峻厳しゅんげん)” の例文
旧字:峻嚴
『然し、私の今日あるのは、父上の峻厳しゅんげんな御教育のほかに、どこまでも甘い、どこまでも許してくださる、母の慈愛がございました』
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「諸君といっしょに生きることくらい不幸なことはない、」と言うらしい人の上には、あらゆる峻厳しゅんげんな法の制裁が喜んで加えられる。
しかし、「いき」のうちには「慮外りょがいながら揚巻あげまき御座ござんす」という、曲線では表わせない峻厳しゅんげんなところがある。冷たい無関心がある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
一年に三万人の生霊せいれいが、この便利な機械文明にわれてしまっている。日本に於ても浜尾子爵閣下はまおししゃくかっかが「自動車轢殺れきさつ取締とりしまりをもっと峻厳しゅんげんにせよ」
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分さえよければ人はどうでもいい、百姓や町人はどうなってもいい、そんな学問のどこに熱烈峻厳しゅんげんな革新の気魄きはくが求められましょうか——
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
各王国居城に豪奢ごうしゃな官邸を構え、儀仗ぎじょう兵を付して威容を整え、各国王マハラージャの内政に容喙ようかいして、貢納金の取立て峻厳しゅんげんを極めている。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
案の定、七郎兵衛はぎくりとなりましたが、右門のことばは間をおかないで、峻厳しゅんげんそのもののごとくに飛んでいきました。
ちょうど近頃の塩・煙草たばこの専売のごとく、その自用の禁止は全島にわたって、相応に峻厳しゅんげんなものであったろうと思われる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
(と村井保は、係官の第二回目の峻厳しゅんげん訊問じんもんに対して、頭をうなだれ、声をふるわして答えた)すっかり申し上げます。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ここは峻厳しゅんげんとか崇高とか、遠きに仰ぐ世界ではない。ここは密な親しげな領域である。されば工藝は情趣の世界、滋潤とか親和とかがその心である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼に対する自分の批評は、それにつれて峻厳しゅんげんになる。何か、自己擁護的な本能の力で、そうなるようにさえ見える。
そして、兄弟のごとくまた法官のごとく、同時に慈愛と峻厳しゅんげんとに満ちた心をもって、なかなかはいれない地下の洞穴どうけつまで下ってゆかなければならない。
峻厳しゅんげんな力強い感情に輝きうる、つつましやかな青い目や、憤懣ふんまん激昂げきこうになおも震えているその小柄な体に見入った。
苦虫をかみつぶしたような顔つきで、嗅煙草かぎたばこでよごれた着物を着て、木箆きべら(5)を手にしながら学校の峻厳しゅんげんな法則を執行していた人なのであろうか? おお
また犯罪については、峻厳しゅんげんな取締の詔を発せらるる一方、事あるごとに大赦を命じ、天平三年十一月の紀には
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
御弓矢槍奉行おゆみややりぶぎょう丹後守忠長たんごのかみただながはすぐに伺候した。家綱はまだ十九歳であるが、三代家光いえみつ濶達かったつな気性をうけてうまれ、父に似てなかなか峻厳しゅんげんなところがおおかった。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そんなにうまく人柱なぞという光栄の名の下に死ねなかった。謂わば、人生の峻厳しゅんげんは、男ひとりの気ままな狂言を許さなかったのである。虫がよいというものだ。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これは相手が峻厳しゅんげんな検事であろうと第一流のポレミストであろうと、共通して言われることである。
瑠璃子の言葉は、これから判決文を読み上げようとする裁判長の言葉のように、峻厳しゅんげんであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
長歌が蒼古峻厳しゅんげんの特色を持っているが、この反歌もそれに優るとも劣ってはいない。この一首の単純にしてきびしい形態とその響とは、恐らくは婦女子等の鑑賞に堪えざるものであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
燕王これを聞き、殷に書をおくり、こう金陵きんりょうに進むるを以て辞とす。殷答えて曰く、進香は皇考こうこう禁あり、したがう者は孝たり、したがわざる者は不孝たり、とて使者の耳鼻じびき、峻厳しゅんげんの語をもてしりぞく。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先生を高等学校の廊下で毎日のように見たころは、ただ峻厳しゅんげんな近寄り難い感じがした。友人たちと夕方の散歩によく先生の千駄木せんだぎの家に行ったが、中へはいって行く勇気はどうしても出なかった。
夏目先生の追憶 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「だまれ、法は峻厳しゅんげんぐべからざるもの、さような自由は相成らん。ばくにつかぬとあらば、押しくるんで召し捕る分じゃ」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここは峻厳しゅんげんとか崇高とか、遠きに仰ぐ世界ではない。ここは密な親しげな領域である。されば工藝は情趣の世界、滋潤じじゅんとか、親和とかがその心である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あるいはものすごい自然のもっとも峻厳しゅんげんな姿にたいするときでさえも常に感ずる、あの詩的な、なかば心地よい情趣によって、少しもやわらげられなかったからである。
この峻厳しゅんげんにして、容易に人を信用しない僧侶でさえもが、『奇跡』の消息を読むと、苦い顔をして、心の中のある種の感情を全く押えることができなかったのである。
政変前はアグラムの有名なニーシュ百貨店の総支配人をしてゐたといふことだが、そんな出身とはちよつと受取れぬほどの、見るからに精悍せいかん気魄きはくと武人型の峻厳しゅんげんさが
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
一瞬間前にはハムレットの演出にたいして峻厳しゅんげんだったにもかかわらず、オフェリアが自分の描いていた面影とほとんど似てもいないことを、少しも遺憾とは思わなかった。
憐愍れんびんから発した峻厳しゅんげん毀損きそん、個人性の承認、絶対的裁断の消滅、永劫定罪の消滅、法律の目における涙の可能、人間に依存する正義とは反対の方向を取る一種の神に依存する正義。
そういう人間自身の弱さに古典が恰好かっこうの化粧となり、しかも徹底してこの惑いからのがれるのは至難なのである。誰しも古典の峻厳しゅんげんについて言う。だがその峻厳さはつねに無言である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そしていつものような峻厳しゅんげんな表情を続けていたが、やがて重々しく唇をひらいた。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
峻厳しゅんげん執拗しつよう、わが首すじおさえては、ごぼごぼ沈めて水底這わせ、人の子まさに溺死できしせんとの刹那せつな、すこし御手ゆるめ、そっと浮かせていただいて陽の目うれしく、ほうと深い溜息、せめて
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、日本の峻厳しゅんげんな法律は、彼らの首を身体から斬り放つだろう。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
父のいいつけと聞き、また、その家臣の口吻くちぶりにも、何やら峻厳しゅんげんなものを覚えたので、宗矩は、はっと立って、命を待った。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どのうつわを手にしても、貴方はこう尋ねてよい、“お前は工藝品か”と。器に対してこれ以上の峻厳しゅんげんな批判はない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一つの衒学げんがく的な峻厳しゅんげんさと思想上の専制主義、力にたいするひそかな崇拝、反対の意味の軍国主義、などを見出したが、それは彼が毎日ドイツで聞いているところのものと
ところが、彼は峻厳しゅんげんに自己を裁いてみたけれど、たけり狂った彼の良心は、誰にでもありがちの単なる失敗を除いては、自分の過去にかくべつ恐るべき罪を見出みいださなかった。
観光地として繁栄する平和の日などは軽蔑けいべつしよう。日本を世界に冠絶する美の国、信仰の国たらしめたい。そのためにはどんな峻厳しゅんげんな精神の訓練にも堪えねばならぬと僕は思っている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼はバラモン教徒のような慈悲心と法官のような峻厳しゅんげんさとを持っていた。かえるをあわれむとともにへびを踏みつぶすだけの心を持っていた。しかるに彼が今のぞき込んだ所は、まむしの穴であった。
初めは、峻厳しゅんげんだったが、語尾には、やさしい感謝をこめて諭すのだった。土民たちはおのずから首を垂れ、そして、棒切れや竹槍を捨ててしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真実にたいする敬虔峻厳しゅんげんな尊敬のないところには、良心は存しないし、高い生活は存しないし、犠牲の可能性は存しないし、高潔は存しないのだ。真実という困難な義務を修業したまえ。
そして精神のうちにさわやかな柔らかいうるおいを生じさして、醇乎じゅんこたる思索の、あまりに峻厳しゅんげんな輪郭をなめらかにし、処々の欠陥や間隙かんげきをうずめ、全体をよく結びつけ、観念の角をぼかしてくれる。
また、信長が出向いて、直接、指揮に当ったり、占領治下の後始末したところなどは、余りに、その峻厳しゅんげんに、民衆はただ恐れすくんでいる風があった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてクリストフはチューリッヒの剛健な市民ゴットフリート・ケルレル老人——峻厳しゅんげんな誠実さと郷土的な強い風味とによって彼には最もなつかしい作家の一人——の詩句を引用していた。
言わず語らず、万太郎をそばに据置いて、手厳しくらしめている吉宗は、この機に峻厳しゅんげんたる彼の半面を見せました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして現在では、みずから力の充実した感じがしていたし、いかなる苦しみのためにもせよ奮闘を断念するということは、考え得られなかったので、自殺にたいしては峻厳しゅんげんな考えをもってさえいた。
彼のうしろには、彼のこわばった峻厳しゅんげんよりも、もっと冷々として理智的な、羅門らもん塔十郎の眼が蛍いろに光っていた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
て、小愛の仁は、衆民によろこばれますが、余りな苛烈かれつ峻厳しゅんげんは、うけ容れられません。たとえそれが、わが殿の大愛から出たものでありましょうとも
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峻厳しゅんげんな容態をくずさないが、晩飯の後など帷衣かたびら一重ひとえになって、宿直とのいの者たちの世間ばなしでも聞こうとする時は、自分もくつろぎたいし、人をも寛がせたいのであった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、以前にかわらないものは、子に対してじっと向ける眸の大きな愛と峻厳しゅんげんな強さであった。こぼれ落ちそうな涙をもこらえて、老母は、静かにいうのだった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)