卑猥ひわい)” の例文
ここは門司市、東川端の卑猥ひわいな街、カアルトン・バアの青い給仕人の花風病の体温、ロシア女の新らしい技術の中で無頼漢の唄う流行歌。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
黄色く薄濁りした液体が一ぱいつまって在る一升瓶は、どうにも不潔な、卑猥ひわいな感じさえして、恥ずかしく、眼ざわりでならぬのである。
酒ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし無名の手紙はなおつづいて来て、ますます侮辱的に卑猥ひわいになっていった。そのために彼らはいらだちと堪えがたい恥ずかしさとに陥った。
だれもがこんなうた囃子はやしを小ばかにし、またよろこび迎えた。その調子は卑猥ひわいですらあるけれども、陽気で滑稽なところに親しみを覚えさせる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ちっとも卑猥ひわいな心持を起させずに、ただ精緻せいちな観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、うしてもうまいと云わなければなりません。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし煩瑣はんさな、冗漫な文字もんじで、平凡な卑猥ひわいな思想を写すに至ったこの主義の作者の末路を、飽くまで排斥する客の詞にも、確に一面の真理がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その談話は何かと聞けば、競馬の掛けごとに麻雀賭博マージャンとばく、友人の悪評、出版屋の盛衰と原稿料の多寡たか、その他は女に関する卑猥ひわいきわまる話で持切っている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卑猥ひわいで無智だったパン焼職人の若い衆仲間のなかで、遂に死のうとしたほど苦しがっていた青年時代のゴーリキイ。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一方では酒を飲んでいた連中が、卑猥ひわいな歌を歌い出して、家が揺れるほど笑い興じていた。テナルディエは彼らをおだて、彼らに調子を合わしていた。
けれども彼には近藤の美的偽善ぎぜんとも称すべきものが——自家の卑猥ひわいな興味の上へ芸術的と云う金箔きんぱくを塗りつけるのが、不愉快だったのもまた事実だった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥ひわいなものやあくどい際物きわもので堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。
アインシュタインの教育観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
男も女もこの奇異な裸形らけいに奇異な場所で出遇って笑いくずれぬものはなかった。卑しい身分の女などはあからさまに卑猥ひわいな言葉をその若い道士に投げつけた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
卑猥ひわいな文句を浴せかけたり、楽書をしたりする者が出来てきたが、当人の低能娘はいっこう平気なもので、なぶられることを誇りともしないが、苦痛ともしない。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
座のなかから「——とっても、いけねえや」という頓狂とんきょうな、やや卑猥ひわいな調子をこめた声があがった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
卑猥ひわいな雑談にふけったり、流行唄はやりうたを唄ったりして夜更けまで闇の中をあちこちとうろつき廻った。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
女たちは思いきって卑猥ひわいなことを叫び、「入れてくれ」と、殆んど泣き声をあげて哀願していた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不作法ぶさはふ言辭げんじ麻痺まひして彼等かれらはどうしたら相互さうご感動かんどうあたるかと苦心くしんしつゝあつたかとおもやう卑猥ひわいな一唐突だしぬけあるにんくちからるとの一にんまたそれにおうじた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
七八歳の子供が卑猥ひわいきわまるうたなどを覚えて来てそれを平気で学校でうたっている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あの、卑猥ひわい牝豚めすぶたのような花子につちかわれた細菌が、春日、木島、そしてネネと、一つずつの物語を残しながら、暴風のように荒して行った痕跡あとに、顔を外向そむけずにはいられなかった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
油に汚れた作業衣を着た少年が先に立つて、その黒縮緬の丸髷の奥さん風の婦人を案内してゐるのを多くの職工等は目を丸くして見た。中には彼等特有の卑猥ひわいな声を浴びせるのもあつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
……卑猥ひわいにも不潔にもなじむことがない。あなたは生まれてからまだ一度も嘘をいったことがない。あなたは、この世で最も堅実で道義心の強いどの男性よりも、もっと堅実で道徳的です。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大黒を祀りて強欲の根拠とし、天満宮を卑猥ひわいのなかだちとし、観音を産婆代わりとし、狐、狸、天狗の妄談、いささかの辻神、辻仏に種々の霊験をみだりにいいふらし、仏神の夢想に託し
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
それも普通の仏説を応用して居るならば少しも怪しむに足らないですが、チベットには一種不可思議に卑猥ひわいなる宗教がありまして、その宗教の真理を修辞学に応用してあるのでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
残酷、卑猥ひわい、不倫というような毒々しい文字が諸新聞の劇評をうずめた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
純文芸の復興や、卑猥ひわい小説の擡頭たいとうなどの計画とともに、十把一からげの有様で、ついに科学小説時代の件もがらがらと崩れてしまったのである。これでは本質的には何とも説明のつけようがない。
彼等が眼は舞台の華美にあらざれば奪ふこと能はず。彼等が耳は卑猥ひわいなる音楽にあらざれば娯楽せしむること能はず。彼等が脳膸は奇異を旨とする探偵小説にあらざれば以て慰藉ゐしやを与ふることなし。
漫罵 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
たちまちにして読みおわりぬ。余音嫋々じょうじょうとして絶えざるの感あり。天ッ晴れ傑作なり貴兄集中の第一等なりと感じぬ。この平凡なる趣向、卑猥ひわいなる人物、浅薄なる恋が何故に面白きか殆ど解すべからず。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そしてこのニヒリスティックな人生観から、社会のあらゆる道義観や風俗に挑戦ちょうせんし、故意に人生の醜悪を描き、人間性の本能を高調し、隠蔽いんぺいされたものを引っぺがし、性の実感的卑猥ひわいを書き散らした。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
極めて操正しい女は、自ら知らずして卑猥ひわいであるかもしれない。
「貴様は直ぐ其様そんな卑猥ひわいなことを言ふから不可いかんよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
決して卑猥ひわいなるものという事は出来ない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
駅売りの粗悪で卑猥ひわいな雑誌などにも載るようになり、自分は、上司幾太(情死、生きた)という、ふざけ切った匿名で、汚いはだかの絵など画き
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
卑猥ひわいと道徳とを和解させんとする「男らしい淡泊たんぱくさ」——結婚に淫蕩いんとうの様子を与えながら結婚を保護する放逸な貞節さ——いわゆるゴール風なのであった。
そしていろいろ人を笑わせるつもりらしい粗暴なあるいは卑猥ひわいな言語を並べたりした。「あの曲がった煙突をかくといいんだがなあ」などという者もあった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この詩章を読みて卑猥ひわいなりとなすものあらば、そはこの詩章の深意を解すること能はざるものなり。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
聖母や小児イエスなどが出て来る道化た卑猥ひわいな歌だった。テナルディエの上さんまでが、その仲間に加わって笑い騒いだ。コゼットは例のテーブルの下で火を見つめていた。
警察の門を出て、私は卑猥ひわいにわらった刑事の顔を思い出しながら、渡されたチタ子が女としての売行表リストとも思われる一枚の紙片を読んだ——佐田チタ子、女事務員。十七歳。女学校は中途退学。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
客も入っていないのに、彼女たちは大きな声で卑猥ひわいな歌をうたう。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
みなさんに忘れられないように私の勉強ぶりをときたま、ちらっとのぞかせてやろうという卑猥ひわいな魂胆のようである。
あるいは得意げな気取った判断を述べ、あるいは不条理な比較を試み、あるいは無作法なこと、卑猥ひわいなこと、狂気じみたこと、駄洒落だじゃれめいたこと、などを口にした。
この詩章を読みて卑猥ひわいなりとなすものあらば、そはこの詩章の深意を解すること能はざるものなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前夜、馬方らと酒をのみながら、煙草たばこをふかしながら、卑猥ひわいな歌を歌いながら、彼は猫のようにうかがい数学家のように研究して、始終その見なれぬ男を観察していたのである。
卑猥ひわいであくどい茶番はヤンキー王国の顧客にはぜひとも必要なものであろう。
卑猥ひわいで不名誉な雰囲気を、「おまけの附録」としてもらって、そうしてそのほうが、自分の休養などよりも、ひどく目立ってしまっているらしいのでした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ある人々は他人をまねて、朝刊新聞が切り売りする卑猥ひわいなものを書こうと苦心していた。彼らはそれを、一週に一、二回、きまった日に規則正しく生み出していた。
時間を浪費し、パイプをくゆらし、暴言を吐き、酒場に入りびたり、盗人と知り合い、女とふざけ、隠語を用い、卑猥ひわいな歌を歌い、しかもその心のうちには何らの悪もないのである。
ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥ひわいな分子が多いように思われており、また実際そうであるのは、これらのものの作者が従来精神的素養の乏しい階級に属していたためにそうなったので
漫画と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もううちの食べものなど、全く心配しない事にしよう。「牛の肉だぞ」なんて、卑猥ひわいじゃないか。食べものに限らず、家の者の将来に就いても、全く安心していよう。
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるいはしばしば曖昧あいまい卑猥ひわいな情景にたいして、すなわち一言にしていえば、すべて普通の良識と謹直とを傷つけるようなものにたいして、意地悪い嗜好しこうを示していた。
木炭で書きなぐった卑猥ひわいな絵が見えていた。