)” の例文
思わず岸本は支那留学生に事寄せて、国を出る時には想像もつかなかったような苦い経験を、日頃の忍耐と憤慨とをらそうとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千登世は思ひ餘つて度々おさへきれないなげきをらした。と忽ち、幾年の後に成人した子供が訪ねて來る日のことが思はれた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
これくに厚利こうりもつてせば、すなはひそか其言そのげんもちひてあらは其身そのみてん。これらざるからざるなり。ことみつもつり、るるをもつやぶる。
彼九州に遊びし時家をおもふの詩あり、曰く客蹤乗興輙盤桓、筐裡春衣酒暈斑、遙憶香閨燈下夢、先吾飛過振鰭山、と。彼は其詩に屡々家庭の消息をらせり。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
はるかにおおかみが凄味の遠吠とおぼえを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧さぎり朦朧もうろうと立ち込めてほんの特許に木下闇こしたやみから照射ともしの影を惜しそうにらし
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
かかるうちにも心にちとゆるみあれば、煌々こうこう耀かがやわたれる御燈みあかしかげにはかくらみ行きて、天尊てんそん御像みかたちおぼろ消失きえうせなんと吾目わがめに見ゆるは、納受のうじゆの恵にれ、擁護おうごの綱も切れ果つるやと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
中風の中は上中下の中では無いと思われるから下風とは関せぬ。これは仏経中の翻訳語で、甚だ拙な言葉である。風は矢張りただの風で、下風は身体からだから風をらすことである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
藤原俊基等の近臣と王政の復古をはかって、そのはかりごとれたいわゆる正中の変の起った翌月のことであるが、その二十一日に、山城、近江の二箇国に強震があって、日吉八王子の神体が墜ち
日本天変地異記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼が仕事で夢中に成っている時は、夜遅くまで洋燈ランプが点いて、近所の家々で寝てしまう頃にも、未だそこからは燈火あかりれていることもある。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は、その日は終日性急な軒の雪溶けの雨垂の音に混つて共同門の横手の宏莊な屋敷かられて來るラヂオのニュースや天氣豫報の放送にも、氣遣はしい郷國の消息を知らうと焦心して耳を澄ました。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
岸本は微笑ほほえみながら節子が書いたものを読みつづけた。丁度どもった人の口かられる言葉のようにポツリポツリと物が言ってあったからで。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この金之助きんのすけさんは正月生しょうがつうまれの二つでも、まだいくらもひと言葉ことばらない。つぼみのようなそのくちびるからは「うまうま」ぐらいしかれてない。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
灯は明々あか/\と壁をれ、木魚もくぎよの音も山の空気に響き渡つて、流れ下る細谷川の私語さゝやきに交つて、一層の寂しさあはれさを添へる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
赤々とした燈火は会堂の窓をれていた。そこに集っていた多勢の子供と共に、私は田舎いなからしいクリスマスの晩を送った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
薄い日の光は明窓あかりまどから射して、軒から外へれる煙の渦を青白く照した。丑松は茫然と思ひ沈んで、に燃え上る『ぼや』のほのほ熟視みつめて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
林の中をれて射し入る残りの光が私達の眼に映った。西の空にはわずかに黄色が残っていた。鳥の声一つ聞えなかった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
節子は初めてこんなくわしい消息をらしてよこした。これを読むと岸本の胸にはいろいろ思い当ることばかりであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は手拭てぬぐいを探して、廊下へ顔を洗いに出た。いくらか清々した気分に成って、引返そうとすると、お房の声は室をれて廊下の外まで響き渡っていた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
車夫は梶棒かぢぼうを下した後で、そここゝにれた家を指して見せて、病院通ひの患者が住むことを夫人に話した。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
鷲津さんの家が矢張それで、しめやかな小唄でも口吟くちずさんで見るやうな聲が老人としよりの部屋から時々れて聞えました。
日の暮れないうちから芝居小屋の内部なかには燈火あかりが点く。桟敷の扉をれる空の薄明りが夢のような思いをさせる。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
漸く普請が出来たばかりだとか、戸のかわりに唐紙からかみを押つけ、その透間から月の光もれた。私達は毛布にくるまり、燈火あかりも消し、疲れて話もせずに眠った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
深い思に沈み乍ら、丑松は声のする方へ辿たどつて行つた。見れば宿直室の窓をれるが、僅に庭の一部分を照して居るばかり。校舎も、樹木も、形を潜めた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あのもとの高輪の学窓のチャペルで、夏期学校で、あるいはその他の説教の会で、捨吉には既に親しみのある半分どもったような声がポツリポツリと牧師の口かられて来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御晩食おゆはんの後は奥様と御対座おさしむかい、それは一日のうちでも一番楽しい時で、笑いさざめく御声が御部屋かられて、耳をなぶるように炉辺までも聞える位でした。その時は珈琲コーヒーか茶を上げました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それをみだりにわが物と心得て、私用に費やそうものなら、いつか「天道てんどう」にれ聞こえる時が来るとも誨えた。彼は先代惣右衛門の出発点を忘れそうな子孫の末を心配しながら死んだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
奥山の秋のことですから、日中ひるなかとは違いましてめっきり寒い。山気は襲いかかって人のせなかをぞくぞくさせる。見れば樹葉きのはれる月の光が幹を伝って、流れるように地に落ちておりました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長い間溶けずにいた雪の圧力と、垂下った氷柱つららの目方とで、ところどころこわれかかった北側の草屋根の軒からは、隣家となりの方から壁伝いにって来る煙がれた。丁度、庭も花の真盛りであった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
若いもの同志の話は木曾少女おとめの美しいことに落ちて行った。その時、三吉は姉から聞いた娘のことを言出して、正太の意中をたたいてみた。正太は、唯、あわれに思うというだけのことをらした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
話声一つれて来なかった。静かだ。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長きなげきはらすとも
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)