くわ)” の例文
なにか、雪の中にかぎつけたものとみえ、妙な吠え方をして、くわえ出したのは小さな革袋で、それをネルロにわたしました。
と、口にくわえていた帯締を取って中へ通したが、そうしてきちんと締めてしまうと、又その帯もキュウキュウ云い出した。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そんな手で出るというのがあるものか、お庄は花を知らないかい。」叔父はお庄の肩越しに覗き込んで、煙管をくわえながら一ト勝負後見した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すっぽんに絹の端をくわえさせておいて、首の伸びたところをその付け根からち落とし、続いて甲羅を剥いでゆくのは、当たっていないのである。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それでアマミキョは天にいのって、わしをニライカナイに遣わして求めさせたら、三百日目に三つの穂をくわえてかえって来た云々と『御規式之次第おぎしきのしだい』にはあり
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と叱られても、お房はやはり母のふところを慕った。そして、出なくても何でも、乳房をくわえなければ、眠らなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ乳ばなれをして間もないかゆでなければ食べられない仔猫が、その鼠の子にかぶり付いてうなりながらくわえあるく形相と云うものは全く猛獣性そのものである
其の途端に欄間の上から大きな鼠が猫をくわえて出て来たが、すぐ畳の上へ落とした。宅悦は嬰児を寝かすなり表へ走り出た。門の外には伊右衛門がかみしもをつけて立っていた。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「先ず有難え」と漸く安心して寝衣のままにくわえ楊枝で朝風呂に出かけ、番頭を促して湯槽の板幾枚をめくらせ、ピリリと来るのをジッと我慢して、「番ッさん、ぬるいぜ!」
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
眼を開いて二本の杖で前後に迫る猛犬を扱って居る間はよかったですが、痛みの劇しさに不意に眼をふさいだ拍子にどうしたものか後の方の杖をある犬のためにくわえ取られたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
先刻泥吐口どろはきを抜こうと思って池の中に入ったんだが、口が赭土をくわえこんでいるのか、なかなかせんが動かんので骨折ったところだ、どうしても捕まえにゃ腹がえん、と話しながら
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それをくわえて戻ることは知らないで、やたらにそこらの砂を蹴立ててふざけている。
夜の若葉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
犬傍にありて衣の裾をくわえて引く、ややめてまたぬれば犬しきりに枕頭に吠ゆ。
葉巻煙草をくわえて居るのだ、光るのは煙草の火だ、人の屋敷へ忍び入って咬煙草などして居るとは余程横着な奴と見える、其のうちに安煙草の悪い臭気が余の居る所へまでも届いた。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
にんじんは、まだでてみる気がしない。そのうちで、ずうずうしいのが、そろそろ彼の靴をしゃぶりはじめる、あるいはひとすべの枯草を口にくわえ、前足を彼のほうへのせかける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その外とち小楊子こようじくわえながら酒を飲むと酔わないとか、テンポコ梨の実をみながらお酒を飲むと酔わないとか申すのもやっぱりその物にアルコール分を吸収せられるからでしょう。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
元より強弱敵しがたく、無残や肉裂け皮破れて、悲鳴のうちに息たえたる。その死骸なきがらくちくわへ、あと白雪を蹴立けたてつつ、虎はほらへと帰り行く。あとには流るる鮮血ちしおのみ、雪に紅梅の花を散らせり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
と云いながら又作が無法に暴れながら、ずッと奥へ通りますと、八畳の座敷に座布団の上に坐り、白縮緬しろちりめん襟巻えりまきをいたし、くわ烟管ぎせるをして居ります春見丈助利秋のむこうおくしもせずピッタリと坐り
呵々かかと笑い、葉巻をはたきてまたくわ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
羽子板をくわへ去る犬別荘へ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
と、そう云って、私が四つんいになると、ナオミはどしんと背中の上へ、その十四貫二百の重みでのしかかって、手拭いの手綱を私の口にくわえさせ
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
短く白髪を刈込んだ一人の客が、森彦と相対さしむかい碁盤ごばんを置いて、煙管きせるくわえていた。この人は森彦の親友で、みのる直樹なおきの父親なぞと事業を共にしたことも有る。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
踊にかさを用いる風習は、南の島ではやや少なくなったようだが、島の鼠はからだ相応の蝸牛の貝を踊り笠とし、手に持つかわりにこれを口にくわえて、こういって踊ったのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そう云って両手を差上げたが、両肩から手首近くまで、自来也じらいや彫青ほりものがあるのが、濡れているせいであろうか、巻物をくわえた蝦蟇がまの眼玉がぎろぎろと動いて赤瀬を睨んだように見えた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今二匹が噬合ひはじめて、互ひに負けじと争ひたる、その間隙すきを見すまして、静かに忍び寄るよと見えしが、やにはに捨てたる雉子きぎすくわへて、脱兎の如く逃げ行くを、ややありて二匹は心付き。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
濃艶な寝間着姿の女が血のしたゝる剃刀かみそりを口にくわえ、虚空こくうを掴んで足許に斃れて居る男の死にざまをじろりと眺めて、「ざまを見やがれ」と云いながら立って居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
丁度名倉の老人は、学校の寄宿舎からお幾を呼寄せて、母と一緒に横浜見物をして帰って来た時で、長火鉢の側に煙管きせるくわえながら、しきりとその葉書を眺めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見ればいぬる日鷲郎と、かの雉子きぎすを争ひける時、間隙すきを狙ひて雉子をば、盗み去りし猫なりければ。黄金丸はおおいに怒りて、一飛びにくってかかり、あわてて柱に攀昇よじのぼる黒猫の、尾をくわへて曳きおろし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
三番目もやはり女の児で、おしげと言った。お繁は見慣れない伯母を恐れて、母のふところへ顔を隠したが、やがてシクシクやり出した。お雪は笑って乳房をくわえさせる。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうするとその中に九きつねが現れて玉藻の前をい殺す場面があって、狐が女の腹を喰い破って血だらけなはらわたくわえ出す、その膓には紅い真綿を使うのだと云う。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこへ何処からか一匹の犬が現れて、与次郎のふんどしくわえてぐいぐい引っ張って行くのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と子供に乳房をくわえさせたが、乳は最早出なかった。お房は怒って、容易に泣止まなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と云いながら、ナオミは手拭てぬぐいを手綱にして、私にそれをくわえさせたりしたものです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
或る日私が見ていましたら、鳥のお父さんがはえを一匹くちばしくわえて来ました。鳥のお父さんはそれを鳥のお母さんに与えようとしたのですが、鳥のお母さんは飛んで行ってしまいました。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
或る場合には月代さかやきってやり、或る場合には経机きょうづくえから香炉を取って煙の上に髪の毛をかざしてやり、それから右の手に新しい元結を持ち、その一方の端を口にくわえ、左手で髪をつかね上げて
赤ん坊はこうのとりくわえて来て木の枝に置いて行くのだと云う風に子供に教えると聞いていたのに、矢張お腹から生れることを知っているのだなと思いながら、雪子はひとり微笑ほほえましさをこらえて
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが案内者の方はさすがにれたもので、きざ煙草たばこ煙管きせるの代りに椿つばきの葉に巻いて口にくわえ、けわしい道を楽に越えながら、あれは何と云う滝、あれは何と云う岩、と、はるかな谷底を指して教えたが
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人と猫とが両端をくわえて引っ張り合っていることもある。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人と猫とが両端をくわへて引つ張り合つてゐることもある。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)