老爺ろうや)” の例文
一組は、六十くらいの白髪の老爺ろうやと、どこか垢抜あかぬけした五十くらいの老婆である。品のいい老夫婦である。このざいの小金持であろう。
美少女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わずかばかりのせた畑もこの老爺ろうやが作るらしかった。破れた屋根の下で、牧夫は私達の為に湯を沸かしたり、茶を入れたりしてくれた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
われは戦場に功名の死をなす勇者の覚悟よりも、いえに残りて孤児を養育する老母と淋しき暖炉の火を焚く老爺ろうやの心をば、更に哀れと思へばなり。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
神妙しんみょうに、失礼ながらこの壁辰めの繩をお受けになりますか。それとも、この老爺ろうやを相手取って、ドタバタみっともねえ真似をなさるお気ですかね
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一生地方の郵便局長をじみにやって……わずかな恩給をもらっている六十五の老爺ろうやで、問題にする価値はないよ……もっとも、僕は好きなんだ。
予が村は僻陬へきすうにて、日用品すら急にあがなうことあたわざるくらいの土地なるが、明治十七年十月某夜、村内の某老爺ろうや来たり、予にいいて曰く
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「唄」が終ると、なよたけのいている美しい和琴の音だけがひびき残る。………老爺ろうやはさらさらと竹籠を編んでいる。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
御光来の旨は留守番の老爺ろうやの知らせによって承知していたが、お上がりになってお茶でも飲んでって下さればよかったにと、妻とも語り合った次第
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「来たな」と、でも直覚したのか、魯達が裏屋根へ躍りでようとしたので、金老爺ろうやはあわててその腰帯をつかまえた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこにおいては、愚昧な一老爺ろうやといえども、堕落した一売春婦といえども、みな古代英雄のごとき光輝を放つ。この光輝は実に作者自身の光輝である。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
歩きながらも八分はちぶは居眠り、八十の老爺ろうやのように腰をまげて、頭をたれ、がくんがくんうなずきながら、よろよろふらふら、私に手をひっぱられてついてくる。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
橋杭はしぐひに当る水音は高く聞えた。少年も老爺ろうやも主婦も其下を通る時、皆仰向いて、その大きな鉄橋を闇にすかして見た。兄弟は手を延してその橋杭はしぐひを叩いて通つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ちょうどこの時、お隣の福念寺の寺男らしい老爺ろうやがその墓地を通って街の方へ歩いて行きました。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
白太夫なる百姓老爺ろうやが七十の賀に、三人のよめつどい来て料理を調うる間に、七十二銅と嫁に貰える三本の扇を持ち、末広すえひろの子供の生い先、氏神へ頼んだり見せたりせんとて
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
母は鼈四郎が勉強のため世間に知識をあさっていて今に何かつかんで来るものと思い込んでるので呑込のみこみ顔で放って置いたし、拓本職人の老爺ろうやは仕事の手が欠けたのをこぼしこぼし
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だが、その行者が、ぎろりと怪しく目が光ってひとくせありげなつらだましいでもしているだろうと思いのほかに、よぼよぼとした六十がらみの見るからに病身らしい老爺ろうやなのです。
見ればその真中を村の青年たちがおおぜいかかって、太い縄のようなものをかついで、それに繋がって静に歩いてゆく、その傍に立って、一人列を離れて音頭おんどを取っている老爺ろうやがある。
でこぼこした石をつたって二じょうばかりつき立っている、暗黒な大石の下をくぐるとすぐ舟があった。舟子は、しまもめんのカルサンをはいて、大黒だいこくずきんをかぶったかわいい老爺ろうやである。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「妙なばんばが出て来て、妙なじんまをずいて、ずいてずきすえた」これを翻訳すると「変な老婆が登場して、変な老爺ろうやをしかり飛ばした」というのである。その芝居の下手へたさが想像される。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あかちゃけた粘土の多い関東平野を行きつくして、「東京」という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、しわをよせて、気むずかしいユダヤの老爺ろうやのように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
惜しいかな、この老爺ろうや、今年四月病いを得て死んでしまった。
老爺ろうや行李こうりを開いて竹の皮包を取り出すと、女の子は
なんの放埒ほうらつもなくなった。勇気も無い。たしかに、疑いもなく、これは耄碌もうろくの姿でないか。ご隠居の老爺ろうや、それと異るところが無い。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
歌麿の「道行」は彼が生涯の諸作を通じて決して上乗じょうじょうの者にあらざれども、詩歌的男女の恋愛に配するに醜き馬子まごあるひは老爺ろうやの如き人物を以てし
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一人はゴツゴツの木綿じまらしいものを裾短に着た老爺ろうやであった。そして今までこの老人に叱られていたのであろう。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
縞の着物に、雑賀屋のしるし半纒ばんてんを着た、六十近い白髪しらが老爺ろうやが腰をかがめて、料理の盆を持ってはいって来た。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なよたけ、老爺ろうやの背後を通って、左手の小路へ出る。わらべ達は嬉しそうになよたけのまわりを取囲とりかこむ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
……ところが自分がつねに領内の山を見ておると、もうよわいも六十、七十になった百姓の老爺ろうやなどが、手元も暗くなる頃まで、杉のなえなど、山に植えているのを見かけます。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
横浜開港時代に土地開発に力を尽し、儒学と俳諧にも深い造詣ぞうけいを持ちながら一向世に知られず、その子としてただ老獪ろうかいの一手だけを処世の金科玉条として資産を増殖さしている老爺ろうやもある。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
運転手が橋の上で車を止めて通りかかった老爺ろうやに、何が釣れるかと聞いた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その横について荒町の通へ出ると、畳表、鰹節かつぶし、茶、雑貨などを商う店々の軒を並べたところに、可成大きな鍛冶屋かじやがある。高い暗い屋根の下で、古風なまげに結った老爺ろうや鉄槌てっついの音をさせている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しばらく歩いて老爺ろうやに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
事実は決してそうでない。自分ばかりを愛していると思っていた君江の如きは、事もあろうに淫卑いんぴな安芸者と醜悪な老爺ろうやと、三人たがい嬉戯きぎしてはじる処を知らない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一週間ばかり私が、伊香保いかほの温泉へいっている間に、六十くらいの下男げなん風の老爺ろうやが来て、麹町こうじまちのおやしきから来たものだが、若旦那わかだんな様が折り入ってお眼にかかりたいといっていられる。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「ちッ。なんだい今ごろ、町医じゃあるめぇし」寝ようとしていた庭番の老爺ろうやが、つぶやきながら出て行ってくぐりをあけると、一拍子に、息せききって、森徹馬がとびこんで来た。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は即座に、酒店の老爺ろうやから、筆とすずりを借りうけ、離縁状を書いて、岳父がくふにあずけた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近寄ってみると、五人の老爺ろうやが、むしろをひいて酒盛さかもりをしていた。狐火は、沼の岸の柳の枝にぶらさげた三個の燈籠であった。運動会の日の丸の燈籠である。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いずこの花柳界かりゅうかいやカフェーにもかならず一人や二人女たちのうわさに上る好色こうしょく老爺ろうやがあるが、しかしこの羅紗屋の主人ほど一見してくその典型にはまったお客も少ないであろう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と見上げた私を不思議そうに六十絡みの老爺ろうやがその落葉を掃きながらながめていました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しきりに、自分のたもとを引ッ張る後ろの老爺ろうやを振り向いて、眼にかどを立てたが
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ前途遼遠りょうえんという次第だが、心がけが遊山気分で、いっこうに足を早めようともせず、こうして日の高いうちからどっかり腰をおろし茶店の老爺ろうやを相手に大いに江戸がっているところ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私がった下男げなん老爺ろうや夫婦たち一同が、そろって市内畦倉あぜくら町の菩提寺ぼだいじ、厳浄寺で墓前の祭りを営んでいる最中に、無人の屋敷より原因不明の怪火を発し、由緒ある百八十年の建物は
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
自分もとうとうこんな老爺ろうやの慈悲を受けるようなはかない身の上の男になったか、この老爺のいたわりの言葉の底には、何だかもう絶望してあきらめているような気配が感ぜられる
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「行ったところで、山中の一老爺ろうやに、何も教えるほどなものはない」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不馴ふなれの老爺ろうやもまじっている劇団ゆえ、むさくるしいところもございましょうが御海容ごかいようのほど願い上げます。ホレーショーどのは、外国仕込みの人気俳優、まず、御挨拶ごあいさつは、そちらから。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
或いは又、孫のハアモニカを、じいに借せとだまして取上げ、こっそり裏口から抜け出し、あたふた此所ここへやって来たというような感じでありました。珠数じゅずを二銭に売り払った老爺ろうやもありました。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
父がその家を売払うつもりらしいという事を別荘番の老爺ろうやから聞きました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
歯が、ぼろぼろに欠け、背中は曲り、ぜんそくに苦しみながらも、小暗い露路で、一生懸命ヴァイオリンを奏している、かの見るかげもない老爺ろうやつじ音楽師を、諸君は、笑うことができるであろうか。
(新字新仮名) / 太宰治(著)