其処此処そこここ)” の例文
旧字:其處此處
十二時にならないと店をけない贅沢ぜいたくな料理屋も其処此処そこここにある。芝居帰りの正装で上中流の男女なんによが夜食を食べに来るのださうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
山が漸次に深くなり、山道を荷を負うて通う牛が其処此処そこここに群をなしている。道の両側の坂地をならして小さな麻畑がいくつも出来ている。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
すなわち社内へ進入すすみいッて、左手の方の杪枯うらがれた桜の樹の植込みの間へ這入ッて、両手を背後に合わせながら、顔をしかめて其処此処そこここ徘徊うろつき出した。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そしてこれも顔を赤くホテらした断髪の娘は、土堤から畑の中へ飛び下りると、其処此処そこここの嫌いなく、麦の芽を、踏みしだきながら、めいた。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
婦燭をりて窟壁いわ其処此処そこここを示し、これは蓮花の岩なり、これは無明の滝、乳房の岩なりなどと所以いわれなき名を告ぐ。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
定刻に近づくと、さだめられた門から庭づたいに、拝観者の家族は一群ひとむれ一群ひとむれ其処此処そこここの庭を荒さぬように、秩序よく、またつつましく流れ入って来た。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は唯いよいむせびゐたり。音も立てずしたりし貫一はこの時忍び起きて、障子の其処此処そこここより男を隙見すきみせんと為たりけれど、つひこころの如くならで止みぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
麹町こうじまち番町辺ばんちょうへん牛込御徒町うしごめおかちまち辺を通れば昔は旗本の屋敷らしい邸内の其処此処そこここに銀杏の大樹の立っているのを見る。
両岸には、ドス黒い木の葉がうず高く空を覆って積重つみかさなり、その濃緑の壁に真赤な椿つばきの花が、ポッツリにじんだ血の様に、一輪ずつ其処此処そこここに咲いていた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
以前には其処此処そこここにちらばっていたのを、西常央にしつねのり島司が一纏ひとまとめにして、この通り碑を建てたという事や、昔甲冑かっちゅうを着けた騎馬武者がこの辺に上陸したことや
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
其処此処そこここに赤や白の鼻緒の草履の山があって、おすしをもっていったものも、食べたものもあるので残りすくなになって、残った手伝いが跡片附けをはじめても
広い灰色の原には処々ところどころに黄色い、白い、赤い花が固って、砂地に白い葉を這って、地面から、浮き出たように、古沼に浮いているように一固ひとかたまずつ其処此処そこここに咲いている。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紡績織の浴衣ゆかたも少し色のさめたるを着て、至極そそくさと落つきの無きが差配のもとに来たりてこの家の見たしといふ、案内して其処此処そこここと戸棚の数などを見せてあるくに
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこで声をかけながら皆は其処此処そこここを懸命に探したが、雪子の姿はどこにもなかった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
其の都度つどヒヤリとして、針のさきで突くと思ふばかりの液体を、其処此処そこここしたたらすから、かすかに覚えて居る種痘しゅとうの時を、胸をくが如くに思ひ起して、毒を射されるかと舌がこわばつたのである。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
色廓くるわはつい程近く絃歌は夜々に浮き立ちて其処此処そこここの茶屋小屋よりお春招べとの客も降るほどなれど、芸道専一と身を占めて、ついぞ浮名うきなも流さぬ彼女も、ふと呉羽之介を見初みそめてより
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
沼南の味も率気そっけもないなしじるのような政治論には余り感服しなかった上に、其処此処そこここで見掛けた夫人の顰蹙すべき娼婦的媚態びたいが妨げをして、沼南に対してもまた余りイイ感じを持たないで
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
維新の際には、若者達の出陣した後を守つて、其処此処そこここの番所を固めた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
くに政治の改造までに個性の自由を延長して考え、政界の腐敗に対して公憤をとどめかねている真成の新しい女たちが其処此処そこここの家庭に人知れず分布されているであろうとも想像されるのである。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
差し当りて其処此処そこここに宿泊せしめ置きたる壮士の手当てを如何いかにせんとの先決問題起り、直ちに東都に打電したる上、石塚氏を使いとしてその状を具陳ぐちんせしめ、ひたすらに重井おもい来阪らいはんうながしけるに
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
其処此処そこここに時々陽の光も落ちたとはいへ。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
桟橋かけはしは十間に足りない短いものでした。渡ってみると其処此処そこここに、さらに数戸の人家が目につく。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水戸の御家人や旗本の空屋敷あきやしき其処此処そこここ売物うりものとなっていたのをば、維新の革命があって程もなく、新しい時代に乗じた私の父は空屋敷三軒ほどの地所を一まとめに買い占め
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
昨年の夏、東恩納ひがしおんな寛惇かんじゅん〕君が帰省したので、二人で琉球語の金石文を読みに浦添うらそえの古城址を訪ずれたが、思いがけずも灰色の瓦の破片が其処此処そこここにころがっているのを見た。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
見渡す限りセピヤ色の砂丘しやきうが連続し、蘇西スエズの市街や運河の其処此処そこここにある信号所の附近を除いてはまつたく一草一木もえて居ない。埃及エヂプトの空に落ちる日の色は紫褐色しかつしよくみなぎらして居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
同じ下宿するなら、遠方がよいというので、本郷辺へッて尋ねてみたが、どうも無かッた。から、彼地あれから小石川へ下りて、其処此処そこここ尋廻たずねまわるうちに、ふと水道町すいどうちょうで一軒見当てた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
多くの僧俗に出迎はれて出て来た人は田鶴子姫たづこひめではなくて、金縁の目鏡めがねを掛けて法衣はふえの下に紫の緞子どんすはかま穿はいた三十二三のやせの高い僧であつた。御門主ごもんしゆ御門主ごもんしゆと云ふ声が其処此処そこここからおこつた。
御門主 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
其処此処そこここの団欒を、微笑ましげにうしろから眺めている容子ようすであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処此処そこここ紅葉もみぢの旗を隠したる木深こぶかき森の秋のたはぶれ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
と、掃いて来た山道や崖の其処此処そこここを見まわしているらしい。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)