規矩きく)” の例文
兵馬倥偬へいばこうそうの日常、政務の繁劇はんげきと、門客の出入りと、睡眠不足と、あらゆる公人的な規矩きくから寸分でも解かれて、ほっと一息つく間に
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の生活は、急激な反動の連続——極端から極端への飛躍の連続だった。あるいは、非人間的禁欲主義の規矩きくに生活を押込もうとした。
すなわち規矩きくに完全に合致して透明となったところから生ずる自由が、この動きにあの溌剌はつらつとした美しさを与えるのであろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「彼は招かれてはいないんです、松山(茂庭周防)は御承知のとおりの気性だし、涌谷さまは規矩きくみださない方ですからね」
堺氏は「およそ社会の中堅をもってみずから任じ、社会救済の原動力、社会矯正きょうせい規矩きく標準をもってみずから任じていた中流知識階級の人道主義者」
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆をかくし、楽人はしつげんを断ち、工匠こうしょう規矩きくを手にするのをじたということである。(昭和十七年十二月)
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
晩年に至っては神仙味を加え、起居動作縹渺ひょうびょうとし、規矩きく人界を離れながら、尚乱れなかったということである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本人は画の理解があればあるほど狩野かのう派とか四条派とか南宗とか北宗とかの在来の各派の画風に規矩きくされ
栄玄は樸直ぼくちょくな人であったが、往々性癖のために言行の規矩きくゆるを見た。かつて八文の煮豆を買って鼠不入ねずみいらずの中に蔵し、しばしばその存否を検したことがある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかしてのちある義士ぎし一撃いちげきたほれたりとかば事理分明じりぶんめいにして面白おもしろかるべしといへどもつみばつ殺人罪さつじんざいは、この規矩きくにははづれながら、なほ幾倍いくばい面白味おもしろみそなへてあるなり。
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
若し夫れ通人才子の情を寄せ興を託する、雅趣余りあらざるに非ざるも、しかも必ず其の規矩きくに出入し、動きてすなはち合ふ能はざる、是を雅にして未だ正しからずと謂ふ。
文芸鑑賞講座 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
予が殊に今日の詩人に於て甘服かんぷくする能はざる所ろは、一定の規矩きくを立てゝ人と己とを律せんとするに在り。審美の学を作りて、是を以て詩界の律令と為さんとするに在り。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
すなわち賢人君子のまなこよりせばあるいは児戯じぎに等しいかは知らんが、青年時代の希望の実状をいんしてこれを現今の実際と照合し、もって理想の規矩きくにあててみるのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また文章の模範は漢魏を専らとなし、詩賦は盛唐を以て規矩きくとなすべきことを主唱したのである。荻生徂徠は明代の学者の説いた所をそのままわが元禄げんろく時代の学界に移し入れた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その時まで彼の唯一の規矩きくだった合法的肯定とはまったく異なった一つの感情的啓示が、彼のうちに起こってきた。もとの公明正大さのうちに止まるだけでは、もう足りなくなった。
体験さるる意味の論理的言表の潜勢性を現勢性に化せんとする概念的努力は、実際的価値の有無または多少を規矩きくとする功利的立場によって評価さるべきはずのものであろうか。いな
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
六如のもつてゐた尖鋭な気禀きひんを嗅ぎ、楚といふ楚が、各自の思ふがままに真直に伸びて往くこの木の枝振りの気儘さと頑さとに、自ら風流第一と許した画人の、世間の規矩きくを超越した
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
美は一切の道徳どうとく規矩きくを超越して、ひとりほこらかに生きる力を許されている。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
が、すでにその人亡き今日、何ぞ先人の規矩きくにとらわるるの要あろうや——である。秀吉にはおのずから秀吉の資質がある。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武家の完全な消費生活では、厳しい規矩きくによって手足を縛られ、退屈と無気力に馴らされる、生活は保証されるが冒険もなければ夢も理想もない。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
また胡飲酒こいんず抜頭ばとうなどの林邑楽をその中間に加えることもまれでない。しかしこれらの林邑楽は、どの記録から推しても、あまりに繊細な規矩きくに束縛されている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
家数にして五百軒、いらかを並べ軒を連ね、規矩きく整然と立ち並んださまは、普通の町とかわりがない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くがや浜田は早くも去って古川一人が自恃庵の残塁にっていたが、区々たる官僚の規矩きくを守るをいさぎよくしないスラヴの変形たる老書生が官人気質の小叔孫通とれるはずがないから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「世に愛せられず、世をも愛せざる者なり」(I love not the world, nor the world me.)繩墨の規矩きく掣肘せいちうせらるゝこと能はざる者なり
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
思ふに前記の諸篇の如き、布局法あり、行筆本あり、変化至つて規矩きくを離れざる、能く久遠にるべき所以ゆゑんならん。予常に思ふ、芸術の境に未成品あるしと。紅葉亦然らざらんや。(二月三日)
孔明が軍馬を駐屯ちゅうとんした営塁えいるいのあとを見ると、井戸、かまど障壁しょうへき、下水などの設計は、実に、縄墨じょうぼくの法にかなって、規矩きく整然たるものであったという。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに対して格式は表高に依ってちゃんと規矩きくがあるため、家臣たちの生活はかなり窮屈なものだった。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
明日あすは何うなる世かと、時の人々を暗澹あんたんとさせた応仁、文明の下からでも、たとえば足利水墨あしかがすいぼくの絵画や、後の生活様式を規矩きくする工芸が生れていたし
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもそれが規矩きくのきちんとした、作法の厳しい武家となると、こまかい習慣の差はもちろん、心がまえまで変えなければならない、それが日常瑣末さまつなことに多いので
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
殊に古典の大作は天衣無縫でなんらの規矩きくとらわれているふうがない。中華の雄大な古典など特にそうだとおもう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武家屋敷の生活は規矩きくがきびしく、男女のつきあいなどには、特に厳重な制約があった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
掠奪、輪姦、暴酒、あらゆる悪徳が、残暑のカビみたいに、敵味方の兵を腐蝕ふしょくしだした。「軍令」そんなものが、もう人間を規矩きくしうる現実ではない。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間の生きかたにはどんな規矩きくもない、現在あるようにあるのが自然なのだろう。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(兵を進めるには、神速を規矩きくとなす、とか申します。——法をおひろめになるには、何を以て規矩としますか)
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よそよりもいちだんと家法のきびしい、規矩きくでかためたような佐野家の日常とはまるでかけはなれた、のびのびとした雰囲気ふんいきを身にもっていた。——これで家政のたばねができるだろうか。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
摂津せっつに入り、尼ヶ崎に着くまでは、これまでの急行軍とひとしく、落伍する者は捨て去り、人馬ともに息を休めず、敢えて隊伍諸卒の整列や規矩きくにとらわるるなく、ただ
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、ときには、裏の的場まとばへ飛び出して、にわかに、弓を引いてみたり、不意に、うまやの馬にむちを加え、大汗かいて帰って来たり——といったふうで、とかくかれには、規矩きくがない。
法は、法それ自体が、道義の規矩きくじゃ。法を愛するは、道義を愛することになる。剣の人、宮本武蔵のことばにも、その独行道の第一に——我レ世々ノ道ニタガフナシ——とか申しておる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の路地を導かれて、そこの一室にすわると、ここにはまったくべつな天地がある。清楚せいそな自然と、幽寂ゆうじゃくな茶室の規矩きくにかこまれて、主客共に、血なまぐさいたましいから、しばし洗われていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)