判然はっきり)” の例文
ゴウという凄じい音の時には、それに消圧けおされて聞えぬが、スウという溜息のような音になると、其が判然はっきりと手に取るように聞える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「品物なら判然はっきりそう解釈もできるのですが、不幸にも御礼が普通営業的の売買ばいばいに使用する金なのですから、どっちとも取れるのです」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
露骨にったら、邪魔をするなかれであるから、御懸念無用と、男らしく判然はっきり答えたは可いけれども、要するに釘を刺されたのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっと活々いきいきした美少年が、二枚折の蔭から半身を出して、桜子の寝姿を、いとも惚々と眺めて居るのだということが判然はっきりわかりました。
その申し立ての真偽がまだ判然はっきりしないので、ひと先ずおぎんを門番所へ連れて行って、取り逃がさないように監視を申し付けて置いた。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「こんなに大勢の子供と年寄を預かっていて、あなたの居所が判然はっきりと分らないような御旅行なら、私はお留守番は御免蒙りますよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
曲る時一寸此方に振りむいたらしい。しかしそれも判然はっきりしなかった。宇治はふしぎな表情を浮べたまま、じっとそこに立っていた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
が、軈て船員達や出迎えに来てくれた同僚の顔が段々判然はっきりと見えてきて意識を回復すると、急いで胴中に手をやった。そして愕然とした。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
今考えているような判然はっきりとした気持ちをもってではないが、私はそれを、何となく物足らない寂しいことと感じないではいられなかった。
幾十里隔てて、橋本の姉と同じ国に来ているような気がしない、と夫は言ったが、お雪にはまだその方角さえも判然はっきりしなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あわてゝ手探りに枕元にある小さな鋼鉄くろがね如意にょいを取ってすかして見ると、判然はっきりは分りませんが、頬被ほうかぶりをした奴が上へしかゝっている様子。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
判然はっきりしたことはもう覚えてもいなかったが、ちょうどその時分が結婚後間もなく胸の病を発してきた妻が、鎌倉の病院で亡ったばかりの頃で
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「ブレインさんは食堂の方で葉巻をもう終りかけておられる頃だろうし、オブリアン司令官は温室を散歩しておいでだろう。判然はっきりは解らんが」
やがて自分の才能や感覚に判然はっきりした見極めがついて何の特異さも認め難い時がくるとこれくらゐ興ざめた、落莫とした人生も類ひ稀なやうである。
そして自分の佇んでゐる所が元の邸のどの辺に当るかといふ事を判然はっきり知る事が出来るのだった。そこが流し元だった。一段上ると上台所だった。
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
コバルト色の山が、空と一つに融ければとて、雪の一角は、判然はっきりと浮び上る、碧水の底から、一片の石英が光るように。
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それから、気味が悪いなと思いながら、依然やっぱりつりをしていると、それが、一度消えてなくなってしまって、今度は判然はっきりと水の上へ現われたそうです。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
しかし、やせ蛙に負けるなと云った一茶の様な、ねじけた心持でなかった事けは判然はっきり云える。澤田正二郎が、蛙をマークとした意味とも全く違う。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
それきり私はすッと四辺あたりが暗くなって深い深い谿たにへ落ちてゆくように感じましたが、その後は誰が何を云ったのやら、判然はっきりとおぼえて居りません。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
その理由は判然はっきりしないが、もちろん確たる反証があるわけではなく、ただ漠然たる感じとして、三津子を犯人に択ぶには物足りなさがあったのである。
地獄の使者 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「どうも、仰言おっしゃる言葉が判然はっきりみ込めませんが、しかし、結局あの遺言書の内容が、なんだと云われるんです?」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
古来一流の作家のものは作因が判然はっきりしていて、その実感が強く、従ってそこに或る動かし難い自信を持っている。
自信の無さ (新字新仮名) / 太宰治(著)
特に何者であるということが判然はっきりしないが、変な気がしてあたりをぐるぐる見廻した。なまこ色の壁と、障子と、床の間の小さな香爐こうろとが目にはいった。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
増賀上人の遥に遠い東の山には仔細らしい碁盤や滑稽こっけい胡蝶こちょう舞、そんな無邪気なものが判然はっきりと見えたのであろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
東北には相違ないのですが、果たしてどこかということは判然はっきりしませんけれども、私は福島地方だと思います。
自殺をする奴等は、きっとこんな風に坐って、最後の願望ねがいを書き遺すにちがいない。そのときの心持はどんなだろう。おれは判然はっきりとわかるような気がする。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
しかし、此のジュッド医師の話しを聴いていると、何となく、追いおい事件の輪廓が判然はっきりして来るのである。
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
家の人たちも省作の心は判然はっきりとはわからないが、もう働いたらよかろうともえ言わないで好きにさしておく。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
時刻の判然はっきりしないのには困りますネ、西洋では五分の違いで有罪と無罪と分れたという実例もありますが、左様は我国では参りませんネ、まえに一高の教授が
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
薄暗いランプの蔭に隠れて判然はっきりわからなかったが、ランプを置いた小汚ない本箱の外には装飾らしい装飾は一つもなく、粗末な卓子に附属する椅子さえなくして
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それが、滑ったことを書かねばいられないという気持か、小説を書くことによってこの自己を語らないではいられないという気持か、自分には判然はっきりしなかった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
苦心して見つけ、手を労して写した古画など、二十年、三十年のものでも、判然はっきりと今も目に浮かびます。
眼前めのさきにまざまざと今日の事が浮んで来る、見下した旦那の顔が判然はっきり出て来る、そしてテレ隠しに炭を手玉に取った時のことを思うと顔から火が出るように感じた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いや。まだ判然はっきりしませぬ。ただこれは今の東作老人の初対面の印象を、医学上から来た一つの仮想を
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しばらくそのままにして居る傍から、どうぞ御近日と今日は「どうぞ」を判然はっきり云われて、それを汐に立って婢があなたと呼んだは、その剰銭つりを請取へ包んで呉れたので
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
文科の私がいつから此の法科の二人と懇意になったのか判然はっきりしないが、恐らく高等学校の二年時分の事らしい。何でも杉が私の手に握って居る五十銭銀貨を横眼で睨んで
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、彼女が女性であることは、他の独身の男などの家へ取立てにゆくばあい判然はっきりするのである。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その時、その妙善の梵妻だいこくが、お茶を持って入って来たんです。で、かく夫妻ふたりとも判然はっきり見た。
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
瑠璃子は、昏睡こんすいから覚める度に、美奈子の耳許近く、同一の問を繰返していた。が、その人は容易に、来なかった。電報が運よく届いているかどうかさえ、判然はっきりしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ふるさとよ、美しい土地よ。この世の光をそこで初めて私が見たその国は、私の眼前に浮かんで常に美しく判然はっきりと見えている——私がそこを立ちいでた日の姿のままに(9)。」
神代かみよのような静寂が天地を占めるなかに、黒いとろりとした水が何マイルもつづいて、島か陸地か判然はっきりしない岸に、すくすくと立ち並ぶ杉の巨木、もう欧羅巴ヨーロッパの文明は遠く南に去って
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
しかもその雄蝶は黒く雌蝶は青いのまで、竜之助の眼には判然はっきりとして現われました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それほどの光ですから、私たちの安易な考え慣れた光明とはかなり勝手が違うのであります。従って、そんなに在ることは判然はっきりしていながら、判然在るようには感じられないのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
英国にも兎径ヘヤー・パスという村や野が数あり兎が群れてその辺を通ったからこの名を生じた。兎の通路は熟兎のよりも一層判然はっきりするという事だが、わが邦の兎道うじなどいう地名もこのような起因かも知れぬ。
蔚山をってまもなく、エンジンの激しい音の間にばら、ばら、ばらと云う異様な音が走るので、不思議に思って海の上に眼をやると、そこには己の飛行機と同じ飛行機の姿が判然はっきりと影を落している。
追っかけて来る飛行機 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白髪交しらがまじりの髪は乱れているまで判然はっきり見える、だがその男にはついぞ見覚えがなかった、浴衣ゆかたの模様もよく見えたが、その時は不思議にも口はきけず、そこそこに出て手も洗わずに母家おもやの方へ来て寝た
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
彼女は晩夏の花のやうに傲慢ごうまんに唇をそらした。定は黙つて彼女を聴き、聴き畢ると眼を真昼の星宿の方へと投げた。彼は自分のうち判然はっきりとした形をとつた花子への「憎悪」をはじめての時に感じた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
ビラは判然はっきりと語った
動員令 (新字新仮名) / 波立一(著)
それは前後で丁度三、四回も繰り返されたでしょう。私も始めはただその突然なのに驚いただけでした。二度目には判然はっきり断りました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そのことにございます。まだ判然はっきりいたしたわけではございませんが、ことによれば、真物ほんものの彦四郎貞宗が戻るかもわかりません」