執着しゅうじゃく)” の例文
どこまでも執着しゅうじゃくつよわたくしは、自分じぶん家族みうちのこと、とりわけ二人ふたり子供こどものことがにかかり、なかなか死切しにきれなかったのでございます。
ことにはこの世の執着しゅうじゃくの多そうな若い人たちが、突如として山野に紛れこんでしまって、何をしているかも知れなくなることがあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、あの女と別れるくらいは、何でもありませんといっているじゃないか? たといそれは辞令じれいにしても、猛烈な執着しゅうじゃくはないに違いない。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それから因縁あれば両三度も落合い挨拶あいさつの一つも云わるゝより影法師殿段々堅くなって、愛敬詞あいきょうことば執着しゅうじゃくの耳の奥で繰り返し玉い
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ほかの連中は皆命を軽石ほどにも思っていないらしい。俺はどうしたらこの未練らしい執着しゅうじゃくの根を絶って、ああいう風になれるのだ?」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そう思いつめると、今は官兵衛の生への執着しゅうじゃくも日毎にうすくなった。心のどこを探しても、滅失めっしつ以外のものが見出し難いここちになった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたかも執着しゅうじゃくそのもののような窩人の娘の復讐がいかに物凄いかということを薄情な男に思い知らせてやろう! こう決心したのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
運命に対する知見に基づいて執着しゅうじゃくを離脱した無関心である。「いき」は垢抜あかぬけがしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟洒しょうしゃたる心持でなくてはならぬ。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
余はいつもその事を思い出す度に人の師となり親分となる上に是非欠くことの出来ぬ一要素は弟子なり子分なりに対する執着しゅうじゃくであることを考えずにはいられぬのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
うべしこそ、近藤は、執着しゅうじゃくの極、婦人おんなをして我に節操を尽さしめんか、終生空閨くうけいを護らしめ、おのれ一分時もそのそばにあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生きる執着しゅうじゃくが残っていたればこそ、いろいろと思いわずらったものを、それが全く取れてしまえば、もう道は開けたので……その道は地獄よりほか行き場のない道ではあるけれども。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
世の中もこんな気になればらくなものだ。分別ふんべつ錠前じょうまえけて、執着しゅうじゃく栓張しんばりをはずす。どうともせよと、湯泉のなかで、湯泉と同化してしまう。流れるものほど生きるに苦は入らぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼が網を張るのは悪戯いたずら冗談じょうだんではない、彼は生きんがために努力しているのである。彼は生きている必要上、網を張って毎日の食を求めなければならない。彼には生に対する強い執着しゅうじゃくがある。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女のこの愛情のうちには、おのが土地に執着しゅうじゃくしてる百姓女のような峻烈しゅんれつさがあった。自分と同じようによくゴットフリートを愛する者がいると考えることは、彼女にとっては不快であった。
おのれの権勢や利欲にも貪婪どんらん執着しゅうじゃくする、互いに相手の弱点をあばき、非難し中傷しあい、そうして国目付や老中へ訟訴しようとする、自分の我をとおすためには、藩の外聞などは考えもしない
さして執着しゅうじゃくした名前はなかったということに一致するのでした。
はややくにもたたぬ現世げんせ執着しゅうちゃくからはなれるよう、しっかりと修行しゅぎょうをしてもらいますぞ! 執着しゅうじゃくのこっているかぎ何事なにごともだめじゃ……。
これであなたの人生の執着しゅうじゃくも、熱がさめたでしょう。得喪とくそうの理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。
黄粱夢 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だが——金の額が越えるほど貯まってくると、こんどは、一平もお咲も、急にその執着しゅうじゃくが捨てられなくなった。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは数多あまたの人見たるゆえに誰も疑わず。いかなる執着しゅうじゃくのありしにや、ついに知る人はなかりしなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし二人とも其の忌わしいことには、心をも言葉をも触れさせないようにつとめた。互に相棄てたくない、執着しゅうじゃくの心が、世相の実在に反比例して強く働いたからである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おのに肉飛び骨くだける明日あすを予期した彼らは冷やかなる壁の上にただ一となり二となり線となり字となって生きんと願った。壁の上に残る横縦よこたてきずせいを欲する執着しゅうじゃく魂魄こんぱくである。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでもこちらへて、いろいろと神様かみさまからおさとしをけたおかげで、わたくしの現世げんせ執着しゅうじゃく次第しだいうすらぎ、いまでは修行しゅぎょうすこみました。
「ではあなたはほかの河童のように格別生きていることに執着しゅうじゃくを持ってはいないのですね?」
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
われながらその執着しゅうじゃくには感心する。ひとから考えたら、何の為に生きているか、死んだほうがましであろうに——と定めし思うであろうにとも知りながら、やはり死にたくはなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとより壊空えくうの理をたいして意欲の火炎ほのおを胸に揚げらるることもなく、涅槃ねはんの真をして執着しゅうじゃく彩色いろに心を染まさるることもなければ、堂塔をおこ伽藍がらんを立てんと望まれしにもあらざれど
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おぼえているのは、むかし自分が生れたという所の、城づくりのような石垣と焼けほろんでいる屋敷あとほりだけだった。ふるさとといっても、彼女には、さして深いなつかしさも執着しゅうじゃくもない。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下 化城諭品けじょうゆぼんいさめきか執着しゅうじゃく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
でなければ、わざと恩を売って、隠密方の執着しゅうじゃくをにぶらそうとする策だろうか?
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剃髪ていはつして仏門に入ろう。そして争闘興亡の圏内けんないから遁れ去ろう。同時にかつての栄門に還る夢望を捨て、一切の執着しゅうじゃくを洗い、上杉家の長い恩顧を謝して、飄乎、高野の塵外じんがいへかくれよう。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急にとがってみえる骨の間に、どんよりと、なんらかの執着しゅうじゃくの相をたたえて。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだ、お前のいうとおり、おれは執着しゅうじゃくと根気の人間だ。あきらめたか」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
求め難い男に執着しゅうじゃくし、求めがたい恋に苦しみあえぐより、無邪気な目下に喜ばれるって、なんていいものだろう。けれど人は、淡いものには飽きたらないで血みどろな恋の修羅場を選んでゆく。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今、黄祖は亡び、甘寧は、呉に服して、家中の端に加わる以上——なんで旧怨をさしはさむ理由があろう。そちの孝心は感じ入るが、私怨に執着しゅうじゃくするは、孝のみ知って、忠の大道を知らぬものだ。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これはいかん」忍剣は、早くも執着しゅうじゃくをすてて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)