遺書かきおき)” の例文
「それは存じませんが、ある晩私にそれを見せて、もうこれで、遺書かきおきが出来たから、いつ死んでもよいと、冗談を申して居りました」
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
斯の如くの遺書かきおきを越前守殿きかれ如何にもあはれの事に思はれしかば心中に扨は其島が殺されし死骸は思當おもひあたりし事も有とて考へ居られけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
べりの下駄も、遺書かきおきも、俺のさせた狂言で、うまく国許をずらかってから、彼女あいつは、江戸で女師匠、俺は、持ったがやまい博奕ばくち、酒。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただお町の繰り言に聞いても、お藻代の遺書かきおきにさえ、黒髪のおくれ毛ばかりも、怨恨うらみは水茎のあとに留めなかったというのに。——
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この御恩を報ずる生命いのちが私にないのかと思うと私は蒲団を掴み破り、畳をかきむしり、老先生の遺書かきおきを噛みしだいてノタ打ちまわった。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中を開くと、玩具のやうな純銀の化粧道具が三つ四つ、眞ん中の深いポケツトに、小さく疊んだ半紙の遺書かきおきが入つて居るのです。
この遺書かきおきは警察宛てだったので、すぐ開けられたの。あたしは検事さんが読んでいる内にハラハラと熱い口惜くやし涙を流したわ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
竜之助は黙って、自分だけは遺書かきおきもしなければ辞世もつくらず、介錯かいしゃくをしてやろうとも言わず、もとより頼もうと言う者もありませんでした。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どんな妖婦でも、昔の毒婦伝に出て来るやうな恐ろしい女でも、自分を恨んで死んだ男の遺書かきおきを、かうまで冷酷に評し去る勇気はないだらう。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
彼は別室へ往って伯父と新八郎に宛てて遺書かきおきを書き、再び正太夫の死骸の前へ往って諸肌を抜いで短刀を腹に擬した。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
河畔かわばたの柳の樹に馬を繋いで、鉛筆で遺書かきおきを書いてそいつを鞍に挟んでおいて、自分は鉄橋をわたって真中からどぶんと飛込んじゃった。残念でならんがだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
御主人様が是だけの遺書かきおきをおつかわしなさるは何のめだと思わッしゃる、そんな事をしなさると、飯島のいえつぶれるから、やしきく事は明朝までお待ち
そして恐らく私の遺書かきおきを、貴郎が発表なさらぬ限りは慶安謀叛の真相とその発覚の顛末については、多くの後世の史家達も首を捻ることでございましょう。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
煉瓦に刻んだ遺書かきおきと云ったのは、これのことだなと思うと、恐ろしさに身震いが出たが、恐ろしければ恐ろしい程、それを読んで見ないではすまされぬ気持ちで
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小万こまんは涙ながら写真と遺書かきおきとを持つたまゝ、同じ二階の吉里よしざとへやへ走ツて行ツて見ると、素より吉里のらう筈がなく、お熊を始め書記かきやくの男とほかに二人ばかり騒いでゐた。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
小万は涙ながら写真と遺書かきおきとを持ったまま、同じ二階の吉里の室へ走ッて行ッて見たが、もとより吉里のおろうはずがなく、お熊を始め書記の男と他に二人ばかりで騒いでいた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
だが、遺書かきおきがないのだ。——そこで一人の敏腕な刑事が疑いを残してみたくなる。
遺書に就て (新字新仮名) / 渡辺温(著)
俺の死体が発見された時、せめてこの顛末だけは判るように、遺書かきおき代りに、出来るだけくわしく記事を書いて置こう。それでこそ新聞記者らしい最期というもんだ。……おお、そうだ。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それから、申し添えて置きますが、ここへ来る前、わたしは、家族や、子分たち、知己、友人、その他に、遺書かきおきを残して来ました。あなたを殺し、自分も死ぬつもりじゃったからです。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
吾儕わがみが先立てば誰とて後で父樣とゝさまの御介抱をば申し上ん夫を思へば捨兼すてかねる生命を捨ねば惡名をすゝぐに難き薄命ふしあはせお目覺されし其後に此遺書かきおき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その診察に因って救うべからずと決した時、次のかしこまっていた、二上屋藤三郎すなわちお若の養父から捧げられたお若の遺書かきおきがある。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の訪れを予期して角三郎が書いて行ったものには違いないが、いつものうれしい文字ではない遺書かきおきと云ってもいい悲壮なものであった。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、遺書かきおきの立派なお言葉に、殿も今さら後悔の御様で、——なんにもおっしゃりはしないが、黙って我慢していられるだけにお気の毒だ
という意味の遺書かきおきを残して、真昼間まっぴるま、家出してしまった。好人物の蟹口はこの遺書かきおきを真面目に信じて、届出とどけでなかったらしい。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どんな妖婦ようふでも、昔の毒婦伝に出て来るような恐ろしい女でも、自分を恨んで死んだ男の遺書かきおきを、こうまで冷酷に評し去る勇気はないだろう。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
遺書かきおきにも書き残してあった通り、女の一方が一つか二つか年上で、弟をいたわるように、心ならずも引かされて死んでやったと見るべきだから
そして自分の事を書いてある遺書かきおきのあるのをどうかして知っていて、それをろうと部屋中探したに違いないとね。何てずうずうしいんでしょう。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
飯島の遺書かきおきをば取る手おそしと読み下しまするに、孝助とは一旦主従しゅうじゅうちぎりを結びしなれどもかたき同士であったること、孝助の忠実にで、孝心の深きに感じ
小万こまんは涙ながら写真と遺書かきおきとを持ったまま、同じ二階の吉里よしざとへやへ走ッて行ッて見ると、もとより吉里のおろうはずがなく、おくまを始め書記かきやくの男とほかに二人ばかり騒いでいた。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
葉之助へ一封の遺書かきおきを残し、弓之進が屠腹とふくして果てたのはその夜の明方あけがたのことであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
遺書かきおきのようなものを、肌を離さずに持っていたのを、どうかした拍子に、ちらと見てからと云うもの、少しも気を許さない。どこへ出るにも馬丁をつけてやることにしていたんだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
両親の所へ詫状(或は遺書かきおき)の一本位寄越してもよさそうなものじゃないか。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
みすみす、おまえたちと朝夕ひとつに暮していた山吹が、遺書かきおきして出て行ったのに、のめのめ見ごろしにするという法があるか。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遂て遣はすシテ其遺書かきおき持參ぢさん致居るかと問るゝに御意ぎよいの如く持參ぢさん仕つりしと吉兵衞は懷中ふところより取出して指出さしいだしければ越前守殿是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
遺書かきおきがあつたんで——くはしいことはわかりませんが、見張るやうに頼んで置いた神樂坂の友吉が、暗いうちに使ひをよこしてくれましたよ」
私はとりあえず支那料理屋に電話をかけると、すぐに二階に上ってなつかしい葉巻の煙に酔いつつこの遺書かきおきを書き始めた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
むごたらしい殺され方を見た時、その遺書かきおきを繰返して見た時、不貞の女の当然の報いを眼前に見せられても、なおその女が憎いとは兵馬には思えないで
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先以まずもって御主人様のお遺書かきおき通りに成るから心配するには及ばん、お前は親のかたきは討ったから、是からは御主人は御主人として、其の敵をかえし、飯島のお家再興だよ
京子は、そう答えると再び倭文子の寝台に近づいて、上にのっている羽蒲団はねぶとんをめくってみた。彼女は倭文子の遺書かきおきのようなものがありはしないかと思ったからである。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
旅籠はたごの表は黒山の人だかりで、内の廊下もごった返す。大袈裟おおげさな事を言うんじゃない。伊勢から私たちに逢いに来たのだ。按摩の変事と遺書かきおきとで、その日の内に国中へ知れ渡った。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その紙片こそは由井正雪が臨終に際して書きのこしたところの世にも珍らしい遺書かきおきなのであって、慶安謀叛の真相と正雪の真価とを知りたい人には無くてならない好史料なのである。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
俺は煉瓦の遺書かきおきを読んだ。そして、幸右衛門という奴は、母と俺とを、ひどい目に合わせたばかりでなく、父の源次郎を、生埋めにした下手人であることが分った。俺は父の骸骨に復讐を誓った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが、あいつも十六だったんですから、自分から死ぬ気なら遺書かきおきの一本も書くでしょうし、生きてるなら三年此来このかた便りのない筈はねえでしょう。あっしはどうしても支倉が怪しいと睨んでいるんだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
『うちの女房ばばが、きょうは住吉の縁家までまいって留守じゃ。よしよし遺書かきおきをして参ろうか。数右衛門、暫時しばらく、失礼申すぞ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家出された時が二十歳はたちであったが着のみ着のままで遺書かきおきなぞもなく、また前後に心当りになるような気配もなかったので探す方では途方に暮れた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「平次、厄介なことが起つたな。研屋とぎや五兵衞の遺書かきおきが表沙汰になると、御腰物方が三人、腹切り道具になるが——」
遺書かきおきを書いて、二人の身を、三井寺に近い琵琶湖のふちへ投げたが、倉屋敷の船頭に見出されて——男をひとり常久とわの闇に送って自分だけ霊魂を呼び返される。
清左衞門は実に呆然ぼんやりして、娘は盗賊どろぼうの汚名を受けこれを恥かしいと心得て入水じゅすい致した上は最早世にたのしみはないと遺書かきおきしたゝめ、家主いえぬしへ重ね/″\の礼状でございます
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
細い身体からだなら抜けられるくらい古壁は落ちていたそうですけれど、手もきよめずに出たなんぞって、そんなのは、お藻代さんの身に取って私は可厭いや。……それだとどこで遺書かきおきが出来ます。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
テーブルの上には、遺書かきおきらしく思はれる書状が、数通重ねられてゐる。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)