周囲あたり)” の例文
旧字:周圍
周囲あたりは下町らしいにぎやかな朝の声で満たされた。納豆なっとう売の呼声も、豆腐屋の喇叭らっぱも、お母さんの耳にはめずらしいもののようであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小声でさえ話をするものが周囲あたりに一人もない所で、自分だけ長い受け答をするのはきまりが悪かったので、お延はただ微笑していた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
周囲あたりの人達が拍手喝采した。菊太郎君は感極まったのだった。純情は結構だが、これでは纏まらない中から評判になってしまう。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
然し彼が吾有にした十五坪の此草舎には、小さな炉は一坪足らぬ板の間に切ってあったが、周囲あたりせまくて三人とはすわれなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
『ア、だのでヤなかつたけな。』と言つて、ムクリと身を起した。それでもまだ得心がいかぬといつた様に周囲あたりを見廻してゐたが
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
時間が経ったせいもあるのでしょうが周囲あたりの様子が実に落付いていて、今しがた人殺しがあった後のような風はどこにもありませんでした。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
といふので、近眼ちかめ書肆ほんやは慌てて膝頭から尻の周囲あたりを撫でまはしてみたが、そこには鉄道の無賃乗車券らしいものは無かつた。
密閉した室で、赫々かつ/\と火を起した火鉢に凭つて、彼は坐つて居た。未だ宵のうちなのに周囲あたりには、寂として声がなかつた。
(新字旧仮名) / 牧野信一(著)
長田川の橋に現れた一行、真先に立って周囲あたりを見廻しつつ馬上でくるのは又五郎の妹聟で大阪の町人虎屋九左衛門、半町も先に立って物見の役とある。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
急に周囲あたりには騒がしい下宿屋らしい雑音が聞こえ出した。葉子をうるさがらしたその黒い影は見る見る小さく遠ざかって、電燈の周囲をきりきりと舞い始めた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は、ようやくっと、熱い息を吐くと、唇に触ってみながら、蒼黒い周囲あたりを、見廻していた……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
周囲あたりには大薮があるばかりで、その他は展開ひらけた耕地であり、耕地には人影は見えなかった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さう考へて来ると、信一郎は、烈々と輝いてゐる七月の太陽の下に、尚周囲あたりが暗くなるやうに思つた。兄が陥つた深淵へ又、弟が陥ちかかつてゐる。それほど、悲惨なことはない。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
私はまだお教えは致しませんでしたが、総じてものの色と云うものは、周囲あたりが暗くなるにつれて、白が黄に、赤が黒に変ってしまうものなのです……。あの観覧車にも、陽が沈んで。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
青木邸の庭園——中央に四阿あずまやがあり、その手前にベンチが二つある。周囲あたりは樹立。右手から主人健作と夫人久子とが話しながらはいってくる。健作はモーニング、夫人はきらびやかな洋装。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ただ二人が唄うふしの巧みなる、その声は湿しめりて重き空気にさびしき波紋をえがき、絶えてまた起こり、起こりてまた絶えつ、周囲あたりに人影見えず、二人はわれを見たれどこころにとめざるごとく
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
周囲あたりには誰もいません。親分に遠慮して皆んな外へ出てしまったのでしょう。
お松の唇が細かくふるえた。眼が注意深く周囲あたりを見廻した。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
おまえさん」周囲あたりに眼をやって、「男があるのだって」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
死に似たる周囲あたりに、泣くは
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
と夫人は、の海岸に着いたことを子供に知らせるやうに、独り口の中で言つて見た。そして周囲あたりを見廻して寂しさうに微笑ほゝゑんだ。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
割合楽に席の取れそうな片隅かたすみえらんで、差し向いに腰をおろした二人は、通した注文の来る間、多少物珍らしそうな眼を周囲あたりへ向けた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思いながら、軽蔑の眼をもって周囲あたりの安造作を見廻している中に、床の間の掛物に注意を惹かされた。蝦蟇仙人がませんにんの大幅だった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼等は周囲あたりの自然と人とに次第に親しみつゝ、一方には近づく冬を気構えて、取りあえず能うだけの防寒設備をはじめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
切迫塞つた苦しい、意識を刺戟する感想かんじでなくて、余裕のある、叙情的リリカル調子トーンのある……畢竟つまり周囲あたりの空気がロマンチツクだから、矢張夢の様な感想ですね。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そう考えて来ると、信一郎は、烈々と輝いている七月の太陽の下に、なお周囲あたりが暗くなるように思った。兄が陥った深淵しんえんへ又、弟がちかかっている。それほど、悲惨なことはない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
周囲あたりの雰囲気を説明する術を私は知りません。
嘆きの孔雀 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
周囲あたりは何時の間にかひっそりとして来た。一日の暑さに疲れて、そこここの棚の前にはしきりと船をいでいるものがある。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
畑では麦が日に/\照って、周囲あたりくらい緑にきそう。春蝉はるぜみく。剖葦よしきりが鳴く。かわずが鳴く。青い風が吹く。夕方は月見草つきみそうが庭一ぱいに咲いてかおる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と安達君は話が余り個人的になるので、不図ふと目を開いた。周囲あたりを見廻したが、未だ早かったから、客は自分一人だった。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
線路から一町程離れて、大きい茅葺のいへ、その周囲あたりに四五軒農家ひやくしやうやのある——それが川崎の小川家なのだ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その時不意にがらがらと開けられた硝子戸ガラスどの音が、周囲あたりをまるで忘れて、自分の中にばかり頭を突込つっこんでいた津田をはっと驚ろかした。彼は思わず首を上げて入口を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
源吉は、胃の中のものが、咽喉元のどもとにこみ上って、クラクラッと眩暈めまいを感ずると、周囲あたりが、急に黒いもやもやしたものにとざされ、後頭部に、いきなり、たた前倒のめされたような、激痛を受けた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
岸本はそれを言って見て周囲あたりを見廻した。親戚しんせきも、友人も、二人の子供も最早彼の側には居なかった。唯一人の自分を神戸の宿屋に見つけた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千吉君は大場君に案内されて先ず屋上庭園から周囲あたりの風光を賞した。杉林を背景に文化住宅が思い/\の形状と色彩を競っている様は確かに新味あたらしみがある。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
怎しようと相談した結果、兎も角も少許すこし待つてみる事にして、へや中央まんなかに立つた儘周囲あたりを見廻した。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私は驚ろいて眼をましたが、周囲あたり真暗まっくらなので、誰がそこに蹲踞うずくまっているのか、ちょっと判断がつかなかった。けれども私は小供だからただじっとして先方の云う事だけを聞いていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
傷の周囲あたりに、見えないけれども、何か生温かいペラッとしたものを感じた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
次第に周囲あたりはヒッソリとして来た。正太は帰ることを忘れた人のようであった。叔父が煙草をふかしている前で、正太は長く小金の耳を借りた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
周囲あたりの人達の注意をひくくらい大きな声を出して祝したのである。一同控室へ流れ込んだ時、僕はお嫁さんの妹さんの側へ行って見た。確かにまぎれなかった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
『大きくなつたどもせえ。』と言つた忠太の声が大きかつたので、周囲あたりの人は皆此方を見る。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そうだ。歩いたら少しは暖かに成る」と言って、西は周囲あたりを眺め廻して、「この辺は大抵僕の想像して来た通りだった」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
うに卒業して、学生でもなく生徒でもなく、受験生という変体名称へんたいめいしょうの下に甲羅こうらへた髯武者達が来て、入学しない中から日和下駄ひよりげた穿いて周囲あたり睥睨へいげいしていた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
下宿料だけでも二月分で二十二円! 少くとも五円は出すだらうと思つたのに、と聞えぬ様にブツ/\云つて、チヨツと舌打をしたが、気が付いた様に急がしく周囲あたりを見廻した。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
正太もあまり口数を利かないで、何となく不満な、焦々いらいらした、とはいえ若々しい眼付をしながら、周囲あたりを眺め廻した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と毛利さんが頃合をはからって周囲あたりを見廻した。無礼講だというので、僕は毛利さんの隣りに坐っていた。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
渠は又、近所の誰彼、見知越みしりごしの少年共を、自分が生村の会堂で育てられた如く、育てて、教へて……と考へて来て、周囲あたりに人無きを幸ひ、其等に対する時のおごそかな態度をして見た。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『むゝ、左様さうかい、彼人かい。』と叔父は周囲あたりを眺め廻して、やがて一寸親指を出して見せて、『彼人はこれだつて言ふぢやねえか——気をけろよ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「二人、同じ吊革に捉って、仲好く話していた。周囲あたりの人の注目を惹くくらいさ。坐ってからは俺と同じ側だったから能く見えなかったが、何うも気になってね」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)