、地上ちじょうまれたとき、あたりは、荒涼こうりょうとして、なにも、にとまるものがなかったのです。
うずめられた鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なるほどと蕭照はいやが上にも荒涼こうりょうたる感をいだかせられ、更に数日を隣県りんけんの方へあてなくあるいていた。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荒涼こうりょうたる心の中、さすらい尽した魂に射し込む夕焼けの色は、西の空に故郷ふるさとありと思う身にとって、死んでその安楽の故郷に帰れと教えぬばかりの色でありました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私たちは途中からそれらのアカシアの間をくぐり抜けて、丁度サナトリウムの裏手にあたる、一面によしの這っている、いくぶん荒涼こうりょうとした感じのする大きな空地へ出た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
鬼界きかいが島の海岸。荒涼こうりょうとした砂浜すなはま。ところどころに芦荻ろてきなどとぼしくゆ。向こうは渺茫びょうぼうたる薩摩潟さつまがた。左手はるかに峡湾きょうわんをへだてて空際くうさい硫黄いおうたけそびゆ。いただきより煙をふく。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
雲と雨との隙間すきまなく連続した広い空間が、津田の視覚をいっぱいにおかした時、彼は荒涼こうりょうなる車外の景色と、その反対に心持よく設備の行き届いた車内の愉快とを思いくらべた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし陸奥みちのくゆえに、夏草の上をかすめて夕陽を縫いながら吹き渡る風には、すでに荒涼こうりょうとして秋の心がありました。——背に吹くや五十四郡の秋の風、と、のちの人にまれた、その秋の風です。
やはり艇長の役を引うけた蜂谷学士はミドリ嬢と窓に顔をならべて、荒涼こうりょうたる山岳地帯のうちつづく月世界に暇乞いとまごいをした。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だから洛内は荒涼こうりょうだが、洛外へ行くほど逆に人さわがしい変則な奇景をいまは呈している。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは、かえりに、もう一ってみました。先刻さっきたこをげていた子供こどもたちは、どこへいったか、姿すがたえなかったのです。さむかぜが、荒涼こうりょうとした広場ひろばいていました。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
岩多き荒涼こうりょうたる浜辺はまべ、第二幕より七年後の晩秋。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
石段の上に、玄関の扉が開け放しになっていて、その奥には電灯が一つ、荒涼こうりょうたる光を投げていた。しかし人影はない。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
坂の途中から正成の向いた方へはいってゆくと、そこには旧千早城のさくやら矢倉が朽ち傾いていて、いまは人もなきとりでの跡の荒涼こうりょうが、廃墟はいきょの石やツル草と共に足へつまずくばかりだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雑沓ざっとうちまたは、五分と経たぬ間に、無人郷ノーマンズ・ランドに変ってしまった。その荒涼こうりょうたる光景は、関東大震災の夜の比ではなかった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
孫子そんし四軍の法を整々せいせいとふんだ小幡民部が軍配ぐんばいぶり、さだめしみごとであろうが、いまは荒涼こうりょうたる星あかり、小屋の屋根から小手をかざしてみた燕作えんさくにも、ただその殺気しか感じられなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっともその土間には、少年の背がかくれるほどのたけの長い雑草ざっそうがおいしげっていて、荒涼こうりょうたる光景をていしていた。
骸骨館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
関東とは、いうまでもなく、現下、足利直義ただよしのいる鎌倉の府である。——すでに冬も荒涼こうりょうな十一月十五日——尊氏の一族細川顕氏あきうじが警固のもとに、大塔ノ宮は、あずまの空へ押送おうそうされて行った。
二つのしかばねうずめるのは、どの雲のあたりであろうかなどと、「火の玉」少尉もあまりの荒涼こうりょうたる天上の風景に、しばし感傷の中におちこんだのであった。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
神馬小屋しんめごやびこんで、馬のおしりにかくれるもの、さては韋駄天いだてんげちる者など——いまが今までの散華舞踊さんげぶようは、一しゅんのまにこの我武者がむしゃのろうぜきで荒涼こうりょうたるありさまとしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのときの荒涼こうりょうたる光景を今胸に描いてみると、頭脳あたまがじりじりとちぢまって、気が変になりそうになる。
人造物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見るにたえない焼け跡のさまが、荒涼こうりょうとして彼を迎えたのみである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二つの浮船の行手間近かに聳え立つは荒涼こうりょうとして死の国の城壁じょうへきかと思わるる月陰げついんの地表である。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おかをみれば、とまり八幡やわた白子しらこ在所ざいしょ在所、いずれをみても荒涼こうりょうたるはらと化して、あわれ、並木なみきのおちこちには、にげる途中でなげすてた在家ざいかの人の家財荷物かざいにもつが、うらめしげに散乱して、ここにも
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
艇は速度をおとし、静かに螺旋らせんえがきながら、荒涼こうりょうたる月世界つきのせかいに向っていおりていった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしていつか、天地の荒涼こうりょうは、血の秋だった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
進少年の発したおどろきの言葉に、一行ははっとして、荒涼こうりょうたる砂漠の上に足をとどめた。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)