垣間かいま)” の例文
寅彦の西欧的な深い学識と、高い識見とを垣間かいま見るには、初期の作品では、『丸善と三越』『蓄音機』『案内者』などが適当であろう。
寅彦の作品 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
だが元三は息を殺し再び首を突き出しておずおず入口の隙間から外を垣間かいま見た。雨が降っているのに婦は上体に何も着けていなかった。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
女はうなじに懸けたるきんくさりを解いて男に与えて「ただつか垣間かいま見んとの願なり。女人にょにんの頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
肉情さえ許したもののあることは東洋のしつけと道徳の間から僅にそれ等を垣間かいま見させられていたものに取っては驚きの外無かった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
垣間かいま見ることができ、瞥見べっけんすることができるならば、彼女らはすべてを捨てて顧みず、すべてを冒し、すべてを試みたであろう。
縁側の障子にはまってる硝子越しに垣間かいま見る空は、いつも陰鬱に夢のように彼には感ぜられた。寒暖、風の有無、それらは更に分らなかった。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あさひは暗澹あんたんたる前途を見透し、地獄へちる瞬間の光景を垣間かいま見たひとのような悲愴な顔で、生きにくい東京という土地を離れる決心をした。
虹の橋 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そしてその男の姿をちらりと垣間かいま見た瞬間に、彼はおもわずハッと思い、軽い胸のときめきをさえ感じてそこに立ちつくしてしまったのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
八坂の覚然は、祇園女御を、ふと垣間かいまみて、欲情に駆られた。だが、上皇の思い者なので、たやすく近づけないでいた。
彼が彼女を垣間かいま見たのは後にも先にもたった一度だったけれど、でもそれからは琴のしらべと唄のこえとに一としお耳をそばだてるようになって
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
源三郎さまと、自分と……この男は、さっきから障子のそとで、じぶんがこの人形をくっつけておくところなど、そっと垣間かいま見ていたに相違ない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
朝景色に見惚れている女の姿を垣間かいま見たりなどすることがあると、垣根のもとに忍び寄って、隙見する習いであった。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そんなときでもなければ垣間かいま見ることを許されなかった、聖なる時刻の有様であった。そう思ってみて堯は微笑ほほえんだ。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
庭の一隅にあったテニスコオトで愉快そうにたまを打ち合っていらっしゃるのが、往来からもダリヤやフランス菊なぞの咲き乱れた間に垣間かいま見えました。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
嘗つての夜の思出に刺戟しげきされたのであったか、ふと芙蓉の素顔が垣間かいま見たくなったので、闇と群集にまぎれて、ソッと楽屋口の方へ廻って見たのである。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時々チラと垣間かいま見る彼の絵には、大岩に寄りすがった俺の全身を中心として、霧に煙る雪田が、上半に大きく描き出されてあり、そこに俺の姿勢の必然さも
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
彼は非常に骨折って、はっきりと個々の事柄を少しずつ聞き出した。そして、ブラウンのごく軽率な好人物的性質のおかげで、その生活の秘奥ひおう垣間かいま見ることができた。
垣間かいま見ただけでも身の内が、ぼッと熱くなる程な容色を持っているというのに、こういう野暮天な人斬り亡者共にかかっては、折角稀れな美貌も一向役に立たぬとみえて
それと同時に親子の関係がどんな釘に引っかかっているかを垣間かいま見たようにも思った。親子といえども互いの本質にくると赤の他人にすぎないのだなという淋しさも襲ってきた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それより無言むごんにて半町はんちやうばかり、たら/\とさかのぼる。こゝにひるくら樹立こだちなかに、ソとひと氣勢けはひするを垣間かいまれば、いし鳥居とりゐ階子はしごかけて、輪飾わかざりくるわか一人ひとり落葉おちばおきな二人ふたりあり。
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひとりでひそかに物想いにふけっている悲しい少女の姿を、ひょいと垣間かいま見たりすると、それは悲しいものだが、相手からそれを見せびらかされるのは、たとえその相手が十四五の娘にしろ
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
板倉屋のお絹は、その頃御藏前中の人氣者で、下谷淺草中の若い男は、お絹を垣間かいま見るのを、何よりの樂しみにし、板倉屋の前を通る若い男達は、一度は屹度きつとつまづいたとさへ言はれてをりました。
その頃はまだ今のやうに店をひろげてゐなかつた「たむら」の前をうろうろして、彼女の姿をひとめでも垣間かいま見ようとしたこともある、あたいなんぞ、あとからついて行つた、あたいの顔を見て
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
心ゆくまで垣間かいま見た訳ですが、その時のAの驚きはドンなでしたろう。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(アクテオンは、希臘の男神の名なり、女神ヂアナを垣間かいま見て、罰のために鹿に變ぜられ、やしなふ所の群犬にまる。)二個の「スフインクス」(女首獅身の石像)を脚としたる大理石の巨卓おほづくゑあり。
垣間かいまとれしを誰と知るや。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
垣間かいま見る好色者すきものに草かぐわしき
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「おれは、ちらと、垣間かいま見たぞ」というのがあれば、「じゃあ、おれも何とか、いちどは覗いてみなくては」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内心にさしてきた嫌悪けんおすべき光に彼は戦慄せんりつを覚えた。慄然りつぜんたる一つの観念が彼の精神をぎった。自分にあてられてる一つのおぞましい宿命を、未来のうちに垣間かいま見た。
疾病しっぺい、埋葬、苦々にがにがしい論争、困窮、世に認められない天才、——そしてことに、その音楽、その信仰、解放と光明、垣間かいま見られ予感され欲求され把握はあくされた喜悦、——神
垣間かいまていたのと違って、私にとっては、生れてはじめての、この世にたった一人の方なのですもの、それは当り前でございましょうけれど、日が経つにつれて、段々たちまさって見え
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やあ、緑青色の夥間なかまじよ、染殿そめどの御后おんきさい垣間かいま見た、天狗てんぐが通力を失って、羽の折れたとびとなって都大路にふたふたと羽搏はうったごとく……あわただしいげ方して、通用門から、どたりと廻る。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地獄へちる瞬間の光景を垣間かいま見た、聖者のような悲愴な顔で、さっき町へ行ったとか、千葉まで買物にとか、ささやくような声でつぶやいていたが、いまになって思いあわせると、千々子さまは
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「いったい、どんなていたらくで参るか、どんな男か、公式に対面する前に、ちょっと垣間かいまみたい」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土蔵の窓の双生児を垣間かいま見て、その一方の女性(つまり日記にあった秀ちゃん)の美貌にうたれたことは前章に記した通りだが、異様なる環境がこの片輪娘の美しさを際立きわだたせたとしても
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅筆を含めるさまを、垣間かいま
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一方島の人々は、千代子女王の姿を垣間かいま見ることさえ許されませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
松下嘉兵衛かへえから貰った金はあるはずだが、それは、乙若の家を訪ねる前の夜、中村の家の外まで行き、母の無事なすがたを垣間かいま、そっと投げ込んで来たので、身には一銭も持っていなかったし
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)