ひろ)” の例文
自分ひとりは極めてひろい安易さを感じるのを不思議におもひながら、机の前に座つて子供の相手をしながら、読書を初めた。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
「何分、わたくしは、御当地に始めての旅の者、殊更ことさら、取り急ぎます日暮れ時、何事もお心ひろうお許し下されますよう——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この親にして、あのお子があったか——初めて大きな実訓じっくんをうけたのだった。剛愎ごうふく、そんなことばではいいきれない頼房の胸のひろさであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひろいふところに、ありあまるほどの情意を包みながら、言説以外にはそれも打ち出さずに、終生つつましく暮らして行かれたようなその人柄は
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
良寛は馬鹿者のやうに見えてゐて、なかなか心がひろい。少しもこせつかないで、運命のままに身をまかせてゐる。いつどんなところででも、居睡ゐねむり
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
母親は、ひろい胸から乳房を掴み出し、柔らかいぽとぽと音を立てて陶物にれる乳を見ながら、口惜くやしそうに云った。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
一つは枯れて土となり、一つは若葉え花咲きて、百年ももとせたたぬ間に野は菫の野となりぬ。この比喩ひゆを教えて国民の心のひろからんことを祈りし聖者ひじりおわしける。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
黙って母家おもやの方を伏し拝むと、心静かに取上げたのは言うまでもなく短刀。蝋塗ろうぬりさやを払って、懐紙をキリキリと巻くと、紋服の肌をひろげて、左脇腹へ——。
気のめぐりのひろい、しかもひとつ事をこつこつと丹念にやるという気性で、家中の嘱望しょくぼうを集めていたから、この高松移居にはかなりはげしい反対運動がおこった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
内はひろくて、座敷のようなものが三、四室ある。壁に沿うてとこを設け、その床は綿に包まれている。
(ああ、ああ。)とにごった声を出して白痴ばかくだんのひょろりとした手を差向さしむけたので、婦人おんなは解いたのを渡してやると、風呂敷ふろしきひろげたような、他愛たわいのない、力のない
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ビュロオ伯は常の服とおぼしき黒の上衣うわぎのいとひろきに着更きがへて、伯爵夫人とともにここにをり、かねて相識れる中なれば、大隊長と心よげに握手し、われをも引合はさせて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
遠く見れば、浅間はただなだらかで端正に裾をひいているが、近づいて見ると、緑色の上着の胸をひろげて、自己の履歴を語るように、焼け爛れた赤錆色の四角な肌を露出している。
浅間山麓 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
初夏の明るいほこりのたつ日であった。章一は平生いつものようにひたいひろい白い顔を左の方にかしげるようにして坂路さかみちをおりて往った。足にはゴム草履ぞうり穿いていた。坂の下には省線の電車があった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
地に穴し瀦水ちょすいしてこれを蓄え、いまだ日をえざるにその地横についえ水勢洶々きょうきょうたり、民懼れ鉄を以てこれに投じはじめてむ、今周廻ひろばかりなるべし、水清澈せいてつにして涸れず〉とあれば
今、天皇は、そのつばきの葉と同じように、大きなおひろい、そして、その花と同じように美しくおやさしいお心で、采女うねめをお許しくだすった。さあ、このとうとい天皇にお酒をおつぎ申しあげよ。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
家の生活くらしも不自由はせず、父は学究でござりまして、心もひろく親切でもあり、そうして私といたしましても、自分で自分を褒めますのは、ちとおかしくはござりますが、まず悪人ではござりませぬ。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人間のさがを、ひろて、その瑕瑾かきんをとがめず、たいがいな事は「ゆるす」ということも、老公の上に見られる最もいちじるしい性格のひとつであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(あゝ、あゝ、)とにごつたこゑして白痴あはうくだんのひよろりとした差向さしむけたので、婦人をんないたのをわたしてると、風呂敷ふろしきひろげたやうな、他愛たあいのない、ちからのない
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
生得しょうとくと申しましょうかなかなかそれが身に付きません、芸ごとは心をやしない気をひろくすると聞きましたので、柄にも合わず勘も悪くて、半年してもまだ一つの唄があがらないありさまですが
主計は忙しい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし後醍醐はさすが、帝王のひろい御分別ともいうべきか。正成をるにも、彼らの冷蔑や気色ばみとは、はるかにお心の在り方がちがっている。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
棚の上からまた一つの赤い色のびんを出して、口を取ってまた呪文を唱えますとね、黒い煙が立登って、むらむらとそれが、あの土間の隅へひろがります、とその中へ、おどろのような髪を乱して
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一朶いちだの白雲が漂うかのような法然の眉、のどかな陽溜ひだまりを抱いている山陰やまかげのように、ひろくて風のないそのふところ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戦陣の寸暇、甲冑かっちゅうを解いて、身をくつろぐと共に、心をひろくし、和楽のうちに、心身を養うことであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の亡父ちちからうけついだ戦いは、皇天皇土こうてんこうど御為おんためであって、それ以外の私心はない。——そう徹していたところに、自然と、あのひろやかな大愛が持てたのだと、わしは思う
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風采いかにも洋々とひろく、顔にも陸棲人士りくせいじんしのごとくいらついた神経などなく、各〻、しゃちくじらの子みたいに、頗る縹渺ひょうびょうたる風格のなかに、また一種の楽天的な気概をそなえている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その茫漠ぼうばくとしているところですな。たとえば春霞はるがすみのたなびいている天地のようなおひろさ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
稀には殿御自身、忙を離れて、気をお養いあそばさなければいけません。家中一般も、ほっと息をつき、領民が仰げば、何かしら安泰あんたいを感じて、国中がひろやかな心になりましょう
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「海のごとくひろく、空のごとく明るく」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春の海のようにそれはひろい。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)