渡殿わたどの)” の例文
困りながらも老女を戸口へ押し返すこともできずに、向かい側の渡殿わたどのの入り口に添って立っていると、源氏のそばへ老女が寄って来た。
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、やや落着いて、夕べをさかいに、ひとまず諸卿は中殿ちゅうでん(清涼殿)の昼ノ御座から西の渡殿わたどのを、休息のため、退がって行った。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花桐は殿中から下がって来る長い渡殿わたどのの歩みのあいだに、胸がみだれてくることを感じ、歩みも、せかせかと悲しく不意につまづきさえしていた。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さすがに清盛も、行綱の唯ならぬ様子に、何事か起ったのかと、不安になってきて、自分で渡殿わたどのの中門まで出てきた。
とある渡殿わたどの勾欄こうらんのもとにうずくまって、所在なさそうに前栽せんざいのけしきを眺めている自分の童姿であった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
泉水の上から、病室の方へ抜ける渡殿わたどのの薄暗がりを、ホノボノと足探あしさぐりにして、第一の横廊下を左に折れ曲ったが、やがて、その行き詰まりに在る特等病室の前に来た。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
渡殿わたどの、回廊、社務所、額殿がくでん祓殿はらいでん、それに信者だまり、建物の数は七、八つも見えました。
人のえし渡殿わたどのの影ほのぐらき朧月ろうげつ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
めしひうばそくもなく手さぐりつたふ渡殿わたどの
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
苑にむかへる渡殿わたどの
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
渡殿わたどのろうから、こう聞き覚えのある時信の声である。客として、わがでは、何度も迎えたことのある人。清盛は、いんぎんに、礼をした。
東の渡殿わたどのの下をくぐって来る流れの筋を仕変えたりする指図さしずに、源氏はうちぎを引き掛けたくつろぎ姿でいるのがまた尼君にはうれしいのであった。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼女も一人寝していることを渡殿わたどののあなたに思いえがいては、とうてい殿中近くにすだくあまたの虫のこえを聞いて、夜をおくることは出来なかった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
かやぶきの廊渡殿わたどのなどはる/″\とえんにをかしうせさせ給へり。御前の山より滝おとされたる石のたゞずまひこけふかきみ山木に枝さしかはしたる庭の小松もげに/\千世ちよをこめたるかすみのほらなり。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
和尚の足音は渡殿わたどのを渡って庫裡くりの方へ消えて行った。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人のえし渡殿わたどのの影ほのぐらき朧月ろうげつ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
渡殿わたどののほうには左大臣の息子らがいて、女房たちと話し合っている様子であったから、この人は妻戸のところにすわって
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
先に立って、長い渡殿わたどのをゆく。廊の間——やがて対ノ屋の広間とおぼしき燭が見えると、大勢の笑い声がそこに聞えた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
午後二時に南の寝殿へお移りになったのであるが、その通御の道になる反橋そりはし渡殿わたどのにはにしきを敷いて、あらわに思われる所は幕を引いて隠してあった。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
もし内裏だいりなら、今ごろは、藤の花の匂う弘徽殿こきでん渡殿わたどのにこの黒髪もさやかであろうと思うにつけ、妃たちは、ねばよごれ髪にさわってみては、女同士で
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やや大柄な童女が深紅しんくあこめを着、紫苑しおん色の厚織物の服を下に着て、赤朽葉くちば色の汗袗かざみを上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿わたどの反橋そりはしを越えて持って来た。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「——青蓮院さまがお越し遊ばしました」渡殿わたどのの奥へこう告げると、舞曲のがくが急にやんで、それから、華やかな女たちの笑い声だの、きぬずれの音などが、楚々そそとみだれて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「若い人たちは渡殿わたどのの戸をあけて見物するがよい。このごろの左近衛府にはりっぱな下士官がいて、ちょっとした殿上役人などは及ばない者がいますよ」
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やかたは、中央の大きな母屋おもや寝殿しんでんとよび、また渡殿わたどのという長い廻廊かいろうづたいに、東と西とに対ノ屋が、わかれていた。そのほか、泉殿いずみどのとか、つり殿とかも、すべて中心のかくをめぐっている。
そして妻戸の向かいになった渡殿わたどのの入り口のほうに立っていると小君が来た。済まないような表情をしている。
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
小姓どもをしたがえて、吹雪する渡殿わたどのの廊を大股にゆく後ろでは——もう三人の姫たちの声が、嬉々ききと、つぼねの縁へ出て、雪へ戯れかけるように、越のうたならぬ、尾張の歌をうたっていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋になって院は尼宮のお住居すまいの西の渡殿わたどのの前の中のへいから東の庭を草原にお作らせになった。閼伽棚あかだななどをそのほうへお作らせになったのが優美に見える。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「まさか、築地ついじをこえて、館の外へ走り出はすまい。池の中の渡殿わたどのを見てか?」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涼しい風が吹いて、どこでともなく虫が鳴き、ほたるがたくさん飛んでいた。源氏の従者たちは渡殿わたどのの下をくぐって出て来る水の流れに臨んで酒を飲んでいた。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
侍の一名が、おくの橋廊下をこえて、渡殿わたどのしとみの下に平伏していた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西の対から渡殿わたどのへかけてをその居所に取って、事務の扱い所、家司けいしの詰め所なども備わった、源氏の夫人の一人としての体面を損じないような住居すまいにしてあった。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
誰か、その時、渡殿わたどのの廊下を、みしみしと歩いてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すみ屏風びょうぶを引きひろかげを作っておいて、妻戸をあけると、渡殿わたどのの南の戸がまだ昨夜ゆうべはいった時のままにあいてあるのを見つけ、渡殿の一室へ宮をおおろしした。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
高氏が振向くと、まだ渡殿わたどのの角にたたずんでいた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
未明に一人しの床をお離れになって妻戸をお押しあけになると、前庭の草木の露の一面に光っているのが、渡殿わたどののほうの入り口越しに見えた。縁の外へお出になって
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
と言って、渡殿わたどのに持っている中将という女房の部屋へやへ移って行った。初めから計画的に来た源氏であるから、家従たちを早く寝させて、女へ都合を聞かせに小君をやった。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
右近衛府うこんえふ溝川みぞかわのあたりにうずめるということに代えて、西の渡殿わたどのの下から流れて出る園の川のみぎわにうずめてあったのを、惟光これみつ宰相の子の兵衛尉ひょうえのじょうが掘って持って来たのである。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
六条院でもその準備がされて、若菜の賀に使用された寝殿の西の離れに帳台を立て、そこに属した一二の対の屋、渡殿わたどのへかけて女房の部屋へやも割り当てた華麗な設けができていた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
夕風がき敷く紅葉のいろいろと、遠い渡殿わたどのに敷かれたにしきの濃淡と、どれがどれとも見分けられない庭のほうに、美しい貴族の家の子などが、白橡しろつるばみ臙脂えんじ、赤紫などの上着を着て
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ことにここでのできばえを皆晴れがましく思っているのである。他の二夫人らにも来て見物することを源氏が勧めてあったので、南の御殿の左右の対や渡殿わたどのを席に借りて皆来ていた。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
渡殿わたどのの口の所にしばらく薫はいて、声になじみのある女房らと話などをしていた。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
源氏は小姫君の所にいたころであったが、中将が来て東の渡殿わたどの衝立ついたての上から妻戸の開いた中を何心もなく見ると女房がおおぜいいた。中将は立ちどまって音をさせぬようにしてのぞいていた。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蔵人少将とつれだって西の渡殿わたどのの前の紅梅の木のあたりを歩きながら、催馬楽さいばらの「梅が枝」を歌って行く時に、薫の侍従から放散する香は梅の花の香以上にさっと内へにおってはいったために
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
渡殿わたどのにいる宿直とのいの人を起こして、蝋燭ろうそくをつけて来るように言うがいい」
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
日の暮れ方に源氏は明石あかし住居すまいへ行った。居間に近い渡殿わたどのの戸をあけた時から、もう御簾みすの中の薫香たきもののにおいが立ち迷っていて、気高けだかえんな世界へ踏み入る気がした。居間に明石の姿は見えなかった。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「そんなこと。渡殿わたどののほうには人の足音がしませんでしたもの」
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)