ごと)” の例文
酒で頭脳あたまただれたようになっている芳太郎は、汽車のなかでも、始終いらいらしていた。そして時々独りごとのような棄て鉢を言った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夏目先生は書のふくを見ると、独りごとのように「旭窓きょくそうだね」と云った。落款らっかんはなるほど旭窓外史きょくそうがいしだった。自分は先生にこう云った。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「どうでも、おじじにねだって、あれをってもらうぞ。」と、かがやくひとみ楽器がっきつめて、こう、ひとりごとをするのでした。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
男も、まだ十七、八歳の小冠者こかんじゃだった。秘密のさざめごとを、人に聞かれたかと、恥じるように、顔をあからめて振りかえった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっきからまるで狂気になって、何か彼かひとりごとをくどくどと繰り返して饒舌しゃべりつづけていた母親は、私が立って上り框から庭に下りようとするのを見て
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「ああ、フランボウ先生、早やく戻って来てくれるといいんだがなあ」と彼はひとごとをつぶやいた。
鳥を追えば、こだまさえ交えずに十里を飛ぶ俊鶻しゅんこつの影も写そう。時には壁から卸してみがくかとウィリアムに問えば否と云う。霊の盾は磨かねども光るとウィリアムはひとごとの様に云う。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
追っつけ三子の来そうなもの、と魚屋の名をひとごとしつ、猪口を返してしゃくせし後、上々吉と腹に思えば動かす舌もなめらかに、それはそうと今日の首尾は、大丈夫此方こちのものとはめていても
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上司氏はひとごとを言ひながらにやりと笑つた。
そりゃ話をなさると云っても、つまりは御新造が犬を相手に、長々と独りごとをおっしゃるんですが、夜更よふけにでもその声が聞えて御覧なさい。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「私も永いあいだ、世帯の苦労ばかりして来て、今死んで行っては真実ほんとうにつまらない。」叔母は唸るように独りごとを言った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
独りごとのようにいい捨てた語尾には、ふだんの清十郎とは違った熱があった。小次郎がいやなら、自分ひとりでも先へ帰りそうな様子であった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無口むくちわかおとこは、あたりのさびしくなった景色けしきまわしながらひとごとをしていました。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
かくのごとくあらん限りの空気をもってっぺたをふくらませたる彼はぜん申す通り手のひらでほっぺたを叩きながら「このくらい皮膚が緊張するとあばたも眼につかん」とまたひとごとをいった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、ようやく我に返った調子で、ひとりごとのようにいって沈吟している。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「家を開けちゃ困るじゃないか。」笹村は独りごとのように言って、すぐに出て行った。お銀も間もなくそこをって来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
木村少佐は葉巻を捨てて、珈琲コオヒイ茶碗を唇へあてながら、テエブルの上の紅梅へ眼をやって、独りごとのようにことばを次いだ。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここで、そうか——とつぶやいた秀吉のひとごとのうちには、後に思い合わせると、すでにこの一瞬、彼の胸には、或る大計がもう立っていたものらしかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとお蓮は嬉しそうに、何度もこう云う独りごとつぶやいてたと云うじゃないか?——『森になったんだねえ。とうとう東京も森になったんだねえ。』
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それを、兵部ひょうぶひとごとのように、外の男は、そら耳にうけて、じっと、暗い川波を見つめていたが
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「随分いい家ね。」お増はひとごとのように言った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勿論弟子はすぐに良秀に手をかけて、力のあらん限り揺り起しましたが、師匠は猶夢現ゆめうつゝひとごとを云ひつゞけて、容易に眼のさめる気色はございません。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとごとを洩らした孫兵衛、ひょいと気がついてみると、いつかグルリと廻って表門の前に来ていた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お雪は独りごとのように言っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
独りごとをもらしながら坂の下から駈け上がって来た。耳にとめて、三名のほうは坂の途中で足をとめた。——御免といってすれちがって行く五倍子染をふりかえって
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小野の小町 (独りごとのように)あの時に死ねばかったのです。黄泉よみの使に会った時に、……
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとりごとをもらしながら、若いのかじじいなのか、わからぬような顔をちょっとしかめていると
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
哲学者のマッグは弁解するようにこうひとごとをもらしながら、机の上の紙をとり上げました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その独りごとは、いつのまにか、われを忘れたかの如く高くなり、気がつくとまた、低くなった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は或瑣末さまつなことの為に自殺しようと決心した。が、その位のことの為に自殺するのは彼の自尊心には痛手だった。彼はピストルを手にしたまま、傲然ごうぜんとこうひとごとを言った。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何かんでいるようにもぐもぐ口の端から泡を出してひとごとをいっていたが、やがて、猩々しょうじょうが腹を掻くときのように、ぬうと胸を反らすと、ぎょろりと孔明をにらみつけて
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなものよりは小説家の方が、まだしも道に近いやうな気がする。「尋仙未向碧山行せんをたづねていまだむかはずへきざんのかう住在人間足道情すんでじんかんにあるもだうじやうたる」かな。なんだか今夜は半可通はんかつうな独りごとばかり書いてしまつた。(十月二十日)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「——めずらしい者が舞い込む……」と、これはひとごとのように笑いながらつぶやいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一体世の中の恋と申すものは、皆そのようにはかないものでございましょうか。」と独りごとのように仰有いました。すると若殿様はいつもの通り、美しい歯を見せて、御笑いになりながら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
玄徳の手にその書簡は引き裂かれ、その眸は、天の一方を見て、ひとごとにこう叫んだ。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王子 (独りごとのように)しまった! 声を出したのは悪かったのだ!
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それゆえに手を分けて、毎夜、川すじの怪しい舟をあらためているのじゃが、只今、この土橋どばしのほとりへまいったところ、下の小舟のとまのうちで、甘やかな、女のさざごとが洩れる……
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何しただい?」——廉一はかならず叔父の顔へ、不安らしい目付きを挙げるのだつた。「此処はもとどうなつてゐつらなあ?」——汗になつた叔父はうろうろしながら、何時も亦独りごとしか云はなかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
又八は、さじを投げた。——そう急ぐにも当らないことをと、独りごとにつぶやいて。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トルストイ夫人は首を傾けながら、独りごとのやうにかう云つた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
独りごとにしては、大きな声だ。外郎売は、そういうと、道をえて立ち去った。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
オルガンティノは歩きながら、思わずそっと独りごとを洩らした。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとりごとをいいながら六番堂、十二番、順もなく札所歩きを、初めたので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毛利もうり先生の事を思い出す。」と、独りごとのようにつぶやいた。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、一言、独りごとを空へ吐いたまま前後不覚に眠っていたのであった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(独りごとのように)剣だけは首くらいれるかも知れない。
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「何をいうぞひとごとを。——知れたこと、繰り返しても、益はない」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かがみ込んだまま地に向って、お蝶は、ひとりごとのように言う。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとりごとをいいながら、小次郎は先へ歩いてゆくのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涙のまなじりをふさいで、紋太夫は、うわごとのようになお訴える。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)