たと)” の例文
旧字:
つ予は、その臣の手に死なんよりは、無寧むしろ二、三子の手に死なんか。またたとい大葬を得ずとも、予道路に死なんや。(子罕、一二)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それであるからたとひ大人であつてもそこから余程川下かはしもの橋を渡るときに、信心ふかい者はいつもこの淵に向つててのひらを合せたものである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
行く行くは親兄弟をも養はねばならぬやうなる不仕合ふしあわせの人はたとへ天才ありと自信するも断じて専門の小説家なぞにならんと思ふことなかれ。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
されど我胸にはたとひいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動さじの誓ありて、つねに我を襲ふ外物をさへぎり留めたりき。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
名士こうべめぐらせば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然ひようぜん 鞋花あいか笠雪三千里 雨にもくし風にくしけずる数十年 たとひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
或る限度まで(たとえ「素人」であるにしても)軍部は資本的支配者をリードする実力を有っている。
世界の一環としての日本 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
粉砕され様と干死なりとそれは自分の事ですが、たとへ子供でも一度び胎外へ出てはもう親とは別の箇体です。然も或時期までの全責任は産んだ、設けた、親にある筈です。
獄中の女より男に (新字旧仮名) / 原田皐月(著)
死の恐怖が消えせたのだ。もう死ななくてはならぬという事を信ぜなくなったのだ。たとい今は体が少し悪くても、いずれ直る。自分もその直ってくなる病人の内なのだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「一とたび女人を見れば、能く眼の功徳を失う。たとい大蛇を見るといえども、女人をば見るべからず。」と、宝積経ほうしゃくきょうに書いてあるのが本当であるとしたら、山奥に棲むうわばみのように
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
法律たとひこれを罰するを得ざるも道徳はこれを罰するを得べし。偶然の結果を来たせし者は何ぞ。曰く新聞記者の待遇一定せざるがためのみ、新聞記者の待遇一定せざるがためのみ。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
勿論冒険的なるをいとわずに、手船しゅせんを万里に派し、或は親しく渡航視察の事を敢てするなど、中々一通りで無い者共で無くては出来ぬことをする人物であるから、たとい富有の者で無い
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何でも身を大切にして帰って来てくれんければ困りますぞ、たとえあゝは仰しゃるが、二人で居たから密通と思召おぼしめすに違いない、密通もせぬに然う思われては残念と刃物三昧でもすると
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たとひ戦国の世の習ひながらも、豪鋭の性いかで一冷笑に附し去るべき。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
はねさんで嘘吐きで怜悧りかうで愚かで虚栄家みえばうで気狂で而して恐ろしい悪魔のやうな魅力と美くしい姿……凡てが俺の芸術欲をそそのかしたぶらかし、引きずり廻すには充分の不可思議性をかくして居た、たと
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たとひ字字出処を尋ね得しむるも、少陵の意を去る益〻遠し。
たとえどんな悪魔が逐うても、これからさきへはもう逃げぬ。
受けた為め気が転倒したのかと私しは思いますが目「いや其様な筈は有りませんたとい一時は気が転倒したにもせよ夫は少し経てばおさまります、藻西太郎は一夜眠た今朝になっても矢張り自分が犯したと言張ッて居ますから」此言葉にて察すれば目科は今朝こんちょう余の室を
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
いまだ少年であった私がたとい翁と直接話をかわすことが出来なくとも、一代の碩学せきがく風貌ふうぼうのぞき見するだけでも大きい感化であった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
自分のっている芸術の上でからが、たとえ形式の所謂競争には加わっていても、製作をする時はそれを忘れている位である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
巴里パリーの巴里たる体裁ていさいは寺院宮殿劇場等の建築があればたとえ樹と水なくとも足りるであろう。
たといみずからが手にかけずともいかでのがれ果つべきぞ、わりなく命を惜しまば必ず耻をさらすものぞやと、妻はしきりに女共を叱ったけれども、どうしても娘の傍へ寄せ着けてくれないので
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとえ人がなんと云っても、自分の考を改めない。
それも教室の方の為事を休んで部屋を捜すのではないのは、つまり教室の方はたとひ一日の光陰をも惜しむがためであつた。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかし京水が果して独美のてつであったなら、たとい独美が一時養って子となしたにもせよ、ただちに瑞仙の子なりと書したのはいかがのものであろうか。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たとえ餓えても、乞食をしても、2935
たとい、実際的の吉凶をぼくする行為があったとしても、天空を仰いでも卜せないとは限らぬし、そういう行為は現在伝わっていないから分からぬ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
たとい正誤してから後に心附いていても罪せられることは同じである。翻訳の上では、世間が期待と興味とを以て歓迎する誤訳問題がここに成り立つ。
訳本ファウストについて (新字新仮名) / 森鴎外(著)
軽い諧謔かいぎゃくを含めているのも親しみがあってかえって好いし、万葉の歌は万事写生であるから、たとい平凡のようでも人間の実際が出ているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
諸子はたと奈何いかなる事に遭遇するとも、従容としてこれに処し、みだりに言動すること無く、天下をして柏軒門下の面目を知らしむる様に心掛けるが好い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そんなにも隠すのか、たとい雲でもなさけがあってくれよ。こんなに隠すという法がないではないか、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
伊沢氏と頼菅二氏とは、たとひいかに旧く音信を通じてゐたとしても、山陽が本郷の伊沢氏に投じたのは、春水兄弟や茶山に委託せられたのでは無からう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たとひ師が弟子を呼ぶとしても、又朋友が相呼ぶとしても、何五郎の称を省いて五郎となすことはなささうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それはその筈で描いて貰つてからすでに一ヶ月余も経過したのであるからげて取れてしまつたのが多かつた。たとひ残つてゐてもそんなものはもう珍らしくはなかつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
それからたとい戦争に行くことが出来ても、輜重しちょうに編入せられて、運搬をさせられるかも知れないと思って見る。自分だって車の前に立たせられたら、きもしよう。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
豪奢がうしや身分者みぶんしやにとつては、たとひミユンヘンといへども決して事を欠かせるやうなことはないのである。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
現社会に僅有絶無きんゆうぜつむというようになっているらしい、男子の貞操は、たとい尊重すべきものであるとしても、それは身を保つとか自ら重んずるとかいう利己主義だというより外に
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
またたとい未来において英文の科が設けられるにしても、共に入学した五十四人の過半は純乎じゅんこたる漢学諸生だから、スペルリングや第一リイダアから始められなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
我は彼に求むる所がなく、彼もまた我に求むる所がない。たといまた樗牛と予との如く、ある関係が有っても、それは言うに足らぬ事であって、今これを人に告ぐる必要を見ない。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
成程なるほど自分の役柄は拙者せつしやも心得てをります。しかかしら遠藤殿の申付まをしつけであつて見れば、たと生駒山いこまやまを越してでも出張せんではなりますまい。御覧のとほり拙者は打支度うちしたくをいたしてをります。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
お母様の考では、たとい洋行をさせられるにしても、妻は持って置く方が好いというのである。お父様には別に議論は無い。そこでお母様が僕にお勧なさるが、僕は生返詞をしている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかしシェエクスピイアやギョオテは、たといどんなにうまく演ぜられたところで、結構には相違ないが、今の青年に痛切な感じを与えることはむずかしかろう。痛切でないばかりではない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それとは違って、女が買おうと思う品物はその女に強烈な苦痛を感ぜさせる。女は落ち着いていられぬ程その品物に悩まされる。たとい幾日か待てば容易たやすく手にると知っても、それを待つ余裕が無い。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)