煙管ぎせる)” の例文
おまけに一人の親仁おやじなぞは、媽々衆かかしゅう行水ぎょうずいの間、引渡ひきわたされたものと見えて、小児こどもを一人胡坐あぐらの上へ抱いて、雁首がんくび俯向うつむけにくわ煙管ぎせる
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くわ煙管ぎせるで頑張り、岸から二、三段の桟橋、もやった船には客が二、三人、船頭はさおを突っ張って「さあ出ますよウ」と呶鳴どなる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
早く早くと役人たちにき立てられて、安吉もくわえ煙管ぎせるのままで駈け出して、籠に通してある長い青竹を肩にかついだが
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
馬士まごや牛追いの中にはくわ煙管ぎせるなぞで宿村内を歩行する手合いもあると言って、心得違いのものは取りただすよしの触れ書が回って来たほどだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先刻から浜の岩に大きな檜笠を被つてくは煙管ぎせるのまゝ膝掛けて、都合によつては自分も網を下ろさうと他の舟の様子を眺めて居た甚六の爺さんは
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
そこで、所在なさに七兵衛は、くわえ煙管ぎせるで、ツラツラ室の中を見廻し、壁にはってあった一枚の美人絵を見出すと、それを念入りにながめた後
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そればかりでなく、たしか彼女の膝の前には煙草盆が置いてあって、手に長煙管ぎせるを持っていたような気がするのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
祖父の灌園は総髪に臘虎らっこ帽、黄八丈に藤色の拝領羽織、鉄色献上の帯、インデン銀煙管ぎせるの煙草入、白足袋に表付下駄
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
提灯の明りは、暗夜の狙い撃ちに、何よりなまとであるから、心得のある武士は、くわえ煙管ぎせると提灯は決して持たない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なか/\に甲斐々々しい姿ですが、やにさがりのくは煙管ぎせる、これも女房をビクビクさせながらの剃刀かみそり使ひは、どう考へても器用な手つきではありません。
「私もこんなことでもなければ、めったに出て来るようなこともないでね。」母親は、銀の延べ煙管ぎせるたばこをつめて、マッチで内輪に煙草を吸っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南日君が迎えに行く、くわ煙管ぎせるで帰って来た金作は「此処の魚は喰い付くことを知らんぞ」と言って皆を笑せた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
日なたぼこりで孫いじりにも飽いた爺の仕事は、くわ煙管ぎせる背手うしろでで、ヒョイ/\と野らの麦踏むぎふみ。若い者の仕事は東京行の下肥しもごえりだ。寒中の下肥には、うじかぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
カーライルが麦藁帽むぎわらぼう阿弥陀あみだかぶって寝巻姿のままくわ煙管ぎせる逍遥しょうようしたのはこの庭園である。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やれやれという恰好で四畳半の貧弱な長火鉢ながひばちの前に坐って、濡れた紺の詰襟つめえり上衣うわぎを脱いで、クレップシャツ一枚になり、ズボンのポケットから取出した、真鍮しんちゅうのなたまめ煙管ぎせる
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
四方山よもやまの話のすゑZ・K氏は私の、小説家になれればなりたいといふ志望を聞いて、斷じてなれませんなと、古い銀煙管ぎせるの雁首をポンと火鉢の縁に叩きつけて、吐き出すやうに言つた。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
疲れきっている彼らにとっては、音楽はトルコ風呂ぶろであり、なま温かい湯気であり、マッサージであり、長煙管ぎせるです。思索の必要なんかはありません。それは戸外運動と恋愛との間の過渡期です。
みたくもない長煙管ぎせるへ、習慣的にたばこをつめつつ
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
くわえ煙管ぎせる
筏乗り (新字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
これは風情じゃ……と居士も、巾着きんちゃくじめの煙草入の口を解いて、葡萄ぶどう栗鼠りす高彫たかぼりした銀煙管ぎせるで、悠暢ゆうちょうとしてうまそうにんでいました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、舟の進むのとは逆に向いて、はしけみよしに腰かけながら、くわえ煙管ぎせるで納まっているのは、啓之助の内意をふくんで、お米の監視についてきた仲間ちゅうげんの宅助。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何を云うかわからん、気味きびの悪いところがこの男のネウチで、くわ煙管ぎせるのまま私のてのひらを見ておりましたが
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乾いた落葉が、あわてゝカラカラと舞いはしる。箒をさかさに立てた様な雑木山に、長いのこを持った樵夫さきやまが入って、くわ煙管ぎせるならくぬぎを薪にる。海苔疎朶のりそだを積んだ車が村を出る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
で、華奢造きゃしゃづくりの黄金きん煙管ぎせるで、余りれない、ちと覚束おぼつかない手つきして、青磁色の手つきの瀬戸火鉢を探りながら
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで彼女は旧式の小さな煙草容器いれを出して、細い銀煙管ぎせるを構えながら一段と声を落して眼を丸くした。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると、毎日同じ帳場でかせいでいる馬方らしい男が、ふふん、といったふうなくわ煙管ぎせる
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おなまめだんぶつ、座敷牢だ、と火鉢の前にすくまって、下げ煙管ぎせるの投首が、ある時悪心増長して、鉄瓶を引外ひっぱずし、沸立にたった湯をながしへあけて、溝の湯気の消えぬ間に、笊蕎麦ざるそば一杯いちめた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と淀みなく言ううちに涙ぐんだ赤んべえ面を上げて水洟みずばなを一つコスリ上げた。それだけでもチョッと人を舐めているらしく見える。松倉十内国重は、今更のように肩を怒らして銀煙管ぎせるを膝に取った。
今かく中古ちゅうぶる草臥くたびれても同一おなじにおいの香水で、おっかけ追かけにおわせてある持物を取出して、気になるほど爪の伸びた、湯がきらいらしい手に短いのべの銀煙管ぎせる、何か目出度い薄っぺらなほりのあるのを控えながら
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)