縄暖簾なわのれん)” の例文
旧字:繩暖簾
間もなく、船が花川戸へ着くと、私はそこから、仲見世の東裏の大黒屋の縄暖簾なわのれんをくぐり、泥鰌どじょうの熱い味噌汁で燗を一本つけさせた。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「ここだ!」といって桂は先に立って、縄暖簾なわのれんくぐった。僕はびっくりして、しばしためらっていると中から「オイ君!」と呼んだ。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
明日あしたを待って、もいちど妻恋へ出なおすとしようか、と迷った末に、この縄暖簾なわのれんへとびこんで、とにかく、寒さしのぎに一合取った。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縄暖簾なわのれんも居酒屋めく米屋の店に、コトンと音をさせて鶏が一羽歩行あるいていたが、通りかかった松崎を見ると、高らかに一声鳴いた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兵馬がその前を通り過ぎた時分に、酒場の縄暖簾なわのれんを分けて、ゲープという酒の息を吐きながら、くわえ楊子ようじで出かけた男がありました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
縄暖簾なわのれんの隙間からあたたかそうな煮〆にしめにおいけむりと共に往来へ流れ出して、それが夕暮のもやけ込んで行くおもむきなども忘れる事ができない。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十四番の右は百姓家の入口に猿廻しが猿を廻して居る処で、その家の入口の縄暖簾なわのれんをかかげて子供が二人ばかりのぞいて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それは——M市の場末に近い「あづま」と呼ぶ土工相手の銘酒屋の女将おかみが、夜に入って、銭湯へ出掛けようとして店の縄暖簾なわのれんを分けあげた時に
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
遠賀おんが川の浸水区域になる田圃たんぼと、野菜畑の中を、南の方飯塚に通ずる低い堤防じみた街道の傍にポツンと立った藁葺小舎わらぶきごやで、型の如く汚れた縄暖簾なわのれん
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
町へ出ると、すぐ見付かった飲屋、縄暖簾なわのれんの中を覗いて、人の居ないのを見定めてから入ると、樽天神たるてんじんをきめ込んで、瞬く間に二本三本と倒します。
「僕はボヘミヤンだ。君のようなエピキュリアンじゃない。到る処の珈琲店カッフェ酒場バア、ないしはくだって縄暖簾なわのれんたぐいまで、ことごとく僕の御馴染おなじみなんだ。」
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白鬚橋を渡った処に縄暖簾なわのれんを下げた居酒屋があって、既に灯のいた店の中には卓を囲んだ五六人の人影が見えた。物を煮る湯気と酒の匂いが往来にまで流れてくる。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
酒屋と云っても煮売り屋で、今日で云えば縄暖簾なわのれん、ただし一層大がかりであった。三十人近くのお客さんが、店に一杯立てこもり、盛んに話しながら飲み食いしている。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家の表には四枚障子が締め切ってあって、障子の横の勝手口には、縄暖簾なわのれんが下っているらしい。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あるひは楽屋稲荷町いなりまちの混雑、中二階ちゅうにかい女形部屋おんながたへやてい、また欞子窓れんじまど縄暖簾なわのれんげたる怪しき入口に五井屋ごいやしるして大振袖おおふりそで駒下駄こまげた色子いろこ過ぎ行くさまを描きしは蔭間茶屋かげまぢゃやなるべきか。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また余を縄暖簾なわのれんれて行って初めて醤油樽に腰を掛けさせたのも其村君であった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ここに来れば何か秘密を解くかぎにぶっつかるかも知れないと思って、時間を見はからって寄ったのだが、彼が縄暖簾なわのれんを排して入ると、片隅で大声を立てて笑いながら高話をしていたのが
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
蝙蝠こうもりが一羽ひらひらと地をくう飛んだと見た、早や戸を閉めた縄暖簾なわのれんれて二筋三筋戸外おもてにさす灯の色も沈んだ米屋を背後うしろ
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのとき、この村の縄暖簾なわのれんで鍋一枚七銭の馬肉を食べ、吉原土手では一枚四銭であるのに、と言って憤慨してからもう年月はいくつ流れたであろう。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
左側に縄暖簾なわのれんの掛って居る家があって障子が四枚はまって居る。その障子の上の方に字が書いてある。最も右の端の障子には「にごり」と仮名で書いてある。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
アトは見張りの若い者か何か一人残って、櫓櫂ろかいを引上げてそこいらの縄暖簾なわのれんに飲みげに行きます。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どんな田舎いなかへ行ってもありがちな豆腐屋とうふやは無論あった。その豆腐屋には油のにおいんだ縄暖簾なわのれんがかかっていて門口かどぐちを流れる下水の水が京都へでも行ったように綺麗きれいだった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして僕はきゅうに胸がすがすがして、桂とともにうまく食事をして、縄暖簾なわのれんを出た。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
二人はそれから、二三軒縄暖簾なわのれんあさると、全くわけもなく見付かってしまいました。
それは縄暖簾なわのれんの大きいので、彼等の倶楽部くらぶであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
で、平八は駕籠を返し、手近の縄暖簾なわのれんへ飛び込んだ。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かわやのぞく尼も出れば、やぶしゃがむ癖の下女も出た。米屋の縄暖簾なわのれんを擦れ擦れに消えるあおい女房、矢絣やがすりの膝ばかりで掻巻かいまきの上からす、顔の見えない番町のお嬢さん。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広小路に菜飯なめし田楽でんがくを食わせるすみ屋という洒落しゃれた家があるとか、駒形の御堂の前の綺麗きれい縄暖簾なわのれんを下げた鰌屋どじょうやむかしから名代なだいなものだとか、食物くいものの話もだいぶ聞かされたが
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
名古屋河豚は、関東では主に小斎河豚しょうさいふぐと呼んでいるが河豚料理に理解を持たなかった江戸時代から、東京では場末の縄暖簾なわのれんでもこの小斎河豚を売っていた。それほど、小斎河豚の味は普及している。
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「たとえて云うと縄暖簾なわのれんの先へ提灯玉ちょうちんだまを釣したような景色けしきと思えば間違はあるまい」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その家の表には門口かどぐち縄暖簾なわのれんを下げた米屋だか味噌屋みそやだかがあった。彼の記憶はこの大きな店と、でた大豆とを彼に連想せしめた。彼は毎日それを食った事をいまだに忘れずにいた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
舟はようやく町らしいなかへ這入はいる。腰障子に御肴おんさかなと書いた居酒屋が見える。古風こふう縄暖簾なわのれんが見える。材木の置場が見える。人力車の音さえ時々聞える。乙鳥つばくろがちちと腹を返して飛ぶ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし何だか口がさびしいと見えて、しきりに縄暖簾なわのれんや、お煮〆にしめや、御中食所おちゅうじきどころが気にかかる。相手の長蔵さんがまた申し合せたように右左とのぞき込むので、こっちはますます食意地くいいじが張ってくる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)