参差しんし)” の例文
旧字:參差
り立ったようなこずえは葉を参差しんししていて、井戸の底にいるような位置の私には、草荵くさしのぶの生えた井の口を遙かにのぞき上げている趣であった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
赭土の土間の上には、青痰やら、煙草の吸殻やら、魚の頭、豚の軟骨、その他雑多なものが参差しんし落雑していて、ほとんど足の踏み場もない。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
春の水が春の海と出合うあたりには、参差しんしとして幾尋いくひろの干網が、網の目を抜けて村へ吹く軟風に、なまぐさ微温ぬくもりを与えつつあるかと怪しまれる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富士の美しくかすんだ下に大きい櫟林くぬぎばやしが黒く並んで、千駄谷せんだがや凹地くぼちに新築の家屋の参差しんしとして連なっているのが走馬燈のように早く行き過ぎる。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
絶壁の上のかえでの老樹も手に届くばかりに参差しんしと枝を分ち、葉を交えて、鮮明に澄んでのどかな、ちらちらとした光線である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
大方は雨漏に朽ち腐れて、柱ばかり参差しんしと立ち、畳は破れ天井裂け、戸障子も無き部屋どもの、昔はさこそとしのばるるがいと数うるにえず。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
拍子に幹を揺ぶるのである。参差しんしした枝々には時ならぬざわめきが起った。それらの枝にちょこなんととまっていた雪は、はずみをってだッと墜ちた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
すなわち内側から土塀の方へ、鉄よりも堅く思われるような老木をビッシリ植え込んで、枝や葉を網のように参差しんしさせて防禦ぼうぎょの態を造っているからである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聖人板敷山という深山を、つねに往返したまひけるに、かの山にして度々相待つといへども、更にその節をとげず、つらつらことの参差しんしを案ずるに、すこぶる奇特のおもひあり。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
今にもこわれそうな馬車だ。馬は車にれず、動かじとたたずむかと思うと、またにわかに走り出す。車の右は西山一帯の丘陵で、その高低参差しんしたる間から、時々白い山が見える。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
崖の上からはかえでと松が参差しんしと枝をさしかわしながら滝の面へおゝいかぶさっているのであるが、けだし此の滝は、さっきの音羽川の水を導いて来て、こゝへき入れたのであろう。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
右方にはセントアーン山高くそびえ、左方にはボウフナルト湾のきわまるところに、参差しんしとして白雪が隠見いんけんしている。これはかつて富士男が希望湾から望み見た、白点であった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
橄欖樹かんらんじゅ参差しんし交錯して、脚下に海は横たわりながら、眺望が一切利かないのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
やがて小高い岡に仰がれたのは、老杉ろうさん参差しんしとして神さびた湯前ゆまえ神社の石段であります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには宮殿の楼閣が参差しんしと列っていて、その間には珍しい木や草が花をつけていた。すこし行くと大きな殿堂がきた。それは白壁の柱で、みぎりに青玉を敷き、こしかけには珊瑚を用いてあった。
柳毅伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庭の内に高低こうてい参差しんしとした十数本の松は、何れもしのび得るかぎり雪にわんで、最早はらおうか今払おうかと思いがおに枝を揺々ゆらゆらさして居る。素裸すっぱだかになってた落葉木らくようぼくは、従順すなおに雪の積るに任せて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さて一種のにごった色のかすみのようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差しんし、任放、錯雑のありさまとなし、雲をつんざく光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
俗悪怪奇なものはいとわしい。丸ビルの如き切り取ったような四角のものもあってよかろうが、又参差しんしとして塔の林立せるが如きものもほしい。それにしても、帝国ホテルの屋根は矢張り好もしい。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
試に市内の高処に登って遠く眼を南方に放つと、南南西に当ってはるかの地平線上に、高低参差しんしたる三、四の峰頭をかすかに認めるであろう、之が伊豆半島の天城山で、右端の最も高いのが伴三郎ばんざぶろう岳である。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
細き太き、数知れぬ樹々の梢は参差しんしとして相交つてゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
参差しんしするこずえのために、星も見えなかった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
むかし「影参差しんし松三本の月夜かな」とうたったのは、あるいはこの松の事ではなかったろうかと考えつつ、私はまた家に帰った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
築山の木枝の参差しんしへかけて、満庭まんていの鬱々としてまた媚々びびたる、ものゝ芽の芽立ちの色の何というたましいまでに美しく人をき付けることでしょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
参差しんしたるまつヶ枝、根にあがり、横にい、空にうねって、いうところの松籟般若しょうらいはんにゃを弾ずるの神境しんきょうである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
売り物のひょろ松やらかしやら黄楊つげやら八ツ手やらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、その向こうには千駄谷の街道を持っている新開の屋敷町が参差しんしとして連なって
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わづかに板戸の隙間より内の模様を窺ふに、畳二三十も敷かるべく、柱は参差しんしたちならべり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
鬱蒼たる老樹の幹には蔦葛つたかずらの葉が荒布あらめのようにからみ着き、執念深く入り乱れた枝と枝とは参差しんしとして行く手の途を塞ぎ、雑草灌木の矢鱈無上に繁茂した湿っぽい地面につゝまれて
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それが密生し、根と茎とを参差しんしさせ、すき間もなく原野をおおうてつづいていた。地は熊笹に占有されて。人間はそれを刈り取って、彼の意志する一条の路をつくろうとするのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
キッと空を見上げたが、頭上には裸体はだかの大公孫樹いちょうが、枝を参差しんしと差し出していた。
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近くには半ば葉のちた巨木の枝が参差しんしとして「サルオガセ」が頼りなげにかかっている。朝から人にも逢わぬ。獣も見ぬ、鳥さえもかぬ、山中の白日は深夜よりもなお静かである。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
と、思うと、またふと足を止めて、参差しんしとした杉木立の奥をすかすように見た。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その階段から我々の佇んでいる道のべまで一面に広い乳白のいしだたみが敷き詰められて、中空に参差しんしし交錯した橄欖樹が、折からのかげった陽の光を受けて、ほのかに影を甃の上に落している平和さ
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
境遇に負けて人臆ひとおくれのする少年であった鼈四郎は、これ等の人気ひとけを避けて、土手の屈曲の影になる川の枝流れに、芽出し柳の参差しんしを盾に、姿を隠すようにして漁った。すみれ草が甘くにおう。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
段丘は雑木におおわれていた。丈なす笹やぶがつづいていた。参差しんしする草木の海を泳いで、磁石の針に導かれているのである。おいおいと消えて行くもや彼方かなたに、その土地の高低起伏が隠見した。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
苗樹ばかりの桑の、薄く芽ぐみたるがしのに似て参差しんしたり。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銅像の検閲を受ける銃剣の参差しんしのように並木のこずえり込みこまかに、やはりシルエットになって見える。それはかの女が帰朝後間もない散歩の途中、東京で珍しく見つけたマロニエの木々である。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)