犠牲いけにえ)” の例文
旧字:犧牲
「飛んだお供物、狒々ひひにしやがる。若奥様は聞いただけでも、禿祠はげやしろ犠牲いけにえを取ったようだ。……黒門洞擂鉢大夜叉くろもんどうすりばちおおやしゃとでもいうかなあ。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新しい朝廷を確立するための犠牲いけにえとして一門親族から涙をそそがれて島へ来ている人身御供ひとみごくうのわが身ぞという悲壮なこころもちなのだった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行く末長い娘の身をそんな老人の犠牲いけにえとして生き永らえさせておくよりも、娘自身こんなにも仕合せだと喜んでいるのですから
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
犠牲いけにえの花嫁銀子にも傷をつけず、復讐の鬼になっている深沢深も助けたいと思い、楽屋に駆け込んで、あの神聖な曲を弾いたのだそうです。
神社の祭典に犠牲いけにえを供した事実が少からず証拠立てられる以上(別項「上代肉食考」参照)、また神を祭る「はふり」の名が、動物をほふるホフリ
「エタ」名義考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
一同は気の毒なブラウンを人質か犠牲いけにえのように引立て、急にひっそりになったヴァランタンの書斎へなだれ込んだ。
「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また己のごとく隣を愛する」は、もろもろの燔祭はんさいおよび犠牲いけにえに勝るなり。(一二の三二—三三)
その孕児はらみごを見るという安達ヶ原の鬼婆は、今その携えた出刃庖丁で、あの可憐な振袖を着た乙女を、犠牲いけにえ俎板まないたに載せようとしている瞬間と見ていると
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私はそれにならされました。自分はなぐさまれる犠牲いけにえ、お客は呵責かしゃくする鬼ときめました。あなたは私を娘として取り扱ってくださった最初のかたでした。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
何千人の犠牲いけにえになってきたこの身体からだを、さ、思う存分にして下さい! さ、なぜ早く自分のものにしないのです。
お前は産みの母親の呪詛のろい犠牲いけにえになっているのじゃ。そうしてお前は実の父親をどうしても殺さなければならないのじゃ。しかしそれは不可能のことじゃ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聞いてみると、将軍と呼ばれている魔神の犠牲いけにえにせられようとしていた。そこで郭は、娘を慰めて待っていると、果してかごに乗って数多あまたの供をれた男が来た。
怪譚小説の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
銅鑼の音はまた烈しく鳴りひびいて、二人の犠牲いけにえは銅の柱のそばへ押しやられた。千枝松は初めて覚った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
以前の犠牲いけにえを自分の視線でこの上当惑させたくもなし、また以前のやり口や小細工を用いたくもないというように、少し顔をそむけて目を伏せながら、ことばを続けた。
われわれは共和の牧師である、われわれは義務の犠牲いけにえである。われわれの戦いは一点の汚れもないものでなければならない。それゆえ僕はあの男を裁いて死刑に処した。
その犠牲いけにえが、十分苦しむのを見すまして、最後に飛びかゝる猫のように瑠璃子父子おやこが、一日を不安な期待のうちに、苦しみ抜いて、やっと一時逃れの安心に入ろうとした間隙すき
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
畠山これはよき敵、軍神への犠牲いけにえにせんと、馬おし並べてむずと取っ組み引き落し、鞍の前輪に押しつけ、これをびくとも動かさず首をねじ切って、本田次郎の鞍に下げさせた。
仕えるべき身でありながら、仕えるに堪えないのは、何より器にとって苦しいであろう。私は醜いその姿をあざけることができない。すべては移りゆく時代の哀れな犠牲いけにえに過ぎない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
だがお母さんは決して惑わず、永年連れ添う夫を祖国の犠牲いけにえに捧げる決意をしたのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分の幸福をさへ犠牲いけにえにすれば宜しいといふ、消極的の覚悟でありましたが、この時からは、もはやそれにて満足が出来ず、どうぞ、私の不幸はとにかく、夫の行ないをため直して
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
人間の必要の犠牲いけにえになる何の罪もない羊は、ちやんと縛りつけられて横になつてゐました。音なしくあきらめて、其の悲しい運命を待つてゐるのです。羊はこれから殺されるんでせうか。
今しも庭前に刑せられんとする犠牲いけにえの男を眺めて居る妃の風情ふぜいと云い、鉄の鎖で四肢を銅柱へいつけられ、最後の運命を待ち構えつゝ、妃の前に頭をうなだれ、眼を閉じた男の顔色と云い
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
青白い日光が、茫漠ぼうばくたる寂寥せきりょうの中で、こうもはっきりと見られるのに、岬の先では、海が犠牲いけにえをのもうと待ち構えている。それが、あらしを前にした、ねつっこい静けさとでもいうのであろうか。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「あれなら、大丈夫祭壇の犠牲いけにえになりそうじゃ。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
犠牲いけにえになるんだ。」
(新字新仮名) / 小川未明(著)
この難を知って、留められたを、推して上ったはまだしも、ここに魔物の倒れたのを見た時、これをその犠牲いけにえなどと言う不心得。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この木原伝之助は三人まで美しい腰元を犠牲いけにえにし、その上、上総屋吉兵衛を手にかけた不仁この上もない仕打ちが、むくいがなくて済もうか。
それに反して、わんわん市場の雑民ぞうみんたちの声にしても、一般は、袈裟の死を、悲しまぬはない。美しい犠牲いけにえと、口をきわめて、みないった。
「わたくしの体が痺れたは、竜王が犠牲いけにえをお召しになる事と存じますから、喜んで此の身をさしあげます」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すなわち英領ピッケルン島の真南約二百三十海里……我々が南海航路の犠牲いけにえを求むるに絶好の位置なりし、南緯三十二度三分、東経百三十度七分の洋上であったと記憶している。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
赤い蠍の怪物は、殊更にそういういまわしい場所を選んでは、犠牲いけにえほふるという、怪物らしい好みを持っているではないだろうか。とすると、今こそ彼女の最期さいごが来たのに違いない。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
犠牲いけにえの数が重なるにしたがい、此紙これを始終懐中にして供養の呪文を口誦するようにと、おりんは平兵衛へ「一郎殿より三郎殿、おそれありや」の彼の文言を書き与えたのであるという。
往古むかし神はアブラハムを試みて、約束の子イサクを燔祭はんさい犠牲いけにえとして要求し給うた。
𤢖は何故なにゆえに冬子を奪い出して来たのであろう。彼等の料見は到底普通の人間の想像しべきかぎりでないが、にかくある罪悪を犯すべき犠牲いけにえとして、若い処女しょじょを担ぎ出して来たものと察せられた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
古く神官はハフリと申したのは、この神への犠牲いけにえを屠ることを主なる職としたためかとまで考えられるのであります。この意味から申せば、神官また一種の屠者えとりと申してよかったのかもしれません。
「心慰さまぬ田沼様へ、犠牲いけにえとして差し出しとぎいたさせ!」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本一にっぽんいちの無法な奴等やつら、かた/″\殿様のおとぎなればと言つて、綾錦あやにしきよそおいをさせ、白足袋しろたびまで穿かせた上、犠牲いけにえに上げたとやら。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
まずそうして、二人をき、二人を争わせることが、彼らを滅亡へひき入れる第一の策だが……貂蝉、おまえはその体を犠牲いけにえにささげてくれるか
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このままお静を犠牲いけにえにするのではあるまいか——といった予感が、平次の頭をサッとかすめて去ったのです。
こうして犠牲いけにえあがりました私の生命いのちは、速刻お召しくださいましてもいとうところでございません
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
悪魔は第二の犠牲いけにえを屠って、闇の空をいずれへか立ち去ろうとしているのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それよりも、二人が気になってならない聞きこみというのは、護摩堂の壁とやらへ人柱を塗りこめることになって、もう、その母娘おやこ犠牲いけにえが、どこかの山内さんないの秘密の場所に、養われているという。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
魔法使いの老婆の手が遥かに犠牲いけにえを呼んだのでもあろう。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
猛獣犠牲いけにえて直ぐには殺さず暫時しばらくこれをもてあそびて、早あきたりけむ得三は、下枝をはたと蹴返せば、あっ仰様のけざまたおれつつ呼吸いきも絶ゆげにうめきいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「世のため。これもなにかのご宿縁でございましょう。ただもう世へのおん祈り、犠牲いけにえなりともおあきらめ遊ばして」
「どうか私の此の体を犠牲いけにえに御取りくださいまして、釜礁かまばえを除くおゆるしを得とうございます」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これは切支丹きりしたんと一緒に渡来した怪奇を極めた邪教で、その祭におびただしい犠牲いけにえを要するところから、腹心の者に命じて、音羽九丁目に唐花屋という小間物屋を出させ、江戸中の美女を釣り寄せては
私はこの男を一つ犠牲いけにえにしてやろうと目ざしていたある友人、と云っても決してその男に恨みがあった訳ではなく、長年の間無二の親友としてつき合っていた程の友達なのですが、私には却って
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
同時に、渠等かれら怪しきやからが、ここにかかる犠牲いけにえのあるを知らせまいとして、我を拒んだと合点さるるにつけて、とこう言う内に、追って来てさまたげしょう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名づけて「饅頭まんじゅう」とよび慣わしてきた遺法は、瀘水の犠牲いけにえより始まるもので、その案をなした最初のものは孔明であったという伝説もあるが、さて、どんなものか。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)