朧月夜おぼろづきよ)” の例文
客席は、朧月夜おぼろづきよの森かげほどの弱い照明がしのびこんで来る程度であるから、隣の席の客がどんな顔をしているのか分りかねた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月は無かつたが朧月夜おぼろづきよと云つた風に薄く曇つて居る星明りの中に汽車からりてぐ前の桟橋に繋がれた汽船へ乗移つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
朧月夜おぼろづきよであった。あの一団が向方の街道を巨大ないのししのような物凄さでまっしぐらに駈出してゆくのがうかがわれた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「波さえ音もなき朧月夜おぼろづきよに、ふと影がさしたと思えばいつのにか動き出す。長くつらなる廻廊を飛ぶにもあらず、踏むにもあらず、ただ影のままにて動く」
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほしいのは——もしか出来たら——偐紫にせむらさき源氏雛げんじびな、姿も国貞くにさだ錦絵にしきえぐらいな、花桐はなぎりを第一に、ふじかた、紫、黄昏たそがれ桂木かつらぎ、桂木は人も知った朧月夜おぼろづきよの事である。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あつらへたやうな銀鼠色の朧月夜おぼろづきよ、春のもやに蒸された梅が匂つて、飮み過ぎた頭のしんが痛むやうな中を、なんの心もなくそゞろ歩いて居ると、道は不意に盡きて
今夜はどちらとも離れていてよい暇な時であったから、朧月夜おぼろづきよの君の二条邸へ院は微行でお出かけになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
朧月夜おぼろづきよにしくものぞ無き、という歌なんどは宜いが、雪まじり雨の降る夜の露営つづきは如何に強い武人であり優しい歌人でありわびの味知りの茶人である氏郷でも
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
池を一とまわりして、樹立こだちのあいだの狭い道を通り抜けると、眼の前に円形の広っぱがひらけた。たった一つの常夜燈が、その全景を朧月夜おぼろづきよほどにボンヤリと照らしている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真闇まっくらの一室がにわかにぱっと薄明るくなってあたか朧月夜おぼろづきよのよう、さてはいよいよ来たりと身構えして眼をみはひまもなく、しつの隅からたちまの貴婦人の姿が迷うが如くに現われた。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてさて、この憎い女をと、かの源氏物語にある朧月夜おぼろづきよ内侍ないしと関係した光源氏のように、御処分の事かと思っていると、そのまままた後宮において、なんらのお変りも見えず
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ファアウマのは丹毒のおそれがあるから素人療法では駄目らしい。夕食後騎馬で医者の所へ行く。朧月夜おぼろづきよ。無風。山の方で雷鳴。森の中を急ぐと、例のきのこの蒼い灯が地上に点々と光る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何うもその様子が何んだか意味有り気なので、三人の娘もまなこを上げて、窓の硝子ガラスを透して外を眺めると、今夜は朧月夜おぼろづきよであるが、既に夜は更けて天地万物眠れるごとく、はる彼方かなたの森林では
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
映画が済んでから、またAデッキに出てみますと、太平洋は、けぶるような朧月夜おぼろづきよでした。きりがすこしたれこめ、うねりもゆるやかな海面を、ながめながら、Bデッキへの降り口にまで来たときです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜おぼろづきよにしくものはなし。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
朧月夜おぼろづきよに立つに似て一字も書く事ならずなりぬ
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
折から朧月夜おぼろづきよゆえ向河岸まで能く見えます。
あつらえたような銀鼠色ぎんねずいろ朧月夜おぼろづきよ、春のもやに蒸された梅が匂って、飲み過ぎた頭の芯が痛むような中を、なんの心もなくそぞろ歩いていると、道は不意に尽きて
冷たい賢がった女にだけなって逢っていて済むだろうかと朧月夜おぼろづきよ尚侍ないしのかみの心は弱く傾いていった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
誰しもまさかトランクが悠々と絨氈の上から腰をあげ、明け放しの硝子戸の間から、朧月夜おぼろづきよの戸外へと彷徨さまよい出たものとは思わず、その事実を推理し得た者はなかったのである。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
唯今ただいまは凄いほど、星がきらついて参りましたが、先刻、その時分は、どんよりして、まるで四月なかばの朧月夜おぼろづきよ見たような空合、各自てんでに血が上っておりましたせいか、今日の寒さに
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
六条院はこの朧月夜おぼろづきよの前尚侍と飽かぬ別れをあそばされたまま、今もその時に続いて長い恋をしておいでになり、どんな機会にまたうことができよう、今一度は逢って
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
湯氣ゆげかすみつたやうにたなびいて、人々ひと/″\裸像らざうときならぬ朧月夜おぼろづきよかげゑがいた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
朧月夜おぼろづきよ尚侍ないしのかみも静かな院の中にいて、過去を思う時々に、源氏とした恋愛の昔が今も身にしむことに思われた。近ごろでも源氏は好便に託して文通をしているのであった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そゞろにしみて、はるゆふべことばちぎりは、朧月夜おぼろづきよいろつて、しか桃色もゝいろながれしろがねさをさして、おかうちやんが、自分じぶん小船こぶねあやつつて、つきのみどりのがくれに、若旦那わかだんな別業べつげふかよつて
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
院は二条の朧月夜おぼろづきよの尚侍になお心をかれておいでになるのであったが、女三にょさんみやの事件によって、後ろ暗い行動はすべきでないという教訓を得たようにお思いになって
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
まずし、と早速訪ねて参りましたが、町はずれの侍町、小流こながれがあって板塀続きの、邸ごとに、むかし植えた紅梅が沢山あります。まだその古樹ふるきがちらほら残って、真盛まっさかりの、朧月夜おぼろづきよの事でした。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だれももう寝てしまったらしい。若々しく貴女らしい声で、「朧月夜おぼろづきよに似るものぞなき」と歌いながらこの戸口へ出て来る人があった。源氏はうれしくて突然そでをとらえた。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
朧月夜おぼろづきよの色なんだよ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
源氏にも頭中将にも第二の行く先は決まっていたが、戯談じょうだんを言い合っていることがおもしろくて、別れられずに一つの車に乗って、朧月夜おぼろづきよの暗くなった時分に左大臣家に来た。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)