白魚しらうお)” の例文
私にはあのひとの白魚しらうおのようにかぼそい美しい手がのあたりに見えるようだ。あのひとの月のように澄みきった心がくまなく読めるようだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
さざい壺々口つぼつぼぐち莞然にっこと含んだ微笑を、細根大根に白魚しらうおを五本並べたような手が持ていた団扇で隠蔽かくして、はずかしそうなしこなし。文三の眼は俄に光り出す。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
白魚しらうおの黒いのがあったって、ひものない芸妓はおりなんかいるわけはない。おまえも存外、色里いろざとを知らない人だねえ」
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と女はうたいおわる。銀椀ぎんわんたまを盛りて、白魚しらうおの指にうごかしたらば、こんな声がでようと、男はきとれていた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白魚しらうおよし、小鯛こだいよし、毛氈もうせんつかわしいのは柳鰈やなぎがれいというのがある。業平蜆なりひらしじみ小町蝦こまちえび飯鮹いいだこも憎からず。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
味覚としての「いき」は「けものだな山鯨やまくじら」よりも「永代えいたい白魚しらうお」の方向に、「あなごの天麩羅てんぷら」よりも「目川めがわ田楽でんがく」の方向にもとめて行かなければならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
白魚しらうお、都鳥、火事、喧嘩、さては富士筑波つくばの眺めとともに夕立もまた東都名物のひとつなり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
寮の人々は食いもののぜいにも飽きた。明治の中年頃までは大川から隅田川では寒中に白魚しらうおれた。小さい伝馬舟に絹糸ですいた四つ手網を乗せて行って白魚を掬ったのである。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
青菜あおなの雑炊……青菜を琅玕翡翠ろうかんひすいにして出す。生の千切りだいこん雑炊……だいこん煮込みめしに似たものの雑炊。天下のピカ一ふぐ雑炊。白魚しらうおと青菜の雑炊。若鮎わかあゆの雑炊。このわたの雑炊。
渋茶しぶちゃあじはどうであろうと、おせんが愛想あいそうえくぼおがんで、桜貝さくらがいをちりばめたような白魚しらうおから、おちゃぷくされれば、ぞっと色気いろけにしみて、かえりの茶代ちゃだいばいになろうという。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
木母寺もっぽじには梅若塚うめわかづか長明寺ちょうみょうじ門前の桜餅、三囲神社みめぐりじんじゃ、今は、秋葉あきば神社の火のような紅葉だ。白鬚しらひげ牛頭天殿ごずてんでんこい白魚しらうお……名物ずくめのこの向島のあたりは、数寄者すきしゃ通人つうじんの別荘でいっぱいだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
白魚しらうお 七九・三九 一八・七三 〇・三〇 一・五八
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
袱紗ふくさ縮緬ちりめん飜然ひらりかえると、燭台に照って、さっと輝く、銀の地の、ああ、白魚しらうおの指に重そうな、一本の舞扇。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本阿弥ほんあみきわめつき、堀川国広ほりかわくにひろ脇差わきざし目貫めぬき白魚しらうお蛇籠じゃかご、うぶご磨上すりあげなし! ……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ればお妾は新しい手拭をば撫付なでつけたばかりの髪の上にかけ、下女まかせにはして置けない白魚しらうおか何かの料理をこしらえるため台所の板の間に膝をついてしきり七輪しちりんの下をば渋団扇しぶうちわであおいでいる。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なるほど小さい、白魚しらうおばかり、そのかわり、根の群青ぐんじょうに、薄くあいをぼかしてさき真紫まむらさきなのを五、六本。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
〽落ちて行衛ゆくえ白魚しらうおの、舟のかがりに網よりも、人目いとうて後先あとさきに……
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
半瓦は、白魚しらうおをすぐ醤油につけて喰べ、彼女にもすすめたが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、肩を持たれたまゝ、右のびっこくろどのは、夫人の白魚しらうおの細い指に、ぶらりとかかつて、ひとツ、ト前のめりに泳いだつけ、いしきゆすつたちんな形で、けろりとしたもの、西瓜をがぶり。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いそがしき世は製造所の煙筒えんとう叢立むらだつ都市の一隅に当ってかつては時鳥ほととぎす鳴きあしの葉ささやき白魚しらうおひらめ桜花おうか雪と散りたる美しきながれのあった事をも忘れ果ててしまう時、せめてはわが小さきこの著作をして
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)