“烹(に)” の例文
また全(まる)で馬、驢、駱駝を烹(に)用いて、ギリシア人が、かほどの美饌を知らぬを愍(あわれ)んだから、どの国で馬肉を食ったって構わぬはずだと。
肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思わず、勇猛精進(しょうじん)の心を駆(か)って、人道のために、鼎鑊(ていかく)に烹(に)らるるを面白く思う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこには李汾のくるのを見て、眼を怒らして吠えかかってきた豕がいた。李汾はそのことを主人の張に話して、その豕を烹(に)さした。
豕 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鼎に似ると、烹(に)るも烙(や)くも、いずれ繊楚(かよわ)い人のために見る目も忍びないであろう処を、あたかも好(よし)、玉を捧ぐる白珊瑚(しろさんご)の滑(なめら)かなる枝に見えた。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菜蔬(さいそ)は最も莱菔(だいこん)を好んだ。生で食うときは大根(だいこ)おろしにし、烹(に)て食うときはふろふきにした。大根おろしは汁を棄てず、醤油(しょうゆ)などを掛けなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
僕(ぼく)どもは枯枝(かれえだ)をひろひ石をあつめて仮(かり)に灶(かまど)をなし、もたせたる食物を調(てう)ぜんとし、あるひは水をたづねて茶を烹(に)れば、上戸は酒の燗(かん)をいそぐもをかし。
「凡(およ)ソ物ニ先天アル事、人ニ資禀(しひん)アルガ如シ。人ノ性下愚ナル者ハ、孔孟之(これ)ヲ教フト雖(いへど)モ無益也。物ノ性良(よろ)シカラズバ、易牙(えきが)之ヲ烹(に)ルト雖モ無味也……」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女はまた木の葉を切って鶏と魚の形をこしらえて、それを鍋に入れて烹(に)たが、皆真(ほんとう)の鶏と魚になった。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
正に毒草を変じて薬となし、糞土を烹(に)て醍醐をなす底(てい)の怪手腕と称すべしで、謡曲の教外別伝の極地、声色の境界を超越した、玄中の玄曲を識得した英霊漢というべしである。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ヱネチアには我髮を烹(に)る銚あるにあらねど、わがこれを憶ふ情は、恰も幻術の力の左右するところとなれるが如くなりき。われ若し山國(やまぐに)の産(うまれ)ならば、此情はやがて世に謂(い)ふ思郷病(ノスタルジア)なるべし。
又、蘇東坡が種〻の食物を雑へ烹(に)て、これを骨董羮と曰(い)つた。其の骨董は零雑の義で、恰も我邦俗のゴッタ煮ゴッタ汁などといふゴッタの意味に当る。それも字面には別に義があるのでは無い。
骨董 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
何を烹(に)るやら、りょうるやら、わたしも知らない。4400
そこで永遠に烹(に)られて、痛がって、吠えているのだろう。
沸きたった油は口に入って、肺腑を烹(に)られるようであった。一思いに死のうと思っても、どうしても死ぬることができなかった。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
僕(ぼく)どもは枯枝(かれえだ)をひろひ石をあつめて仮(かり)に灶(かまど)をなし、もたせたる食物を調(てう)ぜんとし、あるひは水をたづねて茶を烹(に)れば、上戸は酒の燗(かん)をいそぐもをかし。
その内に壊れたのがまるで使えなくなったので、春は別当と同じ七釐で物を烹(に)る。別当は「旦那の事だから貸して上げるが、手めえはお辞儀をして使え」
鶏 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この鶏こそ我父の冤家なれと悟り、殺し烹(に)て汁にして父に食わすと平癒した。子珍、後に出世して太原の刺史となり、百三十八歳まで長生したは李玄石の陰祐(いんゆう)による。
また、蘇東坡(そとうば)が種〻の食物を雑(まじ)え烹(に)て、これを骨董羮(こっとうかん)といった。その骨董は零雑(れいざつ)の義で、あたかも我(わが)邦俗(ほうぞく)のゴッタ煮ゴッタ汁などというゴッタの意味に当る。それも字面(じめん)には別に義があるのではない。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
天上なる聖母に代りて、われ汝を育つべし。臥床(ふしど)はすでにこしらへ置きぬ。豆も烹(に)えたるべし。ベネデツトオもそなたも食卓に就け。マリウチアはともに來ざりしか。尊き爺(てゝ)(法皇)を拜まざりしか。
たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹(に)たてて食(くわ)せけるとき
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
烹(に)たり、焼いたり、皿をちゃらちゃら云わせています。
榛軒は妻の忌むことを知つてゐたので、庭前に涼炉(こんろ)を焚いて肉を烹(に)た。そして塾生と共に飽くまで啖(くら)つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
腥(なま)にて喰(しよく)するは○魚軒(さしみ)○鱠(なます)○鮓(すし)也。○烹(に)る○炙(やく)その料理(れうり)によりて猶あるべし。醃(しほづけ)にしたるを塩引(しほびき)また干鮏(からさけ)といひしも古き事、まへに引たる書(しよ)に見えたるがごとし。
舟の中には喫いあらした肴が一ぱいあって、酒の匂いがたちこめていた。陳はすぐ言いつけてそれをさげさしたが、間もなく美しい侍女が三五人来て、酒をすすめ茗(ちゃ)を烹(に)た。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
楚人猴を烹(に)るあり、その隣人を召すに以て狗羹(こうこう)と為(な)してこれを甘(うま)しとす。
土石の底に藏したる葡萄酒も酸(す)くして、半ば烹(に)たる如し。我喉は一滴の冷露を嘗むること能はざりき。天には一纖雲なく、いつもおなじ碧色にて、吹く風は唯だ熱き「シロツコ」(東南風)のみなり。
そうかと思うと、また真っ赤に烹(に)え上がる。5925
明(みん)の万暦(ばんれき)の初(はじめ)閩中(みんちゆう)連江といふ所の人蛤を剖(わり)て玉を得(え)たれども不識(みしらず)これを烹(に)る、珠(たま)釜(かま)の中に在(あり)て跳躍(をどりあがり)して定(さだまら)ず、火光(くわくわう)天(そら)に燭(もゆ)、里人(さとびと)火事(くわじ)ならんと驚(おどろ)き来りてこれを救ふ。
「同年(丁未)初冬偶成」が即是で、瓶(へい)に菊花を插して茶に烹(に)ると云つてある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
明(みん)の万暦(ばんれき)の初(はじめ)閩中(みんちゆう)連江といふ所の人蛤を剖(わり)て玉を得(え)たれども不識(みしらず)これを烹(に)る、珠(たま)釜(かま)の中に在(あり)て跳躍(をどりあがり)して定(さだまら)ず、火光(くわくわう)天(そら)に燭(もゆ)、里人(さとびと)火事(くわじ)ならんと驚(おどろ)き来りてこれを救ふ。
京伝翁の説(せつ)に、粥(かゆ)の木とは正月十五日粥を烹(に)たる薪(たきゞ)を杖(つゑ)とし、子もたぬ女のしりをうてば男子をはらむといふ祝ひ事なりとて、○枕(まくら)の草紙(さうし)○狭衣(さごろも)○弁内侍(べんのないし)の日記(にき)その外くさ/\の書(しよ)を引(ひき)て