はだえ)” の例文
あるひは炬燵こたつにうづくまりて絵本読みふけりたる、あるひは帯しどけなき襦袢じゅばんえりを開きてまろ乳房ちぶさを見せたるはだえ伽羅きゃらきしめたる
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分の漕ぐに、舟が進んで行くにつれ、佐助は、ひとりでに先刻さっきから、はだえあわを生じ、気はたかまり、胸は動悸してならないのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
読本よみほんならば氷鉄ひがねといおう、その頂から伊豆の海へ、小砂利まじりにきばを飛ばして、はだえつんざく北風を、日金おろしおそれをなして、熱海の名物に数えらるる。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
儂はこれを思うごとに苦悶懊悩おうのうの余り、しば数行すこう血涙けつるい滾々こんこんたるを覚え、寒からざるに、はだえ粟粒ぞくりゅうを覚ゆる事数〻しばしばなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
なお拡大して云えばこの場合においては諧謔その物が畏怖いふである。恐懼きょうくである、悚然しょうぜんとしてあわはだえに吹く要素になる。その訳を云えばずこうだ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一同ははだえにあわつぶの生ずる恐怖きょうふにおそわれた、たがいに手と手をつないで、かたくにぎった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
はだえぞくしながらその場を足早に下り去ったというのは、理由なきことではありませんでした。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
闇の森に囲まれた底なし沼の、深くこまやかな灰色の世界に、私の雪白せっぱくはだえが、如何いかに調和よく、如何に輝かしく見えたことであろう。何という大芝居だ。何という奥底知れぬ美しさだ。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と見れば常さえつややかな緑の黒髪は、水気すいきを含んで天鵞絨びろうどをも欺むくばかり、玉と透徹るはだえは塩引の色を帯びて、眼元にはホンノリとこうちょうした塩梅あんばい、何処やらが悪戯いたずららしく見えるが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それに、おんはだえのなめらかさ、こまかさ、お手でもおみあしでもしっとり露をふくんだようなねばりを持っていらしったのは、あれこそまことに玉のはだえと申すものでござりましょうか。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女は大正の中期——ことにメーテルリンクの象徴悲劇などで名をうたわれただけあって、四十を一、二越えていても、その情操の豊かさは、青磁色の眼隈に、はだえを包んでいる陶器のような光に
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それのみではなく、やゝ厚みのものになると、はだえの美しさが一入ひとしほ際立つてくる。静かな起伏や、ゆるやかな渦紋さへその上に漂ふではないか。思はず又手を触れる快よさを抑へることが出来ない。
和紙の教へ (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
かくすべき雪のはだえをあらはしてまことにどうも須磨すまの浦風
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
愛も恋も、慎しやかさもしとやかさも、その黒髪も白きはだえも。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やわらこうはだえにそよぎ入っていうとうととねむくなる。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
女房のはだえは、銀光り
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「大丈夫鳴きます。あの鳴き声は昼でも理科大学へ聞えるくらいなんですから、深夜闃寂げきせきとして、四望しぼう人なく、鬼気はだえせまって、魑魅ちみ鼻をさいに……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何処のあたりまでぞ、君が薫りを徒らに、夜毎よごと楽屋のおうなの剥ぎとるべき、作りしはだえなるべきか。
舞姫 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
玉のはだえを白日のもとさらすほどな辛さも、彼女は、辛いとは思わなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪のはだえ滴々てきてきたる水は白蓮びゃくれんの露をおびたるありさま。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
冬は寒気がはだえを通して
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なさけの風が女から吹く。声から、眼から、はだえから吹く。男にたすけられてともに行く女は、夕暮のヴェニスをながむるためか、扶くる男はわがみゃく稲妻いなずまの血を走らすためか。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠くから見ていると暮色蒼然ぼしょくそうぜんたる波の上に、白いはだえ模糊もことして動いている……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時めらめらと火に化して舞い上る紙片かみきれを、津田は恐ろしそうに、竹の棒でおさえつけていた。それは初秋はつあきの冷たい風がはだえを吹き出した頃の出来事であった。そうしてある日曜の朝であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)