ふくら)” の例文
そうして、だんだんと指の間が離れてゆくのが、朝夕目立ってゆくうちに、このアマリリスのつぼみが、ふっくらとふくらんでまいりました。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうして、なおも念入りにそこを撫でまわしてみると、気のせいか少しふくらんでいるようであるが、しかしれ物ではないようである。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その払ひ残りがあると聞いてはみんなも黙つてゐられなかつた。さうかといつて仲間のなかに誰一人財布のふくらまつてゐる男は居合さなかつた。
遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚さんごのきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚くふくらんだ硝子で蓋したものだ。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その前にソフレーの事を御話し申さなければなりませんが、ソフレーとは泡立たしてふくらましたものをいいます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ぶんだけは、鰐皮わにがは大分だいぶふくらんだのを、自分じぶん晝夜帶ちうやおびから抽出ひきだして、袱紗包ふくさづつみと一所いつしよ信玄袋しんげんぶくろ差添さしそへて
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この敵、ただ者に非ず——と見ながら権之助は、満身を気にふくらませて、杖をうしろにしごきながらもう一度
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それだのにわたくしの口は喜び酔いしれた言葉でうちふくらみます。もうあまり長くはここに立っていない方が好いでしょう。この杖を以て三たびゆかをば叩きましょう。
天から降ったように、静かに立っていた糸子は、ゆるやかにつむりを下げた。鷹揚おうようふくらました廂髪ひさしがみもとに帰ると、糸子は机のそばまで歩を移して来る。白足袋が両方そろった時
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
け方は石鏃に笴を着くるとことなる所無からん。ふくらみ有る物はことを固着するに適したり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
らせたのどふくらんだ胸、爪先つまさきに重みを支えた足、——そう云う妻の姿を眺めていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
翌明和三年の制作を見るに背景は漸く複雑となり、四年には重厚なる褐色(代赭たいしゃ)を用ゆる事その板画の特徴となりぬ。しかしてこの年の人物(婦女)はそのびん漸く高くふくらみたる事を認む。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし人間の身体を九つ位にバラバラに切断せつだんして、この蟒に一塊いっかいずつ喰べさせれば、比較的容易に片づくわけだし、腹も著しくふくらむこともなかろうと考えたので、質問してみようと思ったが
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銀髪のロダン夫人が白茶しらちや色にダンテルをあしらつたゆたかな一種のロオブを着て玄関の石階いしばしを降りて来られた。何時いつか写真版で見た事のあるロダン翁の製作の夫人の像其儘そのまゝびんふくらませやうだと思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
大きな財布で懷ろをふくらましてよ。頭巾か何んかで顏を隱して、筋違すぢかひひから兩國までを、二三度歩くんだな——いや二度で澤山だ、往きと歸りだ。——よく晴れた、月のない晩といふと丁度今頃だ。
おどかしでもしたら立ちのくだろうってんでせた小僧に幽霊を一役やらせたところが、いきなり下から火をつけられてめんくらって逃げ出して来たんだが、こいつはふくらぱぎ大火傷おおやけどをこしらえて
杉の木の二、三本あった庭には、赤坂からもって来た、乙女椿おとめつばきや、紅梅や、海棠かいどうなどが、咲いたり、つぼみふくらんだりした。清子の大好きな草花のさまざまな種類が、植えられたり種をかれたりした。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ばんも小鴨も、田鷸たしぎも、うづらも色々たんと棲んでゐる世の中だ。何か土産がありさうなものぢやないかと訊くと、菊五郎は子供のやうにつらふくらませて
彼方此方あちこち、眺めていたが、その間も、はやい雲脚は頭のうえを越えて行き、雨まじりの風の落ちて来るたび、佐渡の着ているみのは、さぎの毛のように、風にふくらんだ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜道だから平生へいぜいよりは、ただでさえ長く思われる上へ持ってきて、凸凹でこぼこの登りをふくらぱぎれて、膝頭ひざがしらの骨と骨がれ合って、もも地面じびたへ落ちそうに歩くんだから、長いの
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現今は貴族院議員なり人の知った商豪だが——やしきが侍町にあって、背戸せどの蓮池で飯粒で蛙を釣る、釣れるとも、目をぱちぱちとやって、腹をぶくぶくとふくらます、と云うのを聞くと
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第三十八 米のソフレ はふくらんだ生菓子なまがしです。前の通りな分量と順序で玉子の黄身と砂糖と白身とを混ぜてそれをベシン皿か丼鉢どんぶりばちへ入れてテンピの中でおよそ十五分間火を弱くして焼きます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それはイソップ物語に出てくる牝牛と腹のふくらましっこをする青蛙の類であろう”“本当に大宇宙に人間以上の高等生物が棲んでいるなら、われわれはいたずらに彼らを怒らせ刺戟させるを好まない。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふう、と仰向あおむけに胸の息づかい、の蔦がくれのふくらみを、ひしと菅笠でおさえながら
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伝兵衛はふくらまつた懐中ふところから嵩高かさたか金包かねづつみを取り出して、和尚の前に置いた。
とたんに、異様な精気にふくらんだ武松の五体が眼をひいた。左右の諸袖もろそでをたくし上げ、内ぶところからは短剣の柄頭つかがしらをグイとみ出して、その鯉口こいぐちをぷッつり切った。——同時に、あッというまもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めたような口をして、いつまでも、つらふくらませていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)