奴僕ぬぼく)” の例文
疑いも無く昇は、課長の信用、三文不通の信用、主人が奴僕ぬぼくに措く如き信用を得ていると云ッて、それを鼻に掛けているに相違ない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
貴様がやる気ならおれもどんな力でも貸す、貴様の奴僕ぬぼくになってもいい、ほんとに貴様がやるという誓いを天地に立ててくれるならば——
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少女は今までの衣裳を解き捨てて、いやしい奴僕ぬぼくの服を着け、犬の導くままに山を登り、谷に下って石室いしむろのなかにとどまった。
全く、一の神秘な人格とさえ成ってしまう。その時、人間はむしろ却って被駆使者となり、奴僕ぬぼくとなり、これめいこれに従わねばならなくなる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
脳髄はこうして宇宙間最大最高級の権威を僭称しつつ、人体の最高所に鎮座して、全身の各器官を奴僕ぬぼくの如く駆使している。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
瑠璃光は、いやしい奴僕ぬぼくの風俗をした、二十はたちあまりの薄髯のある男の顔を、胡散うさんらしく見守って居たが、何心なく受け取った文の面に眼を落すと
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この土地で奴僕ぬぼくの締める浅葱あさぎの前掛を締めている。男は響のい、節奏のはっきりしたデネマルク語で、もし靴が一足間違ってはいないかと問うた。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
しゆに於いて眠り給へる帝室評議員アントン・フオン・ヰツク殿の為めに祈祷せしめ給へ。主よ。御身の敬虔なる奴僕ぬぼくアントニウスに慈愛を垂れ給へ。」
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
入用いらざ雑用ぞうようを省くと唱え、八蔵といえる悪僕一人を留め置きて、その余の奴僕ぬぼくことごとく暇を取らせ、素性も知れざる一人の老婆を、飯炊めしたきとして雇い入れつ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殊にその一人の若者は、彼を崇拝する若者たちの中でも、ほとんど奴僕ぬぼくのごとく彼に仕えるために、かえって彼の反感を買った事がある男に違いなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは、その家の主人幼稚なるゆえ、奴僕ぬぼくが塩、味噌みそ、薪炭等を盗み取るに、下女、はしためども妨げになりしゆえ、早く起きざらんため、かくのごとくいいしとぞ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「水晶山は俺の領地だ。人足どもは俺の奴僕ぬぼくだ。俺は俺の武力をもってそれらのものを手に入れたのだ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
万事万端妻の頤使いしに甘んじて、奴僕ぬぼくのごとき忍辱にんにくを重ねていたからであったが、もっと手っ取り早く言おうならば、ドン・アルヴァロ・メッサリイノ伯爵といえば
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
わが断腸亭奴僕ぬぼく次第に去り園丁来る事また稀なれば、庭樹いたずらに繁茂して軒を蔽い苔はきざはしを埋め草はかきを没す。年々鳥雀ちょうじゃく昆虫の多くなり行くこと気味わるきばかりなり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
科学は全く受動的に非科学の奴僕ぬぼくとなっているためにその能力を発揮することができず、そのために無能視されてしかられてばかりいるのではないかという気もする。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
正月七日の夜、某旧識きゅうしきの人の奴僕ぬぼく一人、たちまちに所在を失ひそうろう。二月二日には、御直参ごじきさんの人にて文筆とも当時の英材、某多年の旧識、これも所在を失し、二十八日に帰られ候。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夫婦ふうふこゝろ正直しやうぢきにしておやにも孝心かうしんなる者ゆゑ、人これをあはれみまづしばらくが家にるべしなどすゝむ富農ふのうもありけるが、われ/\は奴僕ぬぼくわざをなしてもおんむくゆべきが
奴僕ぬぼくうちの心のあらい者は、主人を神とも思っているから、然様さようでござる、それは一段と味も勝り申そうと云い、少し物わかりのした者は、それはむごいとは思ったが
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それが甲斐の前に立つと、まるで奴僕ぬぼくがそのあるじに対するように、たくましい肩腰をちぢめ、この命ひとつただいまにでも差上げます、というような眼で見るのであった。
汝はふさはしき道と方法てだてとを盡し、我を奴僕ぬぼくつとめより引きてしかして自由に就かしめぬ 八五—八七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
旧幕時代の分家というものは、親戚であっても、だいたい、家臣同様の格に置かれたものだが、和泉藩に於ける分家とは、あたかも、主人にたいする奴僕ぬぼくの関係にひとしかった。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
容易に剿滅そうめつしたわけではなく、現に二年前の万治元年には大村領の邪宗徒六百三人を死罪にし、幕府は切支丹禁制の令を厳にし、奴僕ぬぼくを召抱えるのに、檀那寺だんなでらの証文を必要としました。
英語に直訳すれば、まるで何だかよそよそしい、卑屈な響になって仕舞うが、日本の女性が良人を、「宅の主人」と呼ぶのは、決して、奴僕ぬぼくが雇主を指して云うような感情を持ってはいない。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ことに、相手が対等の士人でなくして、自分の家に養われた奴僕ぬぼくであることを知ると、少年の心は、無念のいきどおりに燃えた。彼は即座に復讐の一義を、肝深く銘じた。彼は、馳せて柳生やぎゅうの道場に入った。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「神の奴僕ぬぼくの一人でござります。」
母屋の中心に、持仏堂じぶつどうもあれば、侍部屋もある。寝所、釜殿かまどの女童部屋めわらべべや奴僕ぬぼくの小屋、殊に目立つのは、うまやのあることである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫婦ふうふこゝろ正直しやうぢきにしておやにも孝心かうしんなる者ゆゑ、人これをあはれみまづしばらくが家にるべしなどすゝむ富農ふのうもありけるが、われ/\は奴僕ぬぼくわざをなしてもおんむくゆべきが
人間の脳髄と称する怪物は、身体の中でも一番高い処に鎮座して、人間全身の各器官を奴僕ぬぼくの如く追い使いつつ、最上等の血液と、最高等の営養分をフンダンに搾取している。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
親のために、子のために、夫のために、知己親類のために、奴僕ぬぼくのために。
愛と婚姻 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「なにをおっしゃいます。太師に捨てられて、あんな乱暴な奴僕ぬぼくの妻になれというのですか。いやなことです。死んだって、そんなはずかしめは受けません」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女性は後閣に住んでいる彼の秘妾ひしょうであり、男はかれの病室に仕えていた慶童子けいどうじとよぶ小さい奴僕ぬぼくだった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木賃宿の朝夕、端公は囚人めしゅうどを、奴僕ぬぼくのようにこきつかう。これらはやさしいことである。四、五日も旅するうちには、すでに盧俊儀その人の面影はどこにもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、義経に対してだけは、敬愛の心をもって、奴僕ぬぼくの如く、身をにしても仕える気であった。その誠意は、義経の多感な胸には、ありのままうつらずにいなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
果たしてその時刻に、主の叔母聟おばむこなる者が、肉と酒とを土産みやげにもたらし、主と飲むうち、夜に入って、なお酒肴を求めるため、奴僕ぬぼくに、鶏を射てころせと、命じました。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姉妹ふたりはまだ吉次からほんとの話しは打明けられていなかった。その頃は盛んに都の女やわらべが、奥州へ買われていったので、吉次がどこからか買って来た奴僕ぬぼくと思っているふうだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、邸のうちには、門番もいなければ、奴僕ぬぼくもいないらしい。程なく答えがあって、奥のほうから、燭の光がうごいてきた。金褘の妻が自身そこを開けに近づいてくるようだった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
良持が、遺言に、所領の土や馬などと一しょに、奴婢までを、遺産にかぞえているのは、おかしく聞えるが、当時の世代では、まちがいなく、奴婢奴僕ぬぼくも、個人所有の、重要な財産のひとつであった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大学を卒業したばかりの兄のきんひとりを杖とも柱とも頼み、家財道具と継母とを車に乗せて、孔明の弟のきんや妹たちを励ましながら——わずかな奴僕ぬぼくらに守られつつ、それらの飢民の群れにまじって
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
役人や名主は、あたかも英雄に仕える奴僕ぬぼくのごとく、彼をうやまって
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奴僕ぬぼくの中に、宦官かんがんたちのまわし者が住みこんでいる。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
番犬視されているおおやけ奴僕ぬぼくにすぎないのだ。