うちぎ)” の例文
炎に似た夢は、袈裟の睫毛まつげをふさがせ、閉じたるくちを、舌もてあけ、うちぎのみだれから白いはぎや、あらわなのふくらみを見たりする。
すらりとした姿で、髪はうちぎの端に少し足らぬだけの長さと見え、すそのほうまで少しのたるみもなくつやつやと多く美しく下がっている。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
基経は姫のひつぎに、香匳こうれん双鶴そうかくの鏡、塗扇ぬりおうぎ硯筥すずりばこ一式等をおさめ、さくらかさね御衣おんぞ、薄色のに、練色ねりいろあやうちぎを揃えて入れた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
顔は扇をかざした陰にちらりと見えただけだつたが、紅梅や萌黄もえぎを重ねた上へ、紫のうちぎをひつかけてゐる、——その容子ようすが何とも云へなかつた。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雖然けれどもつぼね立停たちどまると、刀とともに奥の方へ突返つっかえらうとしたから、其処そこで、うちぎそでを掛けて、くせものの手を取つた。それが刀を持たぬ方の手なのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
母親はうちぎを脱いで佐渡が前へ出した。「これは粗末な物でございますが、お世話になったお礼に差し上げます。わたくしはもうこれでお暇を申します」
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つい半月ほど前、古びた調度にかこまれ、蘇芳色の小うちぎを着て、几帳の陰に坐っていた。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
うすい着物の上に片っ方だけうちぎをひきかけて走ってきた童は、人々のかおを見ると急にポロポロと涙をこぼして幼いもののだれでもがするようにしゃくり上げてどもってばっかり居る。
錦木 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
うちぎかづけば、華やぎし
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
うちぎかづけば、華やぎし
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
夏なので、白絹すずしにちかい淡色うすいろうちぎに、羅衣うすものの襲ね色を袖や襟にのぞかせ、長やかな黒髪は、その人の身丈ほどもあるかとさえ思われた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この贈り物があったために、女房の身なりをととのえさせることができ、うちぎを織らせたり、あやを買い入れる費用も皆与えることができた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
同じ古いうちぎ釈迦仏しゃかぶつを懐中に秘めた彼女は言葉すくなに夫とならんで、かぞえ切れない鱗波の川一面にある文様もんようを見入った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
薄色のうちぎを肩にかけて、まるでましらのように身をかがめながら、例の十文字の護符ごふを額にあてて、じっと私どもの振舞を窺っているのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
御前おんまえあわいげんばかりをへだつて其の御先払おさきばらいとして、うちぎくれないはかまで、すそを長くいて、静々しずしずただ一人、おりから菊、朱葉もみじ長廊下ながろうかを渡つて来たのはふじつぼねであつた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
東の渡殿わたどのの下をくぐって来る流れの筋を仕変えたりする指図さしずに、源氏はうちぎを引き掛けたくつろぎ姿でいるのがまた尼君にはうれしいのであった。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は、沙金しゃきんの古いうちぎを敷いた上に、あおむけに横たわって、半ば目をつぶりながら、時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
柳、桜、山吹、紅梅、萌黄もえぎなどのうちぎ唐衣からぎぬなどから、鏡台のあたりには、釵子さし、紅、白粉など、撩乱りょうらんの様であった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
練色ねりいろあやうちぎを取り出してはでさすりたたみ返し、そしてまたのべて見たりして、そのさきの宮仕の短い日をしのぶも生絹すずしの思いはかなんだ日の仕草しぐさであった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
が、その間も私の気になって仕方がなかったのは、あの沙門の肩にかかっている、美しい薄色のうちぎの事でございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
桃色の変色してしまったのを重ねた上に、何色かの真黒まっくろに見えるうちぎ黒貂ふるきの毛の香のする皮衣を着ていた。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
木枯にいたんだ筒井の顔は、うちぎの裏もみをひるがえすように美しいくれないであった。美しすぎるのに貞時の心づかいがあったのだが、筒井は笑ってやはりめなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
泰子やすこは、五衣いつつぎぬうちぎに、いつもながら、あでやかに化粧していた。家で朝夕に見ていたときより、加茂で会ったときより、見るたびに、若くなり、見よがしに、着飾っている。
あの薄色のうちぎにも、なるべく眼をやらないようにして、河原の砂の上に坐ったまま、わざと神妙にあの沙門の申す事を聴いてるらしく装いました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うちぎを着けた妻は、几帳きちょうの陰で長い黒髪を解いてにおわすであろうし、筒井にそういう高い生活をあたえればぐにも美しくなる、彼のそんな考えは妻を可憐とも美しいとも
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
頭の形と、髪のかかりぐあいだけは、平生美人だと思っている人にもあまり劣っていないようで、すそうちぎの裾をいっぱいにした余りがまだ一尺くらいも外へはずれていた。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
片手に梅の枝をかざした儘片手に紫匂むらさきにほひうちぎの袖を輕さうにはらりと開きますと、やさしくその猿を抱き上げて
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
橘は矢痍やきずのあとに清い懐紙かいしをあてがい、その若い男のかおりがまだ生きて漂うている顔のうえに、うちぎの両のそでをほついて、あやのある方を上にして一人ずつに片袖かたそであてかぶせ
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この人は形式的にするだけのことはせずにいられぬ性格であったから纏頭も出したが、山吹色のうちぎ袖口そでぐちのあたりがもう黒ずんだ色に変色したのを、重ねもなく一枚きりなのである。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
すると又、それにつけても、娘の方は父親の身が案じられるせゐでゞもございますか、曹司へ下つてゐる時などは、よくうちぎの袖を噛んで、しく/\泣いて居りました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こうなるまでに何故にもっと早く二人に逢って話をしなかったろうと、橘は、自分のうちぎの下にある若者の顔をこころに描いた、若者の顔はこの瞬間では一そう美しくさえうつった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
少し寝入ったかと思うと故人の衛門督がいつか病室で見た時のうちぎ姿でそばにいて、あの横笛を手に取っていた。夢の中でも故人が笛に心をかれて出て来たに違いないと思っていると
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そこへしどけなく亂れた袴やうちぎが、何時もの幼さとは打つて變つたなまめかしささへも添へてをります。これが實際あの弱々しい、何事にも控へ目勝な良秀の娘でございませうか。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
梅の折り枝の上にちょうと鳥の飛びちがっている支那しな風な気のする白いうちぎに、濃い紅の明るい服を添えて明石あかし夫人のが選ばれたのを見て、紫夫人は侮辱されたのに似たような気が少しした。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
実際、彼女は毎夜ごとに衣裳をとりかえ、帯をかえ、うちぎをかえたのだった。そうでもしなければ到底着つくせないほどの、撩乱りょうらんたる御衣おんぞは、もう着る機会さえもないような気がしていた。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこへしどけなく乱れた袴やうちぎが、何時もの幼さとは打つて変つたなまめかしささへも添へてをります。これが実際あの弱々しい、何事にも控へ目勝な良秀の娘でございませうか。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
思いながらもそれは実行できずに、ふるえながら帳台のほうを見ると、ほのかにの光を浴びながら、うちぎ姿で、さも来れた所だというようにして、とばりれ布を引き上げて薫ははいって行った。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
片手に紫匂むらさきにほひうちぎの袖を軽さうにはらりと開きますと、やさしくその猿を抱き上げて、若殿様の御前に小腰をかゞめながら「恐れながら畜生でございます。どうか御勘弁遊ばしまし。」
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よい模様であると思ったうちぎにだけは見覚えのある気がした。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
棚の厨子づしはとうの昔、米や青菜に変つてゐた。今では姫君のうちぎはかまも身についてゐる外は残らなかつた。乳母はき物に事を欠けば、立ち腐れになつた寝殿しんでんへ、板をぎに出かける位だつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
紅紫のうちぎ撫子なでしこ色らしい細長を着、淡緑うすみどりの小袿を着ていた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)