彎曲わんきょく)” の例文
市中の地下鉄と違って線路が無暗むやみ彎曲わんきょくしているようである。この「上野の山の腹わた」を通り抜けると、ぱっと世界が明るくなる。
猫の穴掘り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
先ず彎曲わんきょくした屋根を戴き、装飾の多い扉の左右に威嚇的いかくてきの偶像を安置した門を這入はいると真直な敷石道が第二の門の階段に達している。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
間口の狭い、簡素な家で、ほかの家々と同じく彎曲わんきょくした、穴の開いた破風がついている。そして彼はわれを忘れてこの家に眺め入った。
それは丘の上にあり、その丘をめぐって小川が美しく彎曲わんきょくし、そしてくねくねとうねりながら、ひろびろとした柔かい牧場を流れてゆく。
それがいまわしい黒い虹の様に醜く彎曲わんきょくし、その先端に、実物を千倍に拡大した程の槍の穂先が、ドキドキと鋭く光って見えた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
牛窪村は谷がややひらけて、手取川が大きく彎曲わんきょくした島のような地形の上にあった。村の三方を川の流れがまわっていた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お城を取りまく堀と、そこから彎曲わんきょくした傾斜でそびえる巨大な石垣とに就いてはすでに述べた。この石垣は東京市の広い部分をかこみ込んでいる。
その自然木の彎曲わんきょくした一端に、鳴海絞なるみしぼりの兵児帯へこおびが、薩摩さつま強弓ごうきゅうに新しく張ったゆみづるのごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西のほうの海岸にみるような赤ちゃけた地肌のあらわな花崗岩かこうがんの丘がぎざぎざにつらなり、うねうねと彎曲わんきょくして、かなり間遠く両岸を形づくっている。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
乳ト臀部でんぶノ発達ハ不十分デ、あしモシナヤカニ長イニハ長イケレ※、下腿部かたいぶガヤヤO型ニ外側ヘ彎曲わんきょくシテオリ、遺憾ナガラマッスグトハ云イニクイ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彎曲わんきょくした短い足にズボンをはき、洋服をきて、チョコチョコ歩き、ダンスを踊り、畳をすてて、安物の椅子テーブルにふんぞり返って気取っている。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
川口は南方は彎曲わんきょくし、石で護岸工事がほどこしてある。岸はかなり高い。五郎は腰をおろした。また瓶の栓を抜いた。熱いものが咽喉のどをつらぬいた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あまりに低い天井の下にあって人の背骨が彎曲わんきょくするごとく、人の心も過重の不幸の圧迫の下に形ゆがんで、不治の醜さと不具とに陥ることがあるだろうか。
椅子もそれに合はせて造つてあつて、もたれが高く、脚が優美な彎曲わんきょくをなして、なかなか凝つた意匠である。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
縫い合わせた痕が醜く幾重にも痙攣ひきつって、ダブダブと皺がより、彎曲わんきょくしたくるぶしから土踏まずはこぶのように隆起して、さながら死んだふかの腹でも眺めているような
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
周防の深い山襞が、南に向って次第にゆるやかにわかれ、低まり、やがて砂の白い彎曲わんきょくした海岸となる。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「いき」な建築は円窓まるまど半月窓はんげつまどとを許し、また床柱の曲線と下地窓したじまどの竹にまと藤蔓ふじづる彎曲わんきょくとをとがめない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
かかる群集の動揺どよむ下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまにはぜが釣れるから待て、と大都市の泥海に、入江のごとく彎曲わんきょくしつつ、伸々のびのびと静まり返って
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岸に沿って彎曲わんきょくしている防波堤の石に腰かけてつえをたらせばその先の一、二寸はらくに海水にひたる。
軒端の線が両端に至ってかすかに上へ彎曲わんきょくしているあの曲がり工合一つにも、屋根の重さと柱の力との間の安定した釣り合いを表現する有力な契機がひそんでいる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
温度の相違などに依って空気の密度が局部的に変った場合、光線が彎曲わんきょくして思いがけない異常な方向に物のすがたを見る事があるね。所謂いわゆるミラージュとか蜃気楼とかって奴さ。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そのとき、かれは緋鯉の丸っこい胴体がじられて、彎曲わんきょくされて滑らかにあらわれたのをみた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこの石畳は一つ一つが踏みへらされて古い砥石といしのように彎曲わんきょくしていた。時計のすぐ下には東北御巡遊の節、岩倉具視いわくらともみが書いたという木の額が古ぼけたままかかっているのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
(岩切)という人にあって聞きました。トラホームだの頸腺腫けいせんしゅだのX彎曲わんきょくだの、というくだりは、あなたに、いい、といわれたばかりに、どこへでも持って歩いていたのです。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いくつもいくつも川の彎曲わんきょく部を越えて上って行くと、ひとりの女が川岸で踊っていた。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
近づくままに熟視じゅくしすると、岸には百じょう岩壁がんぺきそばだち、その前面には黄色な砂地がそうて右方に彎曲わんきょくしている、そこには樹木がこんもりとしげって、暴風雨のあとの快晴の光をあびている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
新撰字鏡しんせんじきょう』に「岸久万、また太乎里たおり、また井太乎利、曲岸なり」とある。ただしクマもタオリもともにまた山についてもいう語であるからこれは単に彎曲わんきょくというだけの意味であったと思う。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
装飾は全然ついてはいないがきわめて彎曲わんきょくして上へ昇っているため、中くらいの男でもそこにはまっすぐには立てず、しょっちゅう手すりの前に身体を乗り出していなければならないほどだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
他の一方には陰極が插入そうにゅうされていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のためにその経路を彎曲わんきょくされ
B教授の死 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
砂浜がゆるく彎曲わんきょくしてゆき、やがてしだいに岩の多い磯になると、近くに潮の流れでもあるとみえ、波はさらに荒あらしく、岩礁をんでは激しく飛沫しぶきをあげた。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
質屋の暖簾のれんだの碁会所ごかいしょの看板だのとびかしらのいそうな格子戸作こうしどづくりだのを左右に見ながら、彼は彎曲わんきょくした小路こうじの中ほどにある擦硝子張すりガラスばりの扉を外から押して内へ入った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その巡邏隊は、カドラン街の下にある彎曲わんきょくした隧道すいどうと三つの行き止まりとを見回ってきたところだった。
巨人の指は忽ち内部に彎曲わんきょくし始め、見る見る内に彼の主人である韮崎を握り締めてしまったのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
乗客達は皆窓から首を出したが、畑の真ん中の、線路が少し彎曲わんきょくしている土手の上で立ち往生したまま動かなくなっており、どう云う事故なのか、見たところちょっと分らなかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで石垣や門の持っている固有の様式がまた明白に己れ自身を見せ始めたのである。石垣や門の屋根などの持っている彎曲わんきょく線は、対岸の西洋建築には全然見いだされないものである。
(新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
砂浜は大きく彎曲わんきょくして凹んでいる。海が長年かかって、浸蝕しんしょくしたのである。今眺める海は静かだが、石垣島あたりで発生した台風が、枕崎や佐多岬に上陸して荒れ狂い、鹿児島から北上する。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
女の子のうんうんうなって、顔を赤くして針金ねじ曲げた子供の柔かいちからが、そのまま、じかに残っていて、彎曲わんきょくのくぼみくぼみに、その子供の小さい努力が、ほの温くたまっていて、君は
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町うぐいすよこちょう彎曲わんきょくした道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。
子規自筆の根岸地図 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
第二に右の方には、カドラン街の彎曲わんきょくした隧道すいどうが歯のような三つの行き止まりを持って控えている。
いぬそばやに似た草などの生えている水際みずぎわの線は、出入りや彎曲わんきょくが多く、対岸の林の樹影をうつす水は、たっぷりとあふれるほどの水量であるが、それは不透明に濁っていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ゴリラは歯をむき出して、威嚇いかくしながら、頸と太腿を掴んだ手を、ギュウとしめて、令嬢の死骸を弓の様に彎曲わんきょくさせた。今にも背骨がペキンと折れてしまうのではないかと思われる程。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真中まんなか袂時計たもとどけいほどな丸い肉が、ふちとすれすれの高さにり残されて、これを蜘蛛くもかたどる。中央から四方に向って、八本の足が彎曲わんきょくして走ると見れば、先にはおのおの鴝鵒眼くよくがんかかえている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
首の長いガラスのフラスコの底板を思い切り薄くして少しの曲率をもたせて彎曲わんきょくさせたものである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道の左を流れている上川が、諏訪すわの湖へはいる前に少し左へ曲ってゆく、その彎曲わんきょくしたところが草原になっていた。秀之進はそれを見当に足を早めていって、しずかに五人を追いぬいた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すると床の上に釣るした電気灯がぐらぐらと動いた。硝子ガラスの中に彎曲わんきょくした一本の光が、線香煙花せんこうはなびのようにきらめいた。余は生れてからこの時ほど強くまた恐ろしく光力を感じた事がなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし実戦においては中間の物を打つ必要があって、敵が近くにおり発射を急ぐ場合には、ますますそれが大切となる。十六世紀の旋条砲の弾道が彎曲わんきょくするその欠点は、装薬の弱さからきている。
風の影響もあるだろうが、それよりもむしろ、筒口を出る際の、偶然の些細な条件のために、時々は弾道が上の方でひどく彎曲わんきょくして、とんでもない方へ行って開く事もある。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女は五尺そこそこの身長で、骨も太く肉付きたくましく、あかい縮れ髪で、腰部は臼と云う以外に形容をなし難い。足は俗にがみまたといって、外方に彎曲わんきょくして短く太い。その上方に臀部でんぶが怒り出ておる。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
谷中の台地から田端たばたの谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲わんきょくした小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。
中村彝氏の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この花のおしべがばりのように彎曲わんきょくしてそのやくを花の奥のほうに向けていること
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)