とこ)” の例文
わがとこは我を慰め、休息やすらいはわがうれいを和らげんと、我思いおる時に、汝は夢をもて我を驚かし、異象まぼろしをもて我をおそれしめたまう。……
そこで黒猩にわかにすね出し、空缶を番人に投げ付け、とこに飛び上り、毛布で全身を隠す、そのてい気まま育ちの小児に異ならなんだ。
「夜深うしてまさに独りしたり、めにかちりとこを払はん」「形つかれて朝餐てうさんの減ずるを覚ゆ、睡り少うしてひとへに夜漏やろうの長きを知る」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
間もなく母は気苦労がつもって病気になり、たおれてとこについたが、便溺しものものから寝がえりまで皆大成の手をかりるようになった。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
竹槍、日本刀、鎌などが、とこの間に、ずらりと、ならべてあった。酔って来ると、歌う者、手をたたく者、踊る者が出て来た。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
侍女やばあや達が集まってきて酒の準備したくをした。そこで広いとこの上に小さな几を据えて二人がさし向いで酒もりをした。魚は
竹青 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
癒ゆべからざる長病のとこにあって、更衣の圏外に置かれた居士の気持は、この句を誦する者に或うらさびしさを感ぜしめずには置かぬであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
はた如何いかにして病のとこのつれづれを慰めてんや。思ひくし居るほどにふと考へ得たるところありてつい墨汁一滴ぼくじゅういってきといふものを書かましと思ひたちぬ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
早寝のとこで聴いてゐる。……プラステイックな宇宙コスモスのしはぶきを。(このとき、地球はまりほどの大きさしかない)
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
それを騷ぎにまぎれて手をつけずに居たが、昨夜とこへ入つてから、寢酒に一杯やつたものらしい、——この通りだ
總ての摸樣は、まことに活きたる五色のかもと見るべく、又彩石ムザイコを組み合せたるとこと見るべし。されどポムペイにありといふ床にも、かく美しき色あるはあらじ。
さま/″\思ひつづけて、観念のとこの上に夢を結べば、妻恋ふ鹿の声に目をさまし、……(身延山御書)
壁もとこはりも、巌であつた。自身のからだすらが、既に巌になつて居たのだ。屋根が壁であつた。壁が牀であつた。巌ばかり——。さはつても/\巌ばかりである。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
轡虫くつわむしだの、こほろぎだの、秋の先駆であるさまざまの虫が、或は草原で、或は彼の机の前で、或は彼のとこの下で鳴き初めた。楽しい田園の新秋の予感が、村人の心を浮き立たせた。
渋江氏で此年蘭門の高足であつた抽斎全善かねよしが五十四歳で歿した。流行の暴瀉ばうしやに罹つて、八月二十九日に瞑したのである。柏軒は抽斎の病み臥してよりとこかたはらを離れなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と言いながら、源氏がとこをのぞこうとするので、御息所は女房に別れの言葉を伝えさせた。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうしてとこに飾られる器が、美しさにおいてよく実用の品を超え得た場合があろうか。美しい古作品を列挙するなら、期せずしてその大部分が用具であったのに気づくであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
天は万物ばんもつに安眠のとこを与へんが為めに夜テフ天鵞絨びろうど幔幕まんまくろし給ふぢやないか、然るに其時間に労働する、すなはち天意を犯すのだらう、看給みたまへ、夜中の労働——売淫、窃盗、賭博
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
兵部の娘も、金椎キンツイも、おのおの、とこについて、安らかに眠りに落ちているようです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人間は針のように磁気に感ずるものだと断言して、夜分血液の循環が地球の磁気の大流に逆らわないようにと、頭を南に足を北にしてとこを伸べた。嵐のある時は自分で脈を取って見た。
彼等がひねもす物語をした客殿のとこ青緑みどりであつたと書いてある。あまり物もたべず、酒ものまず、ただ乾杏子をたべて、乾葡萄をたべて、涼しい果汁をすこし飲んでゐたかもしれない。
乾あんず (新字旧仮名) / 片山広子(著)
小屋にはとこはない、土の上にむしろを敷いたばかりだが、その土は渓の方へ低くなっている。囲炉裡に足を入れていては、勢い頭は低い方に向く、頭の足より低いのは、一体心地ここちのよいものではない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
だが、こんなに早く不起の病のとこに就こうとも思わなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
かたはらに楊貴妃の絵の掛かりたる紫檀のとこにものな思ひそ
とこを敷いて蒲団の中へもぐり込んでも安眠が出来ない。
五月雨 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
こゝに在るは善き人々なるをば、客人もく悟り給ひしならん。されど此等の事思ひ定め給はんには、先づ快く一夜の勞をいやし給ふに若かず。こゝにとこあり。
公主はとこにつッぷしたなりにき悲しんでよさなかった。竇は心を苦しめたが他に手段がなかった。と、急に目があいた。竇は始めて夢であったということを知った。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
大便所は清潔で、正面に小さいとこが作ってあり、銀の一輪ざしに、温室咲きらしい百合の花がさしてあった。うす暗い電燈の光のなかに、白い花びらが清楚に光っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
さうして、彼の逃げて仕舞つた妾の代りに、二人の十と七つとの孫娘を、自分の左右に眠らせたとこのなかで、この花つくりの翁は眠り難かつた。彼は月並の俳諧はいかいふけり出した。
ひまならば器には遠い。あのとこに休む飾物は概して弱いではないか、もろいではないか。働き手ではないからである。用に遠いが故に美にもまた遠い。丹念とか精緻とかの趣きはあろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
壁も、とこも、はりも、巌であった。自身のからだすらが、既に、巌になって居たのだ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
やまいとこに仰向に寐てつまらなさに天井をにらんで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のように見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪廓を形づくって居る。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ベロアル・ド・ヴェルビュの『上達方』に婦人は寺で天女、宅で悪魔、とこで猴とそしり、仏経には釈尊が弟の難陀その妻と好愛甚だしきをまさんとて彼女のめっかち雌猿に劣れるを示したと出づ。
その女はとこの上に坐っているらしかった。捕卒は不審しながら進んで往った。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秦のおばさんが没くなった後で、姑丈おじさんがやもめでいると、狐がついて、せて死んだが、その狐が女の子を生んで、嬰寧という名をつけ、むつきに包んでとこの上に寝かしてあるのを
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
とこの間と、くろがきの大黒柱を境にしてならんでいる仏壇の奥に、金色きんしょく燦然さんぜんたる阿弥陀如来あみだにょらいが静まりかえって、これも黄金おうごん蓮台れんだいのうえに、坐禅を組んでいる。その下に、朱塗りの袋戸棚がある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
小翠は平気で笑いながら元豊のしかばねきあげてとこの上に置き、体をすっかり拭いて乾かし、またそれによぎを着せた。夫人は元豊の死んだことを聞いて、泣きさけびながら入って来て罵った。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)