台詞せりふ)” の例文
旧字:臺詞
一たい歌舞伎劇の手法は、筋の運び方と台詞せりふのリズムに、原理性の表現主義を持っていて、ものに依っては非常に便利なものである。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕の個性が出ないのだ。そうかといって、武者小路むしゃのこうじ久保田万太郎くぼたまんじゅうろうのは、台詞せりふがとぎれて、どうも朗読のテキストには向かないのだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と云ふ詩なぞをかかげてゐるが、此れ等は何処となく、黙阿弥劇中に散見する台詞せりふ今宵こよひの事を知つたのは、お月様と乃公おればかり。」
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「茂七を下手人にするのが気の毒になって、芝居風なあだっぽい台詞せりふで、中庭の闇から八を口説いたのはあの女さ、あれでも昔は役者だ」
「かけてちょうだい、そして口をきいちゃいやよ。」と彼女は言った。「台詞せりふを読み返してるところなの。十五分もかかれば大丈夫よ。」
台詞せりふや音楽が、とぎれとぎれに聞え、花やかな舞台の色どりゃ、動きが、ちらちらするばかり、なんのことやら、さっぱりわからない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
鬼一のような老役ふけやくをつとめる者に困った結果であったらしいが、その押出しといい、台詞せりふまわしといい、実に立派な鬼一であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
海津かいづの浦に着きにけり、でいっぱいに並ぶ。「いかに弁慶」から台詞せりふの受渡し、「いざ通らんと旅衣、関のこなたへ立ちかかる」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その合方に乗って圓朝の、あるいは高く、あるいは低く、あるいは男の、あるいは女の、台詞せりふめいた声音が聞こえてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
これがその晩小林の口から出た最後の台詞せりふであった。二人はついに分れた。津田はあとをも見ずにさっさと宅の方へ急いだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「酷くお暑い尽しの台詞せりふだな。しかし全くその通りだ。熱い茶を暑中に出すなんか、一口に羽田と馬鹿にも出来ないね」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「やめてくれ!」とターポーリンは遮った、——連れの男の台詞せりふの長いことよりも、その拒絶のしぶりに驚いて——。
にぎわしい下座げざ管絃いとたけのひびきの中に、雪之丞は、しっとりと坐りながら、なまめいた台詞せりふを口にしつつ目をちらりと、例の東桟敷の方へと送った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
おたが杓子か、お玉杓子かなどといい出すと、何だか外郎売ういろううり台詞せりふのようになって来て、甚だ事面倒だから、そんな問題は春永はるながの節に譲ってよろしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一定の時が来れば、台詞せりふ渡しの詩の俳優のような無私の心で、神の定めた筋書きに従って墳墓の中へはいってゆく。
いつも、同じような役に扮して、舌たるい傾城を相手の台詞せりふを云うことが、彼の心の中に、ぼんやりとした不快を起すことがたび重なるようになっていた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「なに、僕が来なくたって逃げたのです」大分遠慮は無くなったが、下手な役者が台詞せりふを言うような心持である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「馬鹿な事をってはいけない。そりゃ人違いだろう。何なら私の身体をしらべて見るがいい」なんて、一寸あれけの落着いた台詞せりふは云えないもんですよ。
指環 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
柄にもない気のきいた台詞せりふである。下顎したあごのぎっくりと骨ばった、平べったい顔は酒で赤黒く火照ほてっていた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
眼は血走り、息はあえいで、台詞せりふの調子はバラバラであるけれども、今か今かと待つ焦らだたしさは、ひとしお末期まつごの伊右衛門に、悽愴な気魄を添えるのだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
病人は又、姿勢をもとへ戻すのに前にも劣らぬ騒ぎ方をしたが、今度は「痛い痛い」と云う台詞せりふの間に
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは立廻りと七五の台詞せりふとで出来上っている初期の書生芝居だった。短銃と、合口あいくちと、捕縄と、肉襦袢と、白い腹巻とが、そこで演るすべての芝居の要素だった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
灯篭を運び去ったのは幕府の大筒をる原料にするのだと豪語したと言うし、銅の屋根を剥ぎ去ったのは、尊王方の軍費に資するのだ、と台詞せりふを残して逃げたと言うが
増上寺物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
だが相手は高田実が中将をつて居るので、高田なら此の位のだと考へて初日から二三日演つて見た、それは博士の台詞せりふが切れるとこから計つて見当をつけるのだが
(新字旧仮名) / 喜多村緑郎(著)
おかみさんに会って聞きてえことがあると、厭な台詞せりふをいうじゃありませんか。疳にさわったから剣呑けんのみを食らわした処から、ツイあんなに大きな声をいたしましたんで。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
流石さすがにいまうりだしの、堺屋さかいやさんのおかみさんだの。江戸えど女達おんなたちかしてやりてえうれしい台詞せりふだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
役者の絵に、その狂言の台詞せりふが書き抜いてあって、声色こわいろの好きな人の便宜にそなえてあった。
あの顔 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「庄吉も、同じ台詞せりふを云いよったぞ。長うはない。四五日で戻る。或いは、こういう内に戻るかもしれぬ。さ、髪を結うて、化粧をして、着物を——蔵から出して来て——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
力強い大声の台詞せりふが劇場中に鳴り響いた。高々と笑う彼女の声が楽屋の人の胸を衝いた。このいつもに倍したイダルゴの舞台に、見物はアンコオルを叫んで果てしがなかった。
スキンナアは汽車中の二時間ばかしで、今度の持役の台詞せりふを、すつかり記憶おぼえ込む積りで、外套の大きな隠しから台詞書せりふがきを引張り出した。そして低声こごゑでそれを暗誦あんしようし出した。
「ねえ、岡村先生。あのう、白浪五人男の稲瀬川の勢揃ひの場で、それぞれツラネの台詞せりふがありますね。あの中の忠信利平のは何とか云ひましたね。餓鬼の時から手癖が悪く——」
或る日の小せん (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
とお糸さんが煙草たばこを吸付けてフウとけむりを吹きながら、「伯母さんの小言が台詞せりふに聞えたり何かして、如何どんなに可笑おかしいでしょう」、と微笑にッこりした所は、美しいというよりは、仇ッぽくて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私は交番へ行ってお巡りさんに聞くのは恥しかったので、えつやひとりに行かせた。土手下の見返り柳の向い側にあった交番の手前で、私はえつやにお巡りさんに云うべき台詞せりふを伝授した。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
それで台詞せりふは持前の塩辛声、申し分なき珍妙さに満場どよめいて笑いの渦巻。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
饒舌じょうぜつ女史は可愛げもない台詞せりふをのべたててから、次の間の方へ声をかけた。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
清三は今や自分が云っている芝居の台詞せりふに自分自身が刺戟されているのだ。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
手紙を書いたこと等の殆んど無い父の、この拙い文章が、どんな悲痛な台詞せりふにも増して胸にせまった。荒々しい風が直接身内へ流れこんで、ふっと音を立てて何もかも吹き消された様な気がした。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
台詞せりふの一語々々が醸し出すニユアンスの美を閑却し勝ちであります。
演劇漫話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
由「そう湯場働ゆばばたらきというのがあります、湯場を働くに姿を変えてというのは河竹かわたけさんに聞いた訳ではありませんが、芝居の台詞せりふにもありますから気を付けて、何かゞ面白いからうっかり致します……」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此の台詞せりふは、普通に聞いたのでは左程の意味も感ぜられますまい。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
台詞せりふは写らないから言う必要がない。写真だから見えるところ丈けで足りる。この辺がカラーさえあればシャツは要らないという現代思潮に投合するので活動写真はしかく歓迎されるのだろうと思った。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
我邦の台詞せりふに一種の特質あるは、疑ふべからざるところなり。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
春狂言三人吉三の台詞せりふにも
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
この台詞せりふは音楽的である。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
傀儡でく台詞せりふに相応した
寝床に坐っていて台詞せりふをいうだけであるから別に差支えもなかったが、二番目の「弁天小僧」に至ってはそう都合よくは行かなかった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
案外の上出来、それに上方かみがたに近いせいか、第一、チョボが確かだし、一座の役者の仕草しぐさ台詞せりふも一応、格に入っておりました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
が、プランタンの良さはやはり台詞せりふで、歌の入った台詞せりふ『さらば小さき夢よ』(JE一二七)などは魅力そのものだと言える。
ああ、わしは眠っていました。たくみな台詞せりふまわしに、つい、うっとりしたのです。ポローニヤス、少し未練がましくないかね。いまさら愚痴を
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は台詞せりふを使う時のような深い声で、誰かと話していたが、ほとんど自分達と入れ代りぐらいに、喫煙室を出て行った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)