あじわい)” の例文
木枯こがらしさけぶすがら手摺てずれし火桶ひおけかこみて影もおぼろなる燈火とうかもとに煮る茶のあじわい紅楼こうろう緑酒りょくしゅにのみ酔ふものの知らざる所なり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こん度は現代語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説のあじわいきずつけないようにして見せようと、純一は工夫しているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
唯人は皆同じ様に人生のあじわいを味わうとは言えぬ。く料理を味わう者を料理通という。く人生を味わう者を芸術家という。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
成敗せいはいを度外において、白雲の自然にしゅうを出でて冉々ぜんぜんたるごとき心持ちで一局を了してこそ、個中こちゅうあじわいはわかるものだよ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その代り玉子をむ事は一番すくない。外の種類は産卵鶏の兼用も出来るがドウキングは肉用専門に出来ているからその肉のあじわいは他の鶏の遠く及ぶ処でない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
されば予がたけ狩らむとしてきたりしも、毒なきあじわいの甘きを獲て、煮てくらわむとするにはあらず。姿のおもしろき、色のうつくしきを取りて帰りて、見せてたのしませむと思いしのみ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此際は蕨のみならず、よもぎも多く採りたり。其時すぐに用うる時は、きびと共に蓬を以て草餅としてしょくする時は、めずらしあじわいあるをいずれも喜んで喰するによりて、大に経済上に於て益あり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
たとえばある連中によれば『善悪は滋養じよう有無うむなり』と云うのです。が、またほかの連中によれば『善悪はあじわいにほかならず』と云うのです。それだけならばまだしも簡単ですが……
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一度ある題目を捉えると容易にそれを放擲して了うというたちの人では無い、何度も何度も心の中で繰り返されて、それが筆に上る度に、段々作物のあじわいが深くなってゆくという感じがする。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それからまた花嫁の方で出してある酒のあじわいがまずいとか肉が良いとか悪いとか、その他食物の調理の仕方がうまいとかまずいとかいって大いに論戦して果てしがつかんというような事もある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
 これは実景を知らぬ人はそのあじわいを解しがたし。こころみに京都に行きてつくづくと東山を見るべし。低き山の近くにありてしかもいただきの少しづつ高低ある処、あたかも人が蒲団をかぶりて寝たるに似たり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「このあたり木の葉は散る春の四月」と仏蘭西フランスある詩人が南亜米利加みなみアメリカの気候を歌ったそのような幽愁のあじわい深い心持がします。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
政治や実業は人生の一現象でも有ろうけれど、其様そんな物に大したあじわいはない筈である。といって教育でもないし、文壇は始終触れているし、まあ、社会現象が一番面白そうだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
当地の蕨は太さ拇指ぼしの如く、長さ二尺以上たる物なれば、殊にあじわいあり。故に珍とすべし。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
そこへ行くと東洋流の学問は消極的で大にあじわいがある。心そのものの修業をするのだから
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
によき水ぞ、市中まちなかにはまたたぐいあらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばしばくらべ見つ。摩耶と二人いま住まえる尼君の庵なる筧の水もそのあじわいこれと異るなし。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広海子爵は丁寧ていねい賞翫しょうがんして首を傾け「中川さん、私も鮎が好きで諸国の鮎を食べましたがこんな美味おいしい鮎は初めてです。お料理方りょうりかたも違うのでしょうが鮎のあじわいが格別ですな」としきりに感心する様子。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
すべて根柢あるものは含蓄のあじわいあり含蓄のあじわいはいよいよあじわつていよいよ深し。かくの如きを以て真の文明となすべきなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人生に目的ありや、帰趨ありや? 其様そんな事は人間に分るものでない。智の力で人生の意義をつかまんとする者は狂せずんば、自殺するに終る。唯人生のあじわいなら、人間に味える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
世態人情の変遷と云うものは実に不思議なもので、迷亭君の未来記も冗談だと云えば冗談に過ぎないのだが、その辺の消息を説明したものとすれば、なかなかあじわいがあるじゃないですか
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すこしく眠るが如くにして、漸く本心に復したるを待って、或は湯を呑み薯を食するに其あじわいの言うべからざるの美を覚えて、且つ元気つきて、れより採りたる蕨蓬を選びわけて煮るには半日はんじつを費す。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
第二があじわい、第三が足といって粘着力の三点を調べなければなりません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
多年の食道楽くいどうらくのために病的過敏となった舌の先で、苦味にがいともからいともすっぱいとも、到底一言ひとことではいい現し方のないこの奇妙な食物のあじわいを吟味して楽しむにつけ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
橋本は新しく蒙古から帰ったので、しきりに支那宿に降参した話を始めた。その支那宿には、名は塞北さいほくせ、あじわいは江南を圧すなどという広告の文字がべたべた壁にりつけてあるそうだ。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芸術は遂に国家と相容れざるに至って初めてたっとく、食物は衛生と背戻はいれいするに及んで真のあじわいを生ずるのだ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いっこうあじわいがない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅茶と珈琲とはそのあじわいなかばは香気に在るので、若し氷で冷却すれば香気は全く消失きえうせてしまう。然るに現代の東京人は冷却して香気のないものでなければ之を口にしない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初鰹のあじわいとてもまた汽車と氷との便あるがために昔のようにさほど珍しくもなくなった。
支那には果実の珍しきもの多けれど菜蔬に至つては白菜はくさい菱角りょうかく藕子ぐうし嫩筍どんじゅん等のほかわれまた多くその他を知らず、菜蔬と魚介ぎょかいあじわい美なるもの多きはこれ日本料理の特色ならずとせんや。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
つらつらおもふに我国の料理ほど野菜に富めるはなかるべし。西洋にては巴里パリーに赴きて初めて菜蔬さいそあじわい称美すべきものにふといへどもその種類なほ我国の多きに比すべくもあらず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
種彦は眺めあかすこの景色と、久ぶりに取上げるさかずきあじわいと、らちもない門弟たちの雑談とに、そぞろ今日の外出そとでの無益でなかった事を喜んだ。全く気に入った景色、気に入った酒、気に入った雑談。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)